見出し画像

大学生活の中で、一番甘美だった時間

今でもあの時間を思い出すと、泣きたくなる。


私が大学2年生から始めたアルバイトは、大学近くの家具のアンティークショップだった。

大学というのは自分で授業を組み立てられるという、小学生からしたら夢のような画期的システムの中にあって(その分自分で単位をとらないといけないという責任もあるけれど)、うまく組み合わせないと授業と授業の間が3時間も空いちゃうとか、バイトまでに4時間も待たないといけないみたいな空白の時間が発生してしまうのだった。

その時間がもったいなくて、そういう微妙な隙間を埋められるバイトを、そのときの私は探していた。

大学から歩いていける距離がよくて、あと条件としては、できれば動かないアルバイトがよかった。ほら、隙間時間のバイトだからなるべく体力は奪われたくないじゃない。

それから、匂いがつかないも条件だった。そのとき回転寿司チェーンでもアルバイトしていた私は、お店を出ると自分が魚と醤油の匂いにまみれているのが本当に嫌だった(時給はよかったけど)。そう思うと、飲食店でアルバイトしていた友達たちは皆同じような悩みを抱えていて「油臭くなる」「食べ物のが匂いがとれない」と言っていた。アルバイトのあと授業に出なきゃならないから、なるべく匂いは避けたかったのだ。

そんな条件のもと見つけたのが、大学近くの家具アンティークショップだった。

たまたま、本当にたまたま、授業と授業の間が暇だったから大学の周りを散歩していたら「アルバイト急募!」の張り紙を見つけたのだった。


そこでのアルバイトは、私の大学生活のなかでもとても甘美な時間だった。

お店自体はそれほど広くなくて、家具でぎちぎちの店内は約20畳ほど。働きだしてわかったけれど、そもそも家具というのは店内に入った人がいきなり買うということはほとんどないから、けっこう暇だった。それにひっそりとしていたお店だったから、ふらりと来るお客さんも少なかった。もっといえば、そんな状況をわかっていたオーナーからは、ある程度仕事を覚えると「任せるね」と言われて、店内に一人で店番をしていた。

ただ、アルバイトは私を含めて3人いた。近くの大学の、同い年の爽やかイケメン男子。まるでジブリに出てくるようなアンティーク好きの50代の線の細い主婦さん。ときどき2人体制になることもあって、そんなときは被ったどちらか2人と飽きることなくいろんな話をした。

同い年の爽やかイケメン男子とは、恋愛の話、大学のこと、サークルのこと、これからの進路、悩み相談。お互いくだらないことが好きで、ボケて突っ込んで、だらだらと話していた。

アンティーク好きの50代の線の細い主婦さんとは、結婚の話、人生の話、友達関係の悩み相談、お互いの好きなものの話。いつも柔らかく、「したいようにしてみて」「話を聞くことしかできないけれど」と、私を褒めてくれた。「うふふふ」という笑い声をした人は、今のところ私の人生でこの人だけだと思う。


2人との甘美な時間は、大学卒業とともに終わりを告げた。私は社会人になったし、就職で東京を離れてしまった。

ときどき、ふとあの時間のことを思い出すと「ああ、すごく幸せな時間だった」と泣きそうになる。ひっそりとした空間の中で、時間が許す限り、2人と取り留めもないいろんな話をした。どうして飽きることがなかったのか。どうして話は尽きなかったのか。そんなことが気にならないほど、話題は尽きなかった。それが、幸せだったのだと思う。

今でもあの時間を思い出すと、泣きたくなる。

”終わりよければすべてよし” になれましたか?もし、そうだったら嬉しいなあ。あなたの1日を彩れたサポートは、私の1日を鮮やかにできるよう、大好きな本に使わせていただければと思います。