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1Fが排出するALPS処理水について科学的根拠基づく日本側主張への疑念

 1Fが排出するALPS処理水について、日本側は自身の主張が科学的根拠に基づくものであり、中国側の論拠は科学的根拠に乏しいとしているが、各種の資料を読むと、ALPS処理の独自の規制基準のように、科学的根拠に依拠…しているように見えて実は怪しい論理が多く混ざっている。

 最初に、処理水のトリチウム(3H)濃度が、諸外国の原発排水の濃度と同程度か低いという情報発信を見かけるが、そもそも1F処理水の3H濃度と中国、韓国のBWR/PWR型原発の冷却排水やフランスの核処理施設の排水と同列に並べる議論はミスリードである。3Hは現行技術では除去が難しいが、水分子の一部として存在し、半減期が短く、放射線が弱く、人体から代謝されやすいため、通常運転中の原発含めて3Hを薄めて排出することは通常の操作である。

 ポイントは、1Fが事故炉であり、水がALPS処理済みとは言え溶融を起こした炉心に接触している事である。前例のないこの"事故炉の放射性汚染水"をALPS処理して安全性を確認する時、どのような規制基準を採用し、放射線の環境への影響をどのように評価すべきだろうか?本来であれば事故炉には特有の核種があり、除去が困難であったり、人体、環境への影響が科学的に不明だったりするので、事故炉に特化した規制基準や放射線環境影響の評価方法が必要であるが、日本側が採用した規制基準と評価方法には論点が残る。

 まず、3H以外の核種のALPS処理規制基準についての論点の一つが、"告示濃度比総和"の採用である。これは、環境中に放出することができる放射性物質の濃度限度を核種ごとに定め、複数の放射性物質を含む場合は、核種ごとの濃度に対する濃度限度に対する割合を足し合わせて1未満とする基準である。通常運転中の原発処理水はこの”告示濃度比総和<1”を採用しているため、ALPS処理水もこの基準を採用する事になっている(環境省:環境放射性物質を環境へ放出する場合の規制基準)。しかし事故炉に接触した処理前水には事故炉に特有の核種があり、それらを含めた水を薄めてALPS処理をする際の規制値に"告知濃度比総和<1"を適用することが妥当と証明できる科学的根拠と前例はない。これでは事故炉の汚染水の処理に関する規制基準が、通常運転中の原発排水と同じ、と言っているのとほぼ等しく、安全性の問題だけではなく、変な前例を作ることになる。

 次に、環境省資料によると、”告示濃度比総和<1”に基づく規制基準は、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に基づき、公衆被曝線量限度1mSv/年を与える核種ごとの告示濃度限度を根拠にしているとされている(一つの核種が含まれる水を、生まれてから70歳になるまで毎日約2リットル飲み続けた場合に、平均の線量率が1mSv/年 に達する濃度)。しかしICRP勧告はあくまで、被爆線量限度を与える濃度限度の単純な対応関係を示しているだけである。事故炉由来核種の海洋環境内での”動的な”振る舞い、例として、海流に乗った拡散効果、海底土壌や、生物の食物連鎖などによって経年蓄積され、濃縮される効果は考慮されていない。これはWHOなど多くの国際機関が広く妥当性を認めているICRPの勧告自体に問題があるわけではなく、ICRP勧告基準を採用する側が、放射線環境影響評価(REIA)の前提条件の違いとして考慮し、シミュレーションに入れるべき要素であるが、TEPCO側が公開したALPS処理水の海洋環境への影響(多核種除去設備等処理水(ALPS 処理水)の海洋放出に係る 放射線環境影響評価報告書)で述べられる「人・動植物への放射線影響評価の結果」では、このような事故炉由来の核種の海洋環境における動的な振る舞いを「入念に評価」した形跡はなく、モデル単純化のために無視している。(実際の放射線環境影響評価(REIA)報告書の記述によると:"トリチウム以外の核種の移行、蓄積の評価について、放射性物質の化学形態等に応じて海水中の浮遊粒子や海底土、船体、海浜砂、漁網への吸着、または海洋生物への移行・濃縮が生じる可能性があるが、放出するALPS処理水は、凝集沈殿や吸着、フィルターろ過等により浄化した不純物がほとんど含まれない水であり、浮遊粒子に吸着したとしても沈殿物が大量に発生することは考えられないこと、海底土等に直接触れる海水は海底付近のごく一部であることなどから、そもそも海底土に吸着する放射性物質の量は、放出される放射性物質の量全体と比較すれば非常に小さいものであるとしている。そのため、モデル単純化の観点から拡散において海底土等への吸着による海水濃度低下を考慮しないこととする一方、現実には長期間かけて進む海底土等への吸着や生物への濃縮については、海水濃度と平衡状態となるまで吸着が進んだ状態と仮定し、いずれも保守的に設定することにより、この ような環境中の動態の差を考慮しなくてもよいように配慮している。"としている)もっとも、事故炉由来の核種を含む水が、これほど大量に長期に渡って海洋へ排出される前例がないため、科学的依拠を探すのも困難である。

 以上をまとめると、日本側のALPS処理水に対する主張は、科学的根拠に依拠…しているように見えて実は科学的に怪しい部分が多く混ざっており、中国側が常に事故炉の処理水≠通常運転炉の排水と言っているのは、これらの部分が疑念を抱かせるからであろう。

 この手の話は本来、専門家同士が議論すべき内容であるが、日本側は中国側の論点を無視し、科学的議論に応じないどころか、科学的な知識がそもそも乏しい政治家/省庁広報/メディアが"中国側の主張は科学的根拠に基づかない"という情報拡散を一斉に仕掛けていることが問題である。科学議論は知性と知識に基づくもので、世論戦、外交戦による多数派工作ではないし、多数決で決まるようなものでもない。まずは、両国の専門家同士による真の意味での"科学的根拠に基づく議論"を行うべきでしょう。今の散らかった状態から脱出し、止揚に至る第一歩はそこからじゃないでしょうか?

※文書は個人的な感想に基づくもので、特定の国、組織の主張を代表するものではありません

P.S. 太字部分が"入念"に評価?適当な理由をつけてモデルを単純にしただけじゃん…

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