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【君の視点を疑うキッカケの物語】完  売る人・買う人・作る人・楽しむ人⑤

五人目 三十四歳 会社員

 年賀状は今年で卒業しよう。そう思っていても何通か届いてしまう。
 会社では年賀状・お中元・お歳暮など贈答品は全て禁止にされている。そのため、送り主は親戚の叔父叔母や地元の友人からだ。結婚式を行った年に御礼を兼ねて参列者宛てに、こちらから出した。その返事を送ってくれた時に、送信先リストに組み込まれたのだろう。毎年の年賀状作成用に宛先がまとまった一覧があり、そのデータで宛名印刷を一括でしている人は多い。宛先の一覧から自分の住所だけが自然と外れることは期待できない。

「今日ね。姉さんのお墓参り行ったときに、奨悟(しょうご)のとこも寄ったんだけどね、年賀状が返ってきてないって言ってたわよ。ちゃんとお世話になる人にくらいは年賀状だしなさいって」
正月に会ったばかりの母から、叔父のぼやきを告げ口する電話があった。

「今年は誰にも年賀状だしてないんだけどねぇ」
と、返事をする。

「そんなこと言わないで。結婚式の時もお祝いくれたんだし、子どもができたらまたお祝いもらうかもしれないでしょ。大事にするところは大事にするものなのよ。世の中ってそういうものなんだから」

『そういうもの』らしいので「そうだねぇ。書くようにするよ」と答えて話を切り上げた。

 年賀状によるやりとりをやめようと思いつつもスムーズにはいかない。届いたものに返事をしないでいるのも、時間差でモヤモヤが募る。けっきょく世間一般が年賀状を返す期間を過ぎた頃にポストへ投函することになる。いまさら!と思われるかもしれないがしかたない。葉書のよいところは、送ってしまえばとりあえずスッキリできる。相手の反応は見なくて済む。メールだと返事が来てしまうので良くない。既読かどうか見て分かるLINEはもっと良くない。こんな悪趣味な機能を誰が考えたのだろうか。

 いろいろ考えるならすぐに返事を出すか、そもそも自分から送れば良いのだが、不思議なくらいこの年賀状を出すということになると腰が重い。そのため、今年も食材の買い出しついでに、時季を外した年賀葉書を購入するべく金券ショップを覗くことになってしまった。

 事前にフリマアプリも確認してみた。今年の干支である龍が描かれたものだけでなく、兎や犬のデザインの葉書も紛れている。そのうち一人の出品者ページを見ると、〈たまごっち〉や子どもの頃に流行ったトレーディングカードなどが見られて懐かしい。世代の近さを感じる。

 ただ、フリマアプリではいつ発送されるか分からず、ますます返事が遅れる可能性があるので、その場ですぐに手に入る金券ショップに頼ることにした。
 商業施設の中にある金券ショップに向かうと、なんだか過去にも似たような経験をしたような気持になった。

 そういえば。以前、近所のショッピングモールでウィスキー転売の片棒を担いだことがあったなと、その時のことを思い出した。そこの施設にもスーパーと金券ショップがセットでテナントとして入っていた。

 もう何カ月も前のことだし、そもそも別の施設なので、当然ウィスキーを代わりに購入してやった男の姿があるはずはないが、ついきょろきょろしてしまう。

 そのまま軽い気持ちでお酒売り場に行って驚いた。

 プレミアムウィスキーコーナーと大きく書かれたポップの下で、〈響〉という漢字一文字が目を引く商品に、六万円程の値札がつけられていた。注意書きで「転売防止のために特別価格で販売をしている」という内容の記載があった。

 対策と書かれているが、スーパーの設定する販売価格が、転売したときと同じくらいというのは、そもそもアリなのだろうか。

 帰宅後に気になりSNSで検索してみると、同じように小売店が販売価格を上げていることに対して、「転売ヤーとやってることが同じ」「けっきょく金儲けか」という、直接的な表現で非難している投稿も見られた。

 自分が一度でも経験をすると、関連することに気がつくものだ。
 転売に関連するニュースや書き込みがあると意識が向く。

 転売で購入したチケットでアイドルのコンサートに入ろうとすると入場を止められるという事件や、芸人のライブグッズに付いてくるステッカーについて「転売は禁止」と何度も発信しているにも関わらず、フリマアプリに掲載されていることに、その芸人本人が激怒しているという話題などが目につく。

 町中で見かける洋酒の買い取りと、買い取った商品の店頭販売をしている店舗にも入ってみた。個人での転売に対しては非難が多いが、堂々と店を構えている場所に怒鳴り込みに来る人はいない。当然きちんとした商売でやっているのだから、怒鳴り込んだりしたら警察に突き出されるだけだと思うが、直感的には個人でやっているか、法人としてやっているかの違いだけで、商品の価格を吊り上げて転売していることと変わらない気がする。

「買う人がいるから売る」

 自称元転売ヤーがネットのインタビューで答えていた。繰り返し洋酒の転売を大規模に行っていたため逮捕されたらしい。繰り返して行うと捕まり、一回だけなら捕まるほどではない。実に曖昧な基準で判断される。殺人は一回だけでも間違いなく捕まる。

 彼のインタビューの言葉から罪悪感は見て取れなかった。求められているのだから手に入れやすくなるようにしてあげているらしい。

 SNSでは多くの声が上がっているし、おそらく毎日のように転売は行われている。しかし、日本人がまだまだ大好きで、毎日のように観られているテレビでは転売ヤー逮捕のニュースはめったに目にしない。

 けっきょく「買う人がいるから」という理由で、やったもの勝ちになっているんだろうなと想像する。

 ネットの世界で大騒ぎされていることと、現実世界で取り上げられることの温度の違いは他にもある。

 違法アップロード、私人逮捕など。募集されていないのに被災地にボランティアをしにいくと言って、その様子を動画で配信する人物が一部では問題視されていた。再生回数を稼ぎたいという黒い気持ちが容易に透けて見える。
 ただ、次には「稼いでいるんだろうなぁ」と想像してしまう。スレスレで危ない形をしており、魔物か悪魔が潜んでいるかもしれないが、通れば財宝を得られる社会の抜け道は確実にある。遠くから見ると世界は綺麗な丸だが、近づけば穴だらけだということに気がつく。
 
 無数にある灰色の穴を覗いていると、一歩踏み出してみたくなるのが人間だ。数ヶ月後には、自分自身がSNSで転売情報を、転売で稼ぐ具体的な方法や有益な情報が転がっていないかを、検索することが多くなっていた。
 魔がさす。それは偶然ではなく、興味をもっているからこそ、近づいてきた好機に気がついてしまったが故の結果なのかもしれない。

 バスでないと行きづらい横浜にある大型の商業施設に希少なウィスキーが置いてあるという投稿を見つけた。部屋着であるグレースウェットのまま店舗へ向かう。

 一家庭一点までと記載されている。

 無事に一本を購入することができた。しかし、まだ数本の在庫が目の前のガラスケースの中に見える。しばらく近くのベンチに腰を下ろして気持ちを落ち着かせる。

 そこへ、ベンチ脇にあるクリーニング店から一人の男性が出てくるのが見えた。同じくらいの年頃だろうか。緊張しながら立ち上がり、声をかけた。

【最後に①世界を作った超越的な存在の話】

 神様がいるとします。
 七日間でせっせと世界を作ったらしいです。
(最後の日は休みでしたっけ?)

 彼か彼女か、そもそも性別があるのか分かりませんが、なにか超越的な存在が「世界を作った動機」は何だったのでしょうか?作ってみたら面白そうだと思ったのかもしれませんし、単なる暇つぶしかもしれませんね。世界を作っても一週間程度しか暇がつぶせないなら少し可哀想です。

 視点を変えてみます。

 世界を求める存在が他にいたのかもしれません。作ってほしいと求める存在がいたことが動機となり、世界が作られた。〈無〉ではなく、より快適に存在したいという希望があったから、神という超越的な存在が世界を急いで作ったと考えてみるのはどうでしょうか。いえ、無理して賛同していただかなくても大丈夫です。愛想笑いも結構です。

 神様という文字から始めましたが、この文章はスピリチュアルな話ではありません。半径五メートル以内で起きている出来事の話です。

 ただ、半径五メートル以内で起きた出来事に想像力を注ぎ込んで、考えることを楽しむキッカケにしてほしいと思って物語にしました。

 少し物語を追いかけたら立ち止まる。しばらくしたら、また追いかけて立ち止まる。

 そうして、読み終えたときにあなたの目線が少しでも変わっていて、それを面白いと感じていただけたら私はとても嬉しいです。

【最後に②一般人が経験した現実の話】

 半年ほど前です。
 秋というには涼しすぎる季節でした。

 私が体験したのは数分のことでした。
 しかし、その数分間が私に残した違和感について、私は数日間におよび考えることになりました。

 転売。この言葉はコロナ禍に起きた超高額のマスク販売をキッカケに社会問題として取り上げられるようになりました。その前から言葉はありましたが、本格的に問題視されたのはそれくらいからだと思います。

 さて。 
 モノを仕入れて売る行為は悪ですか?
 価値を決めたことがありますか?
 辺境の土地に住んでいても同じ考えですか?
 行為そのものに善悪は存在しますか?
 作り手(=いちばんの当事者?)の声は?

 この他にも思考のキッカケをちりばめて、違和感から生みだした五つの短い物語を読者に贈ります。登場人物のまなざしに寄りそって、楽しんでいただけましたら幸いです。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門 #小説 #転売

これまでの話はこちら…

一人目:
https://note.com/preview/nd120a67cb87b?prev_access_key=c32d846c58f23ec1ba10cf88417d306a

二人目:
https://note.com/preview/n1677805de6fa?prev_access_key=0762beaea919a1eb2dff5fbfee0dd96a

三人目:
https://note.com/preview/nf01c83df1fe2?prev_access_key=17b8cb0d9032399990534626f81af60d

四人目:
https://note.com/preview/ncbd0c7bda024?prev_access_key=a6dd2cff405d206054f7d1b1a83557c1


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