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”きらり”と光る藤井風レシピの黄金比率

 何事にも最終的なアウトプットを決定づける匙加減というものがある。それはレシピ通りにやれば誰でも同じになるというほど単純なものではない。

 藤井風を一品料理に例えれば、滅多に採れるものではない極上の素材を、本人、マネジャー、アレンジャー、その他大勢のスタッフたちが、本当に絶妙な匙加減で調理している。

オシャレさとダサさの匙加減

 最もわかりやすい例は「何なんw」だろう。グルービーなオシャレサウンドに一切の英語歌詞を使わず、岡山弁をぶっ込んできた。NYスタイルのビーガンプレートに”きび団子”がトッピングされているようなものだ。

 最新作の「きらり」も別次元で絶妙にダサい。楽曲は申し分なく洒落ていてノリもよく、ヒットすべくしてヒットしている。

しかし、MVにはダサフレーバーが随所に振りかけられている。

 本人さえ憂慮したと言うこの昭和アイドル風カット。藤井風なら許されると監督は言ったらしいが、許す許さないという問題ではない。この”あざとカワイイ”隠し味は、ある層には”キュン”を、また別の層には”クスッ”と笑いを提供している。

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 さらに、この後に続くダンスシーン。藤井風がきっちりと振付されたダンスを披露するのは初だと思うが本当に楽しそうだ。

 踊りたいと言い出したのは藤井風本人である。マイケル・ジャクソンのスリラーっぽさをイメージしたのかもしれないが、さすがにダンステクニックも予算も違う。中途半端に真似をするのはリスクが高すぎる。

 ならばと、監督も振付師もよりわかりやすいキャッチーさを重視したのではないか?つまり、老若男女が真似できそうなダンスを、フツーの人々の衣装を着たダンサーと踊ることで「一緒に楽しもうよ」という連帯感が生まれる。

 このカッコよさとほんのりダサい親近感のバランスも絶妙だ。星野源の”恋ダンス”よろしく、スピンオフ映像としてフルの振付を配信したら流行りそうだ。

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 この”ダサかっこいい”はバランスが難しいが、成功すれば爆発的ヒットに繋がることは2018年にDA PUMPが"USA"で証明済みだ。その後も90年代トレンドの継続を受け音楽のみならず、ファッションでもキメ過ぎずいい塩梅にダサいのがクールとされている。特に若年層でそれが顕著であり、ファッショニスタとしても有名な菅田将暉などはその典型と言える。

 藤井風の顔は濃厚に整いすぎているが故にイマドキではない。そんな彼に端正なキメキメ服を着せたらイタい時代錯誤に見えかねない。”優しさ”のMVはいささかキマり過ぎていた感がある。100%の二枚目っぷりに悩殺されたファンも多いかもしれないが、これはかっこよ過ぎの危険水域だった。

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 この後の”へでもねーよ”&”青春病”から明らかな軌道修正がなされたようだ。このアー写を見ればわかる。塩一粒、醤油一滴レベルの匙加減でダサい。岡山時代の素朴な真性ダサコーデとは根本が違う。衣装も色合いもヘアメイクも何もかもギリギリのバランスで均衡を保っている。お見事だ。

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謙虚さとナルシシズムの匙加減

 おそらく藤井風は誰よりも自分の才能を自覚している。リリーフランキーがこんなことを言っていた。

天才は多分自分で気がつくんだと思うんですよ。「オレって天才じゃないのかな」って気がついたやつは多分天才ですよ。だって凡人には絶対わからないもん、天才のことは。

 藤井風はかなり早い段階で「ワシって天才じゃないのかな」と気付いていたに違いない。ちなみに米津玄師は中学生くらいの頃から「自分の音楽的才能を全く疑っていなかった」と言っている。

 謙虚さとは絶対的な自信にこそ宿るものだ。藤井風もまた間違いなく自分の才能に自信を持っているだろうし、幼少期からの自己肯定感や自己愛も強いと思う。(この点が米津とは大きく異なる)

 日本語会話の中にちょいちょい混ぜてくるやたら発音のいい英語。うっとりと歌う顔をドアップでインスタにアップすること。これらはかなりナルシシスティックな行為だ。

 ところが藤井風がやるとまるで衒いを感じない。楽しい。面白い。なんなら可愛い。セクシーだとさえ言われる。なぜならピースフルな優しさ、サービス精神、真摯な向上心が真っ直ぐに伝わってくるからだ。

ここにも凡人では真似できない匙加減のセンスがある。

のんびりとトレンドをハズすバランス感覚

 こうやって出来上がった藤井風という一品料理は、流行り廃りに左右される”トレンド飯”ではない。

 素材の旨味を最大限に活かせるよう、丁寧に下ごしらえし、雑味や灰汁を徹底的に取り除き、本当に必要な調味料しか使わず、隠し味を程よく効かせ、慌てずじっくりと育むように煮込み、斬新なスパイスで仕上げたラーメンみたいなものだ。

 気取らない器に凝ったトッピングが映えている。味は濃厚なのにくどくない。何杯でもいける。激ウマではあるがスノッブな高級店のそれではなく、どこか懐かしい町中華の味わいがある。

 トップアーティストたちが気合の入ったプロモーション合戦を繰り広げるのを尻目に飄々と呑気に見える店構え。これくらいが藤井風をじっくりと味わうには丁度いい塩梅なのかもしれない。


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