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(連載小説)秘密の女子化社員養成所⑫ ~元カノとの恥辱の一夜・前編~

悠子たちが女子化研修のために小瀬戸島に連れてこられて1ヶ月が経とうとしていた。島のそこら中では特産の温州みかんの木が徐々に色づきはじめていたりするなど季節も少しずつ秋めいてきていた。

そしてまるでそのみかんが色づくのと同じように悠子たち新人研修生も研修プログラムをなんとかこなし、段々と「女性の色」に染まりつつあった。

元々トランス女子だった穂波は別として、他の4人の新人研修生たちは特にここに来るまでは性自認が女ではなかったものの、毎日ここでは当たり前のように女として扱われ、女子化研修を受けているうちに自分が女である錯覚や自覚のような感覚が芽生え始めていたのだった。

幸いこの5人の新人研修生は共同生活をするうちに仲良くなっていて、今や「〇〇さん」ではなく「〇〇ちゃん」と呼び合うようになるほどお互いに打ち解けあっていた。

女子化と云う社命のもとではあるがせめて早くこの島から出たいと云う気持ちが共通のモチベーションとなり、お互いこの厳しい強制女子化研修を励まし合う事で乗り切ろうと云う気持ちもあって仲良くなり、また辛い時には慰め合ったり穂波を先生役として自分なりに女子化の自主トレに励んだりするなどしているうちに団結力も徐々に増していた。

そしてあれこれと普段からお互いあれこれ話していると研修生たちがそれぞれどうしてこの島で女子化研修を受けさせられる事になったのかその理由も分かってきた。

涼子はFX(外国為替証拠金取引)や株取引で損を出したり、ギャンブルにはまったりした為に借金をしてしまい、その返済の為に以前お客として行った事があって時給も高いと云う理由で自分が女装してお客の相手をする「女装子バー」で会社に黙ってバイトをしていたところを見つかり、許可を得ずに内緒で副業やバイトをするのは禁止されている内規に引っかかって懲罰の意味合いも含め、この女子化研修に参加させられる事となったのだった。

純子は確かに所属していた横浜支店のみならず全国的にもかなり上位の営業成績をたたき出していたのだが、例のすぐ調子に乗る軽い性格もあったり、それ以外にも社内はもちろん時々取引先の女子社員にさえセクハラ的な言動や行動をする事が多々見受けられ、一部から大層不評を買っていた。

ただ本人としてはコミュニケーションの一環程度にしか思っていなかったし、周りも純子の営業成績の良さもあって注意はするものののしばらくは黙認と云うスタンスだったが気にはせず、一向にセクハラは収まらなかった。

しかしながらジェンダーフリーを社是とするこの会社としてはこれを黙認する訳にもいかないので実際に女性の姿をさせ、女性として扱う事で様々な女性としての気持ちやまたセクハラがどれだけ嫌な行為であるかを分からせるためと今までのセクハラ行為に対する懲罰的な意味合いも含めてこの島に連れて来られ、こうして強制的に女子化研修を受けさせられる事となったのだった。

紗絵はこの島に来るまでは名古屋支店で法人向けの営業職として主にドラッグストアやデパートを担当していたが新卒で配属されて間がなく、経験が浅い事もあって思うような実績を挙げられていなかった。

しかし自分の担当先のひとつでもある全国的には中堅どころだが東海地方では大手に匹敵する根強い人気のあるドラッグストア主催の新年賀詞交歓会で知り合った本部のバイヤー女子社員・桑木 真尋(くわき まひろ)に気に入られ、それをきっかけにビューティービーナスの商品を精力的に扱ってもらえるようになって紗絵の営業成績は格段に伸びていった。

そして何度となくその会社に通ったり店舗でのセールを休日返上で手伝ったりしているうちに紗絵と真尋は意気投合するようになっていつしか二人は「男女の仲」のお付き合いを始めたのだった。

ただ紗絵が言うのには「ある事」をきっかけに真尋に嫌われてしまった事で急激にビューティービーナスの商品の取扱を減らされ、それに伴い売り上げも激減してしまったようだった。

また彼女が単に普通のバイヤーではなく、そこの創業者一族の孫娘で将来的には経営陣の一員となるポジションだった事もあり、紗絵自身はもちろん会社としてもかなり慌てて支店総出であれこれと策を講じたのだがすぐには前のようには取引も戻らず、仕方無く一旦紗絵をそこの担当から外して真尋のご機嫌が戻るのを待つしかなかった。

ただ会社としては紗絵が相手に嫌われるような事をしたからご機嫌が斜めになったのは感じていたが、それが実質上の取引停止に近い状態になるほど大きな何かをやらかしたようには思えず不思議に思っていた。

そのうちしばらくして従来並みにとはいかないまでも徐々にビューティービーナスの商品の取り扱いをまた増やしてくれるようになり、取引停止と云う最悪の事態は避けられたのだが、紗絵が真尋と付き合っていたと云う事がどこからかバレてしまい、重要な顧客のそれもキーパーソンに「手を出した」事や真尋を怒らせて業務に支障をきたした事が会社にとって懲罰事項に値すると判断され、営業成績もその後引き続き低迷気味だった事もあり紗絵はこの女子化研修に参加させられたのだった。

こんな風にそれぞれに事情を抱えてこの島にやってきた訳だが、悠子はその中でも特に紗絵とは馬が合うのを感じていた。

悠子は紗絵に言われて思い出したのだが、例の遥香も参加していた初級セールス研修に実は紗絵も参加していた。

班は違ったけれど研修後の懇親会ではお互いグラス片手にあれこれと話し込み、そこで悠子に聞かされた「仕事の依頼や相談があればすばやく真面目にコツコツやって相手の信頼を得る」と云うのを名古屋に帰って実践してみると少しずつ結果が出た事もあって紗絵は悠子に対して畏敬の念と感謝の心を抱くようにもなっていた。

悠子にとっても紗絵が地味で経験も浅いのでなかなか営業実績が思うように上がらなかったと話していた事や、研修初日にまだ「里志」として男の姿だった時の印象がどことなく冴えなかったところもだし、また性格も押しに弱くておとなしめなところも含めて自分と似ているような点が多いので他の研修生と比べて紗絵に対してはより親近感が増していた。

そして週が明けて月曜日となり、本土からお昼の便の定期船が着くのに合わせて悠子たち新人研修生だけでなく結構な数の社員が研修棟の玄関に整列させられた。

実は悠子たちは近々隣の保養所棟に外部のお客様がお泊りに来られる予定があると聞かされており、その方々は会社として割に重要な顧客でもあるらしいのでこうして盛大にお出迎えをするのだろうと思い、先輩社員たちに交じり、おとなしく且つかしこまって列に並んでいた。

この島の保養所は元々ビューティービーナスの社員の福利厚生目的で設立・運営されているのだが、それと同じくらい会社として得意先やお世話になっている方を接待するための「迎賓館」的な使われ方もしていた。

そしてそうこうしているうちにフェリーが港に着いたようで、迎えに行っていた社用車が研修所棟の玄関に横づけされた。

「本日の保養所にお泊りのお客様がご到着です。玄関の社員は礼節を以てお出迎えをお願い致します。」

そうアナウンスが入ると、メイドに大きい荷物を持たせた宿泊客がハンドバッグ片手に車から降りてきた。

「いらっしゃいませ、ようこそ小瀬戸島へ。」

他の社員がそう言うのに合わせて悠子たちも同じように挨拶を口にし、教わったように両手を前にして重ね合わせながら30度の角度で恭しく腰を折った体勢深々とお辞儀をしながら到着したお客様を出迎えた。

そしてお辞儀を終えて再び身体を起こし、自分たちの目の前を今日の宿泊客3名が通り過ぎようとしていたその時だった。

「どうも。わざわざお出迎えご苦労様です。あら?・・・・・。」

そう言いながら保養所棟に向かおうとしていた宿泊客のうちの1名がなぜか悠子たち新人研修生が並んでいる列の前で足を止めた。

「あなた”紗絵”じゃない?・・・・・。」

「え・・・・・。」

「やっぱりそう!。あなた”紗絵”よね?。だって胸のネームプレートにもそう書いてあるじゃない!。」

とその若くて目鼻立ちのはっきりした今日の宿泊客のリーダー格とおぼしき女性は紗絵の目の前で立ち止まり、しげしげと紗絵の顔と胸の「槇原 紗絵」のネームプレートを見つめてそう言い、そして見つめられた方の紗絵は困惑した表情を浮かべ、ややうつむきながら黙りこくっていた。

そのやりとりは悠子たち他の新人研修生にとっても驚くほかなかった。なんで今日初めて顔を見た社外からの宿泊客のこの女性が、どうして外との行き来の制限はもちろん、スマホやパソコンでの連絡でさえほとんどさせてもらえない隔絶されたこの島でついこの前から女性の恰好をし始めたばかりの紗絵の事を名前まで間違えずに知っているのか全く見当がつかなかった。

そんな事はお構いなしに「ねえ、黙ってたら分かんないでしょ?。あなた”紗絵”でしょ?。ビューティービーナスの名古屋支店に居た”ま・き・は・ら・さ・え”。どう?。」と問い詰めるように言われた紗絵はとても恥ずかしそうに「は、はい・・・・・おっしゃるとおりわ、わたくしは”槇原 紗絵”でございます。真尋さん、お久しぶりです・・・・・。」と蚊の鳴くような声で答えたのだった。

それを聞いて悠子のみならずそこで出迎えていた社員全員がビックリして思わず二人の方を向いた。

紗絵の事を見るや否やいきなり「あなた”紗絵”でしょ?。」と言ったこの女性にも驚いたが、言われた紗絵も「真尋さん、お久しぶりです。」と答えたと云う事からしても二人は既に何らかの形で面識があると思われる。

それにしてもこの島に来るまで紗絵はずっと男として、そして男性社員としての生活を送っていたはずで、トランスジェンダーや女装子ではなかったと聞いていたが、今こうして目の前にいる真尋は女性としての紗絵の事を前から知っているようで余計に訳が分からない。

呆気に取られている悠子たちを尻目に真尋は更に「やっぱりそうだったんだー。それにしてもどうしたの?。あんなにあたしと付き合ってた頃は女の恰好するのを嫌がってたのに今はどこから見てもばっちり女の子になっちゃってるじゃないー。ま、よく似合ってるわよ、あはははー。」と遠慮のない言葉を紗絵に掛けている。

「でも名古屋支店からどっかに飛ばされたって聞いてたけど、まさか紗絵がこの島に居るだなんて今日は面白くなりそうだわ。じゃあまた後でねー。」

相変わらず恥ずかしそうにうつむいたままの紗絵にそう言うと真尋は保養所にチェックインするためにその場を後にした。

「さ、紗絵ちゃん、大丈夫?。今の人ってお知り合いなの?。」

真尋たちが立ち去った後、さすがに気になった悠子たち同期の研修生は紗絵を気遣って声を掛けた。

「うん・・・・・そうなの・・・・・。あのね、今の真尋さんって人、実はわたしの”元カノ”なんだ・・・・・。」

「ええっ!!、それって??一体??・・・・・。」

真尋は名古屋から来た訳だし、紗絵もここに来る前は名古屋支店に勤務していたので過去に接点が合ってもおかしくはないが、しかしながら紗絵は元々男として勤務していたのにここでは女の恰好をしているのを見つけたのもそうだし、「以前はあんなに女の恰好をするのを嫌がった」と言うところからしても真尋は前から紗絵の女としての部分も知っていた事になる。

何が何だかよく分からなかったが、午後の研修の合間に紗絵は同期の研修生たちにこれまでの経緯を話してくれた。

新年賀詞交歓会で二人が知り合った後、仕事を通して親交を深めていく中でいつしか「男女の仲」になってお付き合いをするようになった人がいたと云うのは前にも聞いていたがその人が真尋で、ただそのお付き合いの「内容」や「接し方」は普通の男女のカップルとはかなり異なっていた。

それは何かと言うとある程度交際期間が過ぎてくると真尋は紗絵に女装を強いてきていたのだった。

最初はビューティービーナスでもここのところ扱い始めた顔を健康的な肌つやに見せたり髭剃り痕を隠したりするための男性用ファンデーションを自社のドラッグストアでも大々的に扱いたいのでまずは営業担当でもある紗絵で試してみたいと云うところから始まり、何度かメイクされるうちに今度は他のビューティービーナスの女性用化粧品も使ってフルメイクをされるようになった。

そしてフルメイクされると当たり前のようにウィッグを被らされて女性用の下着も付けさせられ、スカートを履かされたりワンピースを着せられたのだった。

「あらー!。とってもかわいくなったじゃないー。里志君ってとっても女装が似合うわねー。」

「え・・・・・そう?・・・・・。」

「そうよー。鏡で見てごらんなさい、ほら、里志君はこんなに女の子らしくてかわいくなってるのよー。」

そう言われ、姿見を覗くとそこには女性物の洋服を着ている「普通のどこにでもいるような年頃の女の子」が映っている。

「でもこんなにかわいくて女の子らしいのに名前が”里志”だなんてなんか変よねー。そうだ!今日から里志君の事は”紗絵”って女の子の名前で呼ぶね。いい?、今日から里志君は”紗絵”になるのよ。女の子のさ・え。いいでしょー、うふふっ。」

こうして真尋に”紗絵”と女装名を付けられ、それからは二人で会う時はほぼ毎回女装をさせられて男子の「里志」ではなく女子の「紗絵」として、また「カレシ」ではなく「カノジョ」として扱われた。

紗絵は本音としては女装させられるのは嫌だったし、実際その気持ちが態度に出てしまった事があった。

ただその時には真尋の紗絵に対する態度が硬化し、機嫌が明らかに悪くなったのを見て慌てて取り繕わざるを得なかった。

真尋は子役として地元の児童劇団や高校・大学の時には名古屋を拠点に活動するご当地アイドルグループにも所属していた知る人ぞ知る有名人で、そのはっきりとした目鼻立ちが印象的な美人でもあった。

地元の有名人でしかも結構な美人がこんな冴えないサラリーマンのそれも初めてのカノジョになってくれた訳だし、それ以上に大事な取引先のキーパーソンでもある真尋のご機嫌を損ねたくはなく、カノジョと取引先を失いたくない一心で紗絵は言われるがままに女装をし、真尋の「カノジョ」として交際を続けていた。

そのうち女装するのは部屋の中だけだったのが段々とエスカレートして紗絵は女の恰好をしたまま外に無理やり連れだされるようになっていた。

その時の服装は初めての女装の時と同様の同世代の女性がよく着てそうでカジュアルな感じの「埋没系女子」的なコーデが多かったのと、また何度か女装させられるうちに慣れもあったのか一見した時のパス度は高めで、特に女装外出をしていて道行く他人に後ろ指をさされたり怪訝な顔をされる事はなかったのは幸いだった。

しかし何度も女装外出をしているうちに真尋は更にエスカレートして紗絵を本来は男子禁制のビアンバーに連れていったり、はたまた夏には女性物の浴衣を着せて花火大会に連れ出した事さえあった。

こんな風にお付き合いをしている間に二人はいわゆる「一線を越えた」のだがそれは真尋主導のまるで女性どうしでエッチするレズビアンスタイルそのもので、ベッドの中でも女性として紗絵は扱われてしまっていたのだった。

そして流石に紗絵も真尋との交際が徐々に苦痛になりはじめていた。自分が望むのは「男女交際」なのに真尋が求めてくるのはあくまで女性としての立ち居振る舞いとレズビアン的な行為ばかりで、立場は真尋の方が上なのを利用したまるで一種のパワハラのようだとさえ感じるようになっていた。

この頃紗絵は仕事上では業績好調だったり、新規開拓にも取り組むように会社からも言われていたので名古屋だけでなく、静岡や岐阜などの周辺エリアに出張する事も増えていた。

そうしているうちに新規顧客が付く様になり、その新規取引先を訪問したりセールや特売の応援に現場に入る事も増えるようになっていた。

もちろん真尋の会社は最大の得意先なのでミスや失礼の無いように対応していたが、日頃の商談をはじめセールや特売の応援などそちらは同僚に任せ、紗絵は名古屋ではなく、静岡や岐阜の新規取引先を回る事を敢えて増やしてした。

真尋の会社は取引の規模が大きくなった事で複数の社員で担当するようになっていたが、静岡や岐阜の新規取引先はまだ紗絵が一人で対応せざるを得なかったのもあってそれを口実に出張に出かけたりしながら苦痛になりはじめていた真尋との関係にも距離を取るようにしたのだった。

確かに少し後ろめたい気持ちもあったが実際に出張に行かないといけないのは事実で、真尋も会社では仕事熱心で通っていたしこれまでにも紗絵がセールや特売で自分の会社の為に頑張ってくれたのは見てただろうから新規取引先にも同じような対応が必要なのは分かってくれるだろうと勝手に高をくくって理由をつけ、敢えて名古屋を不在にする日が増えていった。

ただ真尋も最初のうちはそれを受け入れていたけれど、やはりすれ違いが多くなるのは面白いものではなく、また薄々仕事を口実に紗絵が自分との距離を置いている事にも気づきはじめていた。

「もう!、紗絵がその気ならあたしだって考えがある!。」

そして紗絵が静岡や岐阜に頻繁に出張に行くようになってから約2か月後、真尋は直接名古屋支店の紗絵の上司に電話を掛けて不満をぶちまけた。

「そちらの当社担当の槇原さんっていったい何なんですか?!。」

とすごい剣幕で真尋は電話越しに紗絵のある事ない事を言い、事の真実は分からなかったがとにかくビューティービーナスにとても不満を持っている事を察した上司は出張先から紗絵を呼び戻してとりあえず一度謝罪方々真尋を訪ねた。

でも機嫌が悪いのか真尋は会ってはくれず、翌週からは徐々に発注数が減り始め、実店舗でもビューティービーナス製以外の商品が棚の目立つ部分を占めるようになりはじめていた。

慌てた上司は自分はもちろん紗絵以外の担当者を真尋の元に行かせたりしたが状況は変わらず、売上高は減少の一途を辿るようになっていた。

ビューティービーナスとしても東海地区での販路と売上拡大に真尋の会社が突破口となり大いに寄与していた事は否めなかったので、本社からも役員級の社員が名古屋にやってきて真尋の機嫌を取りなおそうとしたが怒りは収まらず、それどころかせっかく新規で取引できるようになった周辺の取引先での売り上げも他社の再攻勢もあって思ったほど伸びが芳しくなく、紗絵は会社で苦しい立場に置かれてしまっていた。

仕方なく名古屋支店としてもこれ以上事態が悪化するのを避ける意味もあって一旦紗絵を真尋の会社の担当だけでなく営業担当自体からも外し、紗絵は営業補助要員として内勤をさせられる事となった。

たださすがにもうこの頃には紗絵と真尋のカップルとしての関係も解消していた。しかし紗絵にとって確かに女装をしなくてよくなったのはいいけれど綺麗な「カノジョ」と大切な「取引先」と「売上」、そして会社内での「評価」を全て失った事で失意の毎日を過ごしていたのだった。

「カノジョ」がいなくなってフリーになった真尋は事あるごとに名古屋は元より東京や大阪のビアンバーに新しい出会いを求めて「遠征」に出かけたりするようにもなった。

そんな遠征中の東京のビアンバーで独り呑んでいた時にたまたま意気投合した女性がビューティービーナスの人事部の社員で、真尋は酒に酔った勢いもあり「そちらの社員に”面白い性癖”の持ち主がいるわよ。」と紗絵の事をエピソードや愚痴交じりに話したようで、どうもそれもあって今回の女子化研修に紗絵が選ばれた一つの理由のようだった。

「そうだったんだ・・・・・紗絵ちゃんっていろいろと大変だったんだね・・・・・。」

「わたしもおかしいって思ったの。だってこの紗絵って名前からして他のみんなは元々の男の名前からアレンジして女の名前を付けられてるのに、なんであたしだけこの”紗絵”って元々言われてた名前でそれも字まで一緒だなんて偶然にしては出来すぎだし、誰かが名古屋に居た時に頻繁に女装してた事を言ったんじゃないかって思ってたのね。」

そう言うと紗絵の目からは再び大粒の涙がこぼれ落ちた。

「紗絵ちゃん泣かないで・・・・・。」
「紗絵ちゃんが悪いんじゃないし、それどころかこんなひどいパワハラに耐えた紗絵ちゃんはよく頑張ったと思うわよ。」

悠子をはじめ同期の研修生たちはこぞって泣いている紗絵の事を気遣い、優しい言葉を掛けた。

ただ今夜は悠子や紗絵だけでなく同期の研修生全員が対象の保養所棟にあるバーシトラスでのはじめての「夜間研修」が行われる事になっていて、そこへ夕食後は宿泊客が来て二次会をする事が多く、多分真尋もやってくる事が容易に想像できた。

その頃部屋で旅装を解いた真尋はさっそく今夜の事に思いを馳せていた。

「まさか紗絵がここに居るだなんて・・・・・。しっかり今日は楽しませていただこうかしらね、うふふふ。」

(つづく)




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