富士通、生成AIで創薬速く たんぱく質状態予測10分の1


富士通と理研はたんぱく質の体内での振る舞いを生成AIで予測する技術を開発した(電子顕微鏡画像から復元したたんぱく質)

富士通は理化学研究所と生成AI(人工知能)を使って、薬が標的とするたんぱく質の体内での状態を10倍以上速く予測する技術を開発した。2025年3月期にも製薬会社と実証実験を始める。生成AIは新薬開発を大幅に短縮できると期待され、米エヌビディアなども技術開発を競う。

医薬品は病気の原因などになる特定のたんぱく質に結合する物質を投与して、ウイルスが細胞に侵入するのを防いだり、がんを攻撃したりする。

富士通と理研は「クライオ電子顕微鏡」と呼ばれる先端顕微鏡で撮影したたんぱく質の画像を学習して、動きのある立体構造として再現する生成AI技術を開発した。薬が標的とするたんぱく質の形や動きを推定する作業を高速化できる。

代表的な物質の「リボソーム」を使った実験では、専門家が1日かけていた作業を2時間と10分の1以下に短縮した。

これまでは専門家が大量の電子顕微鏡画像を分析し、立体構造を予測していた。たんぱく質の動きまで正確に予測するのは難しかった。人手では一度に調べられる数にも限りがある。作業は数カ月程度に及ぶこともあるという。

米グーグル親会社アルファベット傘下のディープマインド(現グーグル・ディープマインド)が20年に発表したAI「アルファフォールド2」は、たんぱく質の立体構造を予測して注目を集めたが、体内でどう動いているかは分析できなかった。

富士通は25年3月期中にも生成AI技術を活用した実証実験を始める。製薬会社や大学が参加する一般社団法人「ライフインテリジェンスコンソーシアム(LINC)」の約90会員に対して、3月に利用を呼びかけた。将来は遺伝子からたんぱく質の動きを原子レベルで予測するAIを実用化する。富士通の人工知能研究所の河東孝氏は「約5年後には創薬現場に応用できる」と話す。

新薬開発では一般的に2〜3年の基礎研究の後、3〜5年の動物実験などを経て、臨床試験(治験)を3〜7年かけて実施する。薬の効果と安全性などのデータを規制当局に提出して認められれば実用化できる。10年以上の歳月と数百億円の研究開発費がかかることもあり、途中で失敗すれば製薬会社の経営への影響も大きい。初期段階で生成AIを使って詳細な分析ができれば、有望な新薬候補に経営資源を集中させて開発の成功確率を高められる。感染症治療薬の早期開発につながる可能性もある。新型コロナウイルス下では、ウイルスのたんぱく質に働きかけ、細胞への侵入を防ぐ治療薬が広く使われた。

マッキンゼー・グローバル・インスティチュートは、製薬や医療製品では生成AIによる開発コスト削減や新薬の売り上げなどの経済効果が合計で年600億〜1100億ドル(約9兆〜16兆円)に上ると試算している。

海外のテック企業も創薬分野の生成AIに参入している。エヌビディアはアミノ酸の配列からたんぱく質の立体構造を予測する「BioNeMo(バイオニモ)」というサービスを手がける。米大手バイオ製薬のアムジェンなどが採用する。エヌビディアのヘルスケア事業開発担当のデイビッド・ニーウォルニー氏は「生成AIはライフサイエンス産業をテクノロジー産業へと変貌させた」と話す。米マイクロソフトの研究部門マイクロソフトリサーチは1月、中国の研究機関と生成AIを活用して結核菌とコロナウイルスに対する治療薬候補を設計したと公表している。

調査会社のプレセデンス・リサーチは、創薬分野の生成AIの市場規模が32年に14億1783万ドル(約2100億円)と、22年の11倍に増えると予測している。シティ・グローバル・インサイツのアダム・スピールマン氏は「生成AIは『Chat(チャット)GPT』のように異なる言語間の翻訳の分野で作られたが、たんぱく質やDNAの分析にほぼ同じテクノロジーを応用できる」と話す。製薬企業とAIに強いテック企業との提携も今後活発になりそうだ。
(山田航平)
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