1.5 どこに住むか問題勃発

 台湾も良かったし、マレーシアも良かった。ビザランして台湾に行くのもいいが、マレーシアのリタイアメントビザを取るのが更にいいと思えた。同じ賃料でも、日本で住むよりも圧倒的に広く、ジム&プール付きの部屋を借りることができる。休みの度に子供たちを呼び寄せられるような楽しい老後が待っているかもしれない。日本にいる親については心配ではあったが、何かあっても、飛行機に飛び乗って、それなりの期間を日本に滞在することはできる。なんと言っても私たちは日本のパスポートを持つ日本人だ。一時帰国するなど簡単だ。

 とは言っても、いまこの瞬間に移住するのは簡単ではない。準備も必要だし、なによりソウルから送り出した大量の荷物を受け取らなければならない。だから当面は、子供たちのいる東京で賃貸物件を探して、そこに荷物を入れて生活しつつ準備をすればいいと漫然と思っていた。つまり、末っ子が大学を卒業するまでの2~3年の間に準備をして、彼が家を出ると同じタイミングで、東京から出て、一気に国外脱出してしまおうと考えていた。

それを具体的に口にはっきりと出したことはないが、カナメの口から同じようなセリフが時々出てきて、それを私が全体的なイメージに作り上げていったので、私は当然、既に両者の間でコンセンサスがとれていたのだと思っていた。

が、そう思っていたのは私だけだったようだ。

ラグビーで言うところの「Same Page」を、私たちは見てはいなかったと言うことだろう。

 私の脳内では、直近にやるべきことで最優先課題は、「東京での賃貸物件の契約」であり、かつその物件は事務所として使うために法人契約する必要がある。日本で合同会社を作り、その会社の事務所と社宅として使うための物件を探し、そのために必要なことを細々と準備していた。具体的には、必要書類を準備して、法人用の印鑑もネットで用意して、帰国後にはすぐに登記できるようにしておいたのだ。だから、その登記が完了すれば、すぐに東京に物件を探しに行き、即日契約をする。といったプロセスを何度となく脳内で繰り返していた。

 嫌な予感はしていたが、カナメは何度となく、彼の実家(田舎)に引越荷物を一旦入れて、そこからゆっくり考えればいい、というようなセリフを吐くようになった。

 東京に行くことが確定しているのに、なぜ一旦田舎にモノを運び入れなければならないのか。それが都内ならわかるが、引越費用だってバカにならないのだから、引越(海外からの荷物を運び入れること)は、一回で済ませたいと誰もが思うはずだ。

 とりあえず、カナメの実家に数日滞在するのはいい。ぶっちゃけそもそも当面の身の置き場がないのだから、それは仕方がない。異論などない。

でも私は心底怖かったのだ。カナメが「これから一生ここに住もう」と言い出すことが。

 ずっと引越しもせず地元に残りたいと思う人もたくさんいると思う。が、私は違う。田舎に住むのがイヤというわけではない。ただこれからの人生に変化もチャレンジもなく、漫然と消化試合の様になることが、そしてそれが確定したと認めることが、たまらなく怖いのだ。

 私にとってカナメの「実家に(とりあえず)住もう」という言葉は、これからの生活が、彼の思惑通り、なし崩し的に進んでいく予兆のようにも思えた。

これ、全力で阻止せねば、私は一生後悔する!

その時は、本気でそう思っていた。

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