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【小説】他山乃石

※自殺/自死等センシティブ且つ実際にあったイマドキの話題に触れているため、何か問題があれば削除致します。


 労いの言葉も、心配の言葉も、応援の言葉も、全部、全部、全部、あまりに重くて仕方がなかった。まるで私の心はぬかるんだ土壌。そして言葉はやまない雨のように私に容赦なく降り注いで、乾く暇すら与えてくれない。


  いたいよ、やめてよ、もう私にかかわらないでよ…


 そんな叫びは喉まで出かかるくせに声にはならない。ううん、しない。できない。どれだけ目尻から大粒の涙を流しても、喉を震わせて弱音を吐くことだけはできない。弱くない、私は、私は弱くない。
 この程度の痛み、我慢できなくてどうする。私は、大人だぞ。そう言い聞かせては心の痛みに見ないふりをして、安っぽいプライドを守っている。

 凝り固まった表情筋が笑顔しか作れなくなっていたことに、私はいつ気づいたんだっけ?


  どうしてこんなにくるしいおもいをしなきゃいけないの?
  私はずっとがんばっているっていうのに!


 真っ暗な1LDKの自室には今日も今日とて誰もいない。私を待っていてくれる人も可愛らしいペットもいない。壁にあるスイッチを押せば、今朝遅刻ギリギリで慌てて放り投げていった寝巻に、破り忘れて4月のままのカレンダー。そして昨日の晩御飯の弁当殻とお茶のペットボトルが私を出迎える。

 いつも通りの部屋の惨状なのに、今日はどうしてか私の心を重くする要因にしかなり得ない。

 どうしてか見ていたくなくなって、着替えもそこそこに私はベッドへ体を預けた。マットレスに体が沈み、視界が暗くなる。少し息苦しいけれど、その苦しみが心地よく感じてしまうあたり私は随分疲れているんだろう。


 あーあ、しにたいなぁ~


 なんて言葉が思考に浮かぶ。多分きっとこのまま布団に顔を押し付けていれば酸欠になって死ねるだろう。私の部屋は5階にあるからここから飛び降りれば死ねるだろう。キッチンから包丁を持ってきて心臓を一突きすれば死ねるだろう。

……あれ、思ったより死ぬ方法って多いんだ。人って、すぐにでも死ねるんだ。

 その時、私の脳裏に浮かんだのは今朝のこと。マスクで顔を隠しながら吊革につかまり、満員電車に揺られる中で何気なくみたSNSのタイムラインだった。

『今から死にます。今までありがとうございました』とか、
『練炭自殺します。今後のツイートがなかったら死んだと思ってください』とか、興味もないのに無駄に反応があるせいでおすすめ欄に流れてきたあのツイート。

 あれをみて、私はどう思ったんだっけ。


 ……ああそうだ、


「…今死んだら、あの承認欲求モンスターと同列ってことじゃん。」


  とんでもなく不愉快でキモかったんだ。


 私はぐるんっ、と体勢を変えてLEDを浴びる。いつの間にか心の痛みは取れていて、表情筋は緩やかに笑みを浮かべた。掠れた笑いが室内に響く。自分の今までの思考過程があまりにもバカらしくて反吐がでそうだ。

 そんなことより、コンビニで買い忘れた今日の晩御飯をどうするか考えた方がよっぽど有益だ、と気づけた私は偉いんだから。


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