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(連載小説)秘密の女子化社員養成所⑪ ~続・研修生たちの過去~

初めてのセクマイバーで穂波は明日香と初対面とは思えないほど時間の経つのも忘れ、打ち解けて話し込んでいた。

元々明日香の恋愛対象は男性のみだったがこの店に通うようになってからは特に意識しないようになり、相手が男性だろうが女性だろうが女装子だろうが自分が恋愛感情を抱ければそれが一番だと思うようになっていた。

勤務先の女子大でも本格的にトランス女子の学生を受け入れるようになり、学生課の職員として「彼女」たちに直に接していると「女子」なら当たり前にできる事が前に「トランス」が付く事で大変不自由する事が随所に出てくる事に気づかされた。

例えばトイレひとつとってもいくら本人が「女子」だと思っていてもそれだけでは堂々と女子トイレを使わせるのは法律上も問題があるし、また大学としてトランス女子を受け入れると決めたと言われてもそれを快く思わない結構な数の学生やOB、教職員が居てスムーズに行かない事も多かった。

ただ明日香はこの大学に入学してきたトランス女子たちに接してみるとどの子も真面目で礼儀正しい子ばかりだと云うのは率直に感じた。

それに調査書や個人データーを見るとトランス女子で入学するには推薦入試しかなかったのもあるがどの子も学業成績は優秀で、中には旧帝大に合格できそうな子まで居て、ここの大学も結構偏差値は高めではあるもののそれでも旧帝大ではなく、敢えて自分を堂々と女子大生として扱ってくれるこの女子大を優先したと思われる例もいくつか見受けられた。

今まで自分の心の性に正直になれなかったり、その事を無理矢理隠して過ごしてきた「彼女」たちが、やっとこの女子大の中では自分らしさを表現して過ごす事ができるようになったと云うのに周りの理解が必ずしも得られていない現状にこの子たちが真面目で礼儀正しく、そして優秀である分余計に明日香は心を痛めていた。

そんな中で関西や中四国地方でトランス女子を受け入れている数校の女子大の間で情報と問題点を共有するのを主目的に連絡協議会が設けられ、明日香の大学が事務局を担当する事になった。

明日香も職員として事務局の業務を担うようになり、他大学の担当者との会議にも出席するうちに自分のところと同じように様々な悩みを当人たちはもちろん、受け入れる側でも抱えているのを目の当たりにした。

ただどこの大学でもトランス女子たちは礼儀正しく成績優秀で、将来に向けての目的意識も高いいわゆる「意識高い系女子」が多く、一般の学生に多く見られる受験のプレッシャーから解放され女子大生になった途端にキャンパスライフを楽しむ事に大学生活の主眼を置いている学生とは違うと云う話しを沢山耳にした。

そして同じくどこの大学からも彼女たちの心のケアや様々な悩み、そして生活する上での困りごとをフォローする事がより必要では?と云う意見が多く寄せられたのもあり、事務局主導で「関西トランス女子大生とアライの会」と云う名称のフォローアップ組織を作る事にした。

「アライ」とはLGBTQの積極的な支援者・理解者と云う意味で、当事者だけでなく周りとしても一緒にしっかりサポートをしていく為にもそのような名称にして、参加資格もトランス女子大生は当事者もしくは受験生のみだけどアライについては大学関係者だけでなくて地域住民や様々な職種の社会人からも自由に参加できるようにした。

活動を始めてみて最初のうちは試行錯誤を繰り返してばかりであれこれ思うように物事が進まなかった事もあったが、それでも何回か続けて会合を持ったりイベントを繰り返し行っていくうちに徐々に軌道に乗り始めた。

また何よりただでさえ色んな事を不安に思ったり不都合な現実に直面する事の多いトランス女子大生たちにとって心の支えや受け皿となり、そして様々な問題に対して解決の糸口や交渉の窓口にもこの会はなってもらえるので好評だったし、周りを取り巻くアライからも更に支援の輪が広がっていった。

会の方は各大学にてそれぞれ「支部」として基本的には運営・活動していたが、女子大以外の共学の大学にもトランス女子大生は居るし、またその多くが穂波のようにひっそりと息を潜め、自分のセクシャリティを隠して大学生活を行っていると云う事もSNSをはじめ様々なところから分かってきたのもあってそのようなトランス女子大生を受け入れるために大学別の支部ではなく、本部にも個人資格で所属できるようにした。

これだと自分の通っている大学に支部がなかったりトランス女子を女子大生として受け入れてない大学の学生でもこの会に参加できるし、それ以外にも浪人しているトランス女子やまだ高校生だけど将来的にはトランス女子大生として大学に通いたいと希望を持っている生徒にも情報提供や心の支えになってあげられる事もあり、こちらも好評を博していた。

「へえー、そんな会があるの知りませんでしたし、明日香さんってすごいですね。」と感心したように言う穂波に「そんな大した事じゃないよー。ただあたしは自分の思う性で自分らしく女子大生として過ごしたいって思ってるだけの学生さんに一般の学生さんと変わらない普通の大学生活を過ごさせてあげたいって云う思いで事務局を引き受けてるの。ただそれだけ。なんなら穂波さんもうちの会に入る?。」と明日香はあっさりと言う。

「入ります!、入ります!。是非入れてください!。」
「いいわよー。じゃあそう云う事で今日から穂波さんは新入会員と云う事で乾杯しましょうか。」
「はーい、よろしくお願いしまーす、かんぱーい!。」

そして次の瞬間、カチンと云うふたつのグラスの重なる音が穂波の耳と胸に心地よく響いた。

LGBTQのサークルはいくつかあったけど、自分が求めていたのはまさにこの会のようなトランス女子に特化した会だった事や、明日香と云う事務局のアライの女性とウマが合い、ちゃんとした大学が運営していて妖しさが一切なかった事で理想的でもあり、小躍りするような気持ちに穂波はなっていた。

それからの穂波はこの会の活動に精を出すようになった。参加してみるとメンバーは自分と同じ立ち位置のトランス女子大生とその予備軍ばかりで概ね意識のベクトルが同じ方向を向いているし、アライで参加してくださっているメンバーはどの方も嘘のようにLGBTQ・トランス女子に理解があり、また社会的地位が高かったり人生経験豊富の方が純女に限らず多く、何かとためになったりやる気と勇気を沢山もらっていた。

「わたし、女子で居てもいいんだ。」と穂波は参加するたびにその想いを強めていた。

今までひっそりと性自認が女子である事を隠して悩みながら暮らしていた穂波にとって同じような「仲間」が数多く居た事はそれだけで心強かったし、更にマイノリティの自分たちに親身になってフォローしてくれるアライの存在は何よりありがたく思えたのだった。

穂波はその気持ちから会の活動を精力的に手伝った。それは会に対してだけではなく、誘ってくれてこんな風にいい出会いを沢山得るきっかけをくれた明日香への恩返しと云う気持ちも多分に含まれていた。
そして活動を続けていく中で明日香ともより打ち解けていった穂波はいつしか彼女に恋ごころを抱くようになっていた。

会の、そして明日香の力になりたいと思う穂波の気持ちは同時に明日香により気に入ってもらい、女子の自分をよりきれいだったり可愛く明日香に見せたいと云う「乙女心」が無意識にそうさせていたのだった。

会の活動等で明日香に会う時は濃くなりすぎないように気をつけながら気合の入ったメイクをし、明日香の好みそうな服装を心掛けるなどまるで女子がデートに出かけるようないでたちと気分で穂波は出かけていたし、そうする事で自然と女子力もアップし、明日香はもちろん他の参加者からも「穂波ちゃんその服かわいいー。」「ほんと穂波ちゃんって女の子らしいねー。」と好意的に接してもらえるのでより嬉しくなり、会の活動にも励みになった。

穂波にとってこれが初恋ではなかったが、明日香は自分の中で性自認が「女子」である事を明確に認識してから初めて好きになったいわば「女子として女子を好きになった初恋の相手」でもあり、明日香の気持ちもどことなく自分の事を女子としてはもちろん、それ以上に明日香の言葉遣いや仕草から自分を恋愛対象としても見てくれているような気がしていた。

ずっと女子校育ちの純粋培養と云う事もあり、変な「虫」や「手垢」の付いていないし、それに茶道の家元に育ったせいか品があり、穏やかな性格の清楚系美人でもある明日香は穂波にとって憧れの「なりたい女子」でもある。

ただ告白をするかどうかはいつも自問自答し、そして躊躇していた。
それはなぜかと言うと告白しなくても明日香は多分自分の事を恋愛対象として見てくれていてそして好意的に思ってくれているようだし、接してもくれているから実質カップル状態な訳で、これを敢えて告白して明確にしなくてもいいのではと云う思いと、告白してもし断られた場合は大好きなこの会に行き辛くなったり、明日香に負担を掛けたくないからだった。

そして更に月日は過ぎ、二人は順調に会の活動と「お付き合い」を続けていた。

穂波はいくら明日香がLGBTQアライで理解があるからと言って女性の姿で明日香の家に行くのは躊躇するところもあったので、「デート」はもっぱら穂波のアパートへ明日香が来てもらう事が多かった。

一緒に手料理やスィーツを作って家呑みをしながら他愛もない話をし、それに飽きたら京都ではよくある鴨川の河川敷に行って二人並んで座ると云う「カップルの定番行為」をしながらまた改めて他愛もない話をしていた。

ただこの頃の穂波はそろそろ卒業と就職が視野に入ってくる時期だったのだが卒業の方は問題なかったものの、就職に関しては男子就活生らしく今の中性的な髪形ではなく短く切ってネクタイを締め、メンズスーツを着て毎日のように会社訪問や採用試験・面接を受けなくてはいけない事になりそうなのが負担で受け入れ難かった。

面接時の服装は自由だとか云う会社もあるにはあるがそんなのは「建前」なのは分かっていたし、レディーススーツを着ていったところでそれがアドバンテージになる訳もなく逆に「ハンデ」や「マイナス要因」にしかなりそうになかった。

それに会の活動を続けている事でいつしか「先輩トランス女子大生」として後から入ってきた後輩のトランス女子はもとより予備軍の浪人や高校生からも慕われるようになっていた穂波は明日香と居る事に加えてよりこの会での居心地がよくなっていたし、学業の方でも専攻のバイオ分野の研究が面白くなっていた事もあり、ここで無理に就職せず大学院に進む事にした。

大学院生となった穂波だったが通ううちに少しずつ思惑が外れていく事に直面していた。

確かに研究は面白いし興味深い。また普段の生活を完全に女性の姿で過ごすのにはまだ勇気も周りの理解もそこまででは無かった自分にとって髪形もいでたちも中性的で許されるこのスタンスは何よりだったのだが、担当教授が割にパワハラ、セクハラ傾向があったり思った以上にここの大学院や研究所が案外「男社会」で、教授に嫌われると何かと不都合な事も多いので表面上は従っていたのだが徐々にそれがストレスになっていた。

またこのまま博士課程に進む事や大学に残ってバイオ関連の研究を続ける事も考えなくはなかったが、そうすると今度はいわゆる「ポスドク」として身分も収入も不安定な状態に突入してしまう可能性がある事であれこれ悩み考えるようになっていた。

そんなある日、明日香がいつものように家にやってきて鴨川の河川敷で二人きりで話がしたいと改まった口調で言う。

そう言われたので河川敷に出向き、いつものように河原に座って他愛もない話をしていたのだが余りにもいつもと同じ感じなのでなんでわざわざ改まって明日香は自分と話がしたいだなんて言ったのだろう?と不思議に思っていると不意に明日香の口から驚く言葉が告げられた。

「あのね、穂波ちゃん、わたしね・・・・・実は結婚する事になったの。」

「へ??。け、結婚って?・・・・・。」

穂波は驚き、耳を疑った。ここ最近も前ほどの頻度ではないけれど相変わらず明日香は穂波のアパートに来て家呑みをし、鴨川でおしゃべりをして帰っていたし、結婚するだなんて兆候は行動からも話の中でも露程も見られていなかったのだが、聞けば同じ大学の男性職員と半年位前からお付き合いをしていたらしく、全く穂波は気づいてなかったので余計に驚くほか無かった。

「びっくりしちゃったよね?・・・・・。」
「ええ・・・・・まあ・・・・・さすがに・・・・・。」

穂波はてっきり明日香は自分の事を「カノジョ」だと思って接してくれているとばかり思っていたし、自分でも明日香の事を自分の「カノジョ」だと思って接していたので驚いたし、ショックを隠し切れなかった。

ただ明日香はもう29歳目前の適齢期真っ只中でもあり、且つ30代が近づいているとあれば結婚と云うのは全く驚く事でもないのだが、明日香との「精神的レズビアン」状態にどっぷり浸かっていた穂波としてはそれが自分で勝手にそう思っていたとしても只々驚くしかなく、また落ち込むしかなかった。

そんなしょげた感じの穂波に明日香は「ねえ穂波ちゃん、あたしこうして”永久就職”しちゃう訳やけど、穂波ちゃんにもあたしがLGBTQアライとして”いい就職先”を見つけてあげたんよ。」と言う。

「”いい就職先”って?・・・・・。」
「あのね、”ビューティービーナス”って会社聞いた事あるでしょ?。」
「あー、あの化粧品や健康食品を作ってる会社ね。知ってるよ。」
「そう、それなら話早いね。それでね・・・・・。」

明日香は「情報収集」と称して時折行っていた大阪のビアンバーで意気投合した女性がビューティービーナスの人事部の社員で、あれこれ話しているうちにこの会社が穂波にピッタリだと思ったのだと言う。

まず扱っている商品が化粧品や健康食品と云うのもあるが、社の方針や社内の雰囲気がとても女性重視で、且つマイノリティにも優しい社風だと言う。

またここのところ無添加化粧品やコスパの高い新商品をいくつも発表し、それがどれもヒット商品化していて今後も継続的に新商品を作り続ける必要があり、その為にもバイオ関連の知識が豊富な人材を探しているらしかった。

話しを聞いてみて自分の持っている知識や知見がこの会社では活かせそうだし、何よりマイノリティにも優しくてしかもMTFトランスジェンダーに対しては更に理解がありそうなこの会社に穂波は自然と興味を持った。

「何だったらもう人事部の社員さんには”うちの会には御社にぴったりの子が居ますよ”と一応話しは通してあるし、それに穂波ちゃんも知ってる子がこの会社に勤めてるから一度会社訪問に行ってみたら?。」

わたしが知ってる子って?・・・・・誰かな?・・・・・と思っていたら明日香が下平 みちる(しもひら みちる)がそうだと教えてくれる。

「え、みちるちゃんがここの社員さんなの?。」
「そうみたい。どう?会社訪問行ってみる気になった?。」

下平みちるとは会の活動で仲良くなった元は下平 充(しもひら みつる)と云う名前のトランス女子で、歳は穂波より年下だったが大学院には進まずこの春に新卒でビューディービーナスに入社していた。

そして数日後、不本意ながらネクタイにメンズスーツ姿で穂波は本名の「園田大河」としてビューティービーナスの大阪支店にみちるを訪ねていった。

明日香も「永久就職」する訳だし、自分も大学に残らす会社に「就職」しようかどうかと思っていた矢先に就活の一環として会社訪問で訪ねたみちるとビューティービーナスと云う会社は穂波の予想を遥かに超えていた。

「お待たせしました、穂波さんお久しぶりですね。」

そう言いながら来客用ブースに現れたみちるはすっかり「女子社員」が板についていた。
差し出された名刺は女性用の角が丸いもので当然のように「下平 みちる」と女性名が書かれてあるし、胸の名札も同じように女性名でまた女子社員用のベストスーツの制服を普通に着こなしてきちんとメイクもしているし、髪形もかわいらしくて女の子らしいショートボブになっていた。

ショートボブの髪を触りながら「これ地毛なんですよ。やっと生え揃ったのでまだ短いけど自分の髪の毛で女の子らしい髪形にしてもらったんです。うふふ。」と言うみちるからは社内外でちゃんと自分自身が「女子」として認められているのが伝わってくる。

みちるはここでは営業担当者のアシスタント的な業務に就いているようで、内勤がメインと云う事もあって「女子社員」としてこのようないでたちでフルタイム勤務をしていると言う。

ただ驚いたのはみちるのようなトランスジェンダーがここの会社では珍しくなく、MTFトランスジェンダーはもちろん逆のFTMトランスジェンダー(トランス男子)も結構な人数が居るとの事でそれぞれが申告した「自分の性」に基づいて雇用され、就業していると言う。

性差による差別や不利益なんてものは元々この会社に「性差」と云う考え方自体が存在しないし、徹底したジェンダーフリーが会社の運営方針として貫かれている事もあり、そこには「性的マィノリティ」と云うものは一切無いとみちるは言う。

マイノリティだろうがマジョリティ(多数派)だろうがそれが仕事をする上での個々の資質にさほど差や影響がある訳でなく、むしろそうやって周りがあれこれ気を遣うのが当人たちにとっては「配慮」にはならず、結果として必要以上に意識させてしまう事に思えたので敢えてこの会社では性別は自分が申告したものを尊重して全てそれに基づいて対応しているし、それどころか途中で性別を申告し直してもいいとの事だった。

それ以外にもとにかく女性目線で女子社員を大切にしている社風で、例えば産休・育休は法で定められたものより遥かに長く、社内保育所も提携している近隣の民間の保育施設も含めるとかなりの事業所に設置されており、また見れば社内のインテリアや家具・調度品ひとつとっても女子が好むような小洒落たものばかりだった。

また業務内容も多角化を進めていて、スタッフが全員女性の便利屋だとか女性のみが登録できる派遣会社などをグループ企業として設立し、女性の雇用促進と働きやすい職場の両立にもにかなり注力しているのが伺えた。

みちるの話を聞いて穂波はこの会社に志願する気持ち満々になっていた。普通なら会社生活を送る上で色々とあってもおかしくないトランス女子である事が全くハンディにならず、それどころか女性が働きやすい環境のこの会社は性自認が女性である自分にとって願ったり叶ったりでもあるし、明日香から聞かされていたとおりバイオ関連の知識がある人物を探しているのも事実だったので仕事自体のやりがいもありそうだと思った。

数か月後、入社試験と採用面接を終えた穂波のもとに内定通知が届き、そして春になり大阪支店に配属された穂波は「女子社員」として会社員生活をスタートさせたのだった。

支店内で配属されたのは製品の原材料の精算を管理する部署で、西日本地区での直営農場や契約農場での素材の生育管理を担っていた。

もちろん普段は事務所でデーター管理や各種事務処理もあったが、時々実際に管轄内の農場に出かけて生育状態を見たり品質管理や栽培についてのアドバイスをする事もあり、直営農場はいいのだが契約農場になっている社外の農家や農場に実際に出向く事もあるので性別は「女性」ながら名前は元々の戸籍上の「園田大河」で登録して、いでたちはこれまでの大学院生時代とほぼ同様のユニセックスな髪形と服装で勤務や出張をしていたのだった。

「へー、園田さんっていろいろ大変だったんだねー。」
「ええ、でもうちの会社ってわたしに合ってると思いますし、それにこの島はとてもわたしにとって理想的な場所で嬉しいし、楽しいし・・・・・。」

そうエステティシャンとやりとりをしているうちにまつエクが出来上がったようで穂波はお礼を言いながら席を立った。
「じゃあ菊川さん、お先にね。」
「おつかれさまでした・・・・・。」

聞き耳を立てているつもりは無かったが、どうしてもすぐ横にいるので会話しているのが聞こえてきてしまっていたし、結構センセーショナルな内容も多分に含まれていたせいもありついつい聞き入ってしまっていた悠子だったが、同時に複雑な心境にもなっていた。

全くこれまで女装さえもした事がなく、ましてやトランスジェンダーについては深い知識や理解がある訳でもなかった悠子は訳も分からないままにこの島に連れてこられて強制的に女子社員となるべく指導されたり研修を受けさせられている。

その反面、ずっとこれまで違和感のある自分の性と云うものに向き合いながら悩んで過ごしていた穂波のようなケースを見聞きすると「適材適所」とはこう云うものかと思わずにはいられなかった。

そして悠子もまつエクが終わったので医療棟に場所を移し、瞼は元々二重だったのでそのまま触らずに耳たぶにピアスの穴を開けられた後は髭の永久脱毛をされ、唇が女性らしくプルンとなるようにヒアルロン酸を注入したところで今日の女性化整形は終了となった。

遥香に連れられ一旦自分の部屋に戻り、鏡で改めて自分の顔を見るように促されたので見てみた。

「えっ・・・・・わたしの顔・・・・・変わっちゃってる・・・・・。」

そこには今朝メイクした時よりもまつエクした分よりぱっちりとした目をした細眉でプルンとした唇の「女性」が耳につけられた大ぶりのピアスと共に映っていた。

そして夕食時間になり、大食堂に行くと女性らしく整形された顔になった同期の研修生たちが穂波以外は恥ずかしそうにうつむいて座っていた。

皆同じように眉を細眉にされ、瞼を一重だった者は二重にされてまつエクもされたせいかぱっちりとした目になり、ヒアルロン酸を注入された唇は艶めかしくプルプルし、耳たぶには目立つ大きなピアスが揺れている。

「き、菊川さんって・・・・・お、女の子らしいお顔になっちゃったのね・・・・・。とってもか、かわいいわよ・・・・・。」

「う、うん・・・・・そ、そうなの・・・・・。でもま、槇原さんも女の子らしいぱっちりお目目のお顔になってかわいくなってるわよ・・・・・。」

隣の席の紗絵に話しかけられた悠子は強制的に女性らしい顔に整形された事を半分慰める気持ちも込めてそう答え、同じように涼子と純子にも褒め言葉とも慰めともつかない声を掛けたのだった。

そして夕食が終わり、部屋に戻るといきなり遥香が悠子をハグし、強引に唇を奪ってきた。

「あ!・・・・・お姉様ぁ・・・・・。そんな・・・・・お止めになって・・・・・。」

「あん・・・・・やっぱり出来たてプルプルのお口はおいしいわ・・・・・。」

そう言いながら遥香は自分のヒアルロン酸が注入されてプルプルの唇を悠子の同じくヒアルロン酸が注入されたプルプルの唇に重ね合わし、そしていきなりキスをされた悠子は昨日とは違う自分の唇のプルンとした感じを実感せずにはいられなかった。

(つづく)












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