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虐待の無い世界へ①

皆さんこんにちは。
ABBです。
今日は障がい者福祉施設での10年余りのキャリアを持つ私が「虐待」についての記事を書きたいと思います。

私見ですが、「虐待」とは強者から弱者に対して行われてしまう事を指します。
強者は「大人」だったり「上司」「監督」「先生」。
弱者は「子供」「部下」「生徒」「児童」。
戦時下においては「捕虜」になったりします。

例えば強者のプロボクサー同士が拳を交える。
これはある意味で暴力なのかもしれませんが「虐待」にはあたりません。
一定のルールと規範の範囲内で行われるスポーツです。

隣接する中学校の不良同士が河川敷でタイマンをはる。
日本には「決闘罪」という法律が制定されていますので違法行為にはあたるのですが、強者同士の争いですし、ドラマや漫画でも多く出てくるシーンでもあるので無関係の人が巻き込まれるとかでなければ個人的には嫌悪感は感じません。
ヤクザの抗争なんかも同じです。

ですがこれが「強者」から「弱者」へ行われる暴力であると、本当に嫌悪感しかありません。
そしてこれは一般的な感情かと思います。
皆さんは強者から暴力を振るわれた経験はありますか?
私はありますのでその時の話をしたいと思います。

昨年取った資格。

ABBの高校時代の話。
実は私は高校時代に教師からぶん殴られたことがあります。
私の通う公立高校は私服OKな高校で、校則も無く、自治精神旺盛な校風で染髪やパーマ禁止と言う校則はありませんでした。
ですので法的(校則的)拘束力の無いことを良いことに私は色気づいて髪を染めていたわけです。

そして授業中、ある教師から当てられたました。
多分私はその時好きな女の子のことでも考えていたのでしょう、全く授業を聞いておらず、
ABB「すみません。もう一度お願いできますか。」と返答しました。

するとその刹那、その教師は最前列に座る私の机に蹴りを入れ、前屈みになった私の顔に拳で一撃を加え、髪を鷲掴みにしました。
それを見ている40人の同級生達は静まり返ります。
その間1分位でしょうか、その教師はずっと私の髪を離さないでさらには引き千切ろうとするので私はその手首を掴み抵抗しました。
やがてその手が離れるとその教師は一言。
「髪を黒く染めてこい」と。

その教師は担任ではありませんでした。
日頃から険悪な関係であったとか、頭髪について日頃注意を受けていたとか、私が反抗的な態度を取っていたとかではなくの事前警告無しの不意打ちであったので頭は真っ白です(笑)

「めっちゃ髪抜けたんですけど。」
と抗議をしましたが教師はそれを無視して授業が再開されました。
授業を聞いていなかったことは悪いのですが理不尽の極みです。

私もそんなにヤワなタイプでは無かったので何事も無くそれからも通学しましたが、私が精神的に弱い人間であったならば学校に行けなくなり人生が変わってしまったかもしれません。
これは20年程前の出来事。
そんなに大昔ではありませんし、体罰が容認されていたような時代ではありません。
そして髪が何百本と抜け、すごく悲しい気持ちになりました。
特に男にとってはとても大事な長い友達ですから(泣)

そしてその経験から私は公教育の場において暴力は絶対に排除しなければならないと強く考えるようになっていきました。
「ある程度暴力は必要」という考えは理解できません。
強者が弱者に与える暴力は社会から根絶されるべきです。

虐待の種類
虐待とは何も暴力によってのみ行われることを指す言葉ではありません。
法では「身体的虐待」「性的虐待」「心理的虐待」「介護、世話の放棄・放任」「経済的虐待」の5つが定義されています。

「身体的虐待」「性的虐待」はイメージがし易いかと思います。
これを行う人は鬼畜の所業、人間失格です。
ですが、「心理的虐待」「介護、世話の放棄・放任」「経済的虐待」については、私の長いキャリアの中で「もしかすると、今日の○○さんに対する私の対応まずかったかな、、、」と考えてしまうことが多々ありました。

「心理的虐待」について、大声で恫喝する、脅迫するといったことは言語同断なのですが、支援員が発する言葉に悪意が無かったとしても、受け取る側の感じ方によってはその言葉が刃となってしまうことがあります。

就労支援事業所に勤めていた時の話をします。
とあるアスペルガー症候群と診断されている利用者さんの荷物を私が持ってあげることがありました。
その荷物はボストンバックでした、それが半端じゃなく重かったんです。
鉄でも入ってるんじゃないかという位に。
コミュニケーションの一環で私は、
「すごく重いですね。何が入っているんですか。」と尋ねました。
もちろん何が入っているかなんかは二の次で、私としては単にただの雑談のきっかけに過ぎません。
ですが、その利用者さんはその言葉を「なぜこのABBという男は私の荷物の中身を詮索しようとしているのか。」と捉え、「不快に感じた。」
と別の職員に話をしていたそうです。
本当に言葉って難しいですよね。

児童発達支援、放課後等デイサービス事業所で勤めていた時も、子供の利用者に対して「〇〇しないと〇〇させないよ!」と話す職員がいました。
確かにまぁちょっとイライラしたら言ってしまいそうな気持はわかります。
ですがこれは福祉の現場ではNGなんですね。 
現場に立つプロの支援員であるならば
「〇〇した方がかっこいいよ!」
「〇〇したら〇〇できるよ!急げー!!」
など言い方を工夫して子供の気持ちを肯定的に盛り上げて誘導する必要があります。

「経済的虐待」も解釈が難しいです。
給料の不払いとか、財産を没収してそれを使い込むとかはわかりやすくNGなのですが、厚生労働省のガイドラインには
「年金や賃金を管理して渡さない。」
という文言があります。

これも実体験の話なのですが、就労支援の事業所では生活保護を受給されている方が多くいます。
保護費の支給は2カ月に1回。
支給日には必ずパチンコで勝負をかけてしまう方がいました。
勝てれば良いんですがやはり負けてしまうので、その方は生活ができなくなり、結局毎回事業所の同僚達に金銭の貸与を依頼したり援助をせびったりし始めます。
これは問題行動なので地域の社会福祉協議会と連携して金銭の管理を行おうとするのですが、その方は「経済的虐待だ」とごねるのです。
結局管轄の役所に苦情を申し立てて門前払いを受けたようですが、事業所側は事実確認と情報の照会を受けることになります。
本当に虐待の定義って難しいです。

今年沖縄自転車一周旅行中に立ち寄って
支援員さんと立ち話した就労支援施設。

虐待ガイドラインと発生件数
虐待になってしまうのか微妙なケースを上記で紹介しました。
現場の支援員は「答え」が欲しいんですが厚生労働省から出されているガイドラインはA4の用紙72ページに及び、法律の条文とか立法趣旨とか横文字が多くて読む気が失せます(読むんだけど)
72ページもあるのに具体的な虐待の事例の記述は3ページのみです。
現場が欲しているのは様々なケースへの解答と悩んだ際に気軽に相談できる窓口です。
現状支援員や管理職にとっては自身の施設でのことを行政に相談するのはとても勇気がいることです。
経験の浅い支援員の中には相談しようものなら黒スーツの役人達が大勢段ボールを抱えて施設に強制捜査に来るんじゃないかと考えている人もいました笑
10ページ位の漫画でPOPに理解できる資料があると良いのになー、気軽に支援員が相談できる場所があったら良いのになと思います。

参考資料
「障害者福祉施設等における 障害者虐待の防止と対応の手引き」

https://www.mhlw.go.jp/content/001121499.pdf

話は変わって下記資料は昨年度の障がい社福祉施設での虐待の発生件数をまとめた物です。

資料内に
「通報、届出のあった事業所数」は1230か所。
「通報、届け出の対象となった障がい者数」は1433人。
とあります。

恐らくこれは氷山の一角と思われます。
言うなれば学校のいじめと構造的には似ています。

クラス内でいじめがあったとしても担任がそれを上層部に報告すると自身の評価が下がりますし、学校の評価も下がります。
なのでいじめの事実は無かったとされがちです。
こういったことは良くニュースで目にすると思います。
人が死んでからは遅いのに。

厚生労働省より。
ここ10年でいじめの認知件数は8倍以上となっている。
これは実際にいじめの発生が8倍になったわけではなく、
学校がいじめを認め出したということなので
状況は良くなっていると言えると思う。

障がい者施設も発生してしまった虐待を自ら行政に報告すると調査が行われたり、内容によってはちょっと大変なことになります。
正直に報告すべきなのですが報告をすると組織が経営的にも業務的にも損をするという構造的欠陥があるのが現状です。

そしてこの資料では通報と届け出が一緒にカウントされています。
通報なのか届け出なのか。
この違いはかなり大きいのですが明記されていません。

届け出があったということはその施設は自浄作用が働いているということですから。

まとめ
一つの記事にまとめたかったのですが長くなってしまいましたので記事を2つに分けようと思います。

本記事では私がアンチ暴力の人間になった経緯、虐待とは何か、虐待の現状について書きました。
次回の記事ではどうやったら福祉施設での虐待が無くなるのか、私の意見を書き綴りたいと思います。

ご拝読いただきありがとうございました。

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