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輝く銀剣

 オルシュファンは言った。

「お前はかつて、我が友の窮地に、潔白を信じて戦ってくれた。その曇り無き心を、今度は私が守るとしよう」

 戦勝祝賀会でナナモ女王暗殺の濡れ衣を着せられた光の戦士ウェーべライト・アイレスバロウは、追っ手を逃れるためにイシュガルドのオルシュファンを頼った。
 人の心を排他性という氷で閉じ込める極寒の地クルザスにおいて、オルシュファンは太陽のごとく心の持ち主だった。
 オルシュファンに保護されたその日の夜、光の戦士は眠れなかった。
 彼女は一人、外で夜空を見上げている。
 
 光の戦士の心は完全に打ちのめされていた。
 これが自分一人だけの災難ならばまだ良かった。濡れ衣を晴らし、卑劣な裏切りを働いた悪漢共に然るべき報いを与えんとして、心に炎を灯し、活力を引き出していただろう。

 だが、今回は違った。
 暁の仲間たちは光の戦士を逃がすために犠牲となった。仲間たちは今どうなっているのだろうか? 簡単に命を落とすとは思わないが、しかし全くの安全というわけではないだろう。
 無事に脱出できたのはタタルとアルフィノだけだ。

「ウェーべライト? どうしたんだ」

 オルシュファンが心配そうな顔をして現れた。

「いえ、なかなか眠れなくて」
「しかし、外にいてはますます眠れない。クルザスの寒さは骨に届く」
 
 光の戦士はオルシュファンにと共に屋内に戻った。
 それからオルシュファンは温めたミルクを持ってきてくれた。

「これを飲んで体を温めた方が良い。そうすれば眠りやすくなるだろう」

 光の戦士は冒険者にしてメイドだ。普段は自分が他者を気遣うべき立場なのに、今はオルシュファンに気遣われている有様だ。

「わたくしはうぬぼれていたのかもしれません」

 ふと、光の戦士は幼少期の頃を思い出した。
 あの時は自分の力を過信する子供で、冒険者になろうと勝手にアイレスバロウ家を飛び出した。そして魔物に襲われて死にかけているところを、後から追いかけてきた師匠に助けてもらった。
 成長したと思っていた。
 数々の蛮神を討滅し、ガレマール帝国の究極兵器すらも撃破した光の戦士はエオルゼアの英雄と称えられた。
 無意識の内に有頂天になっていたのかもしれない。

「これはそのツケなのかもしれません」
「それは違う。違うとも」

 オルシュファンは力強く言った。

「私の目には、お前がうぬぼれた姿など一瞬たりとも映ってはいない。今はただ、すこし躓いただけだ。私はお前が立ち上がるためならば、喜んで手を差し出そう」

 オルシュファンの言葉は光の戦士の心に深く染み渡った。

「オルシュファン様」

 光の戦士はオルシュファンに抱きついた。

「ウェーべライト?」
「お願いです、オルシュファン様。今だけ、今だけで良いのです。アイレスバロウ家のメイドでなく、エオルゼアの英雄でもなく、ただの女でいる事を許してください」

 オルシュファンはただ無言で、しかし優しく光の戦士を抱きしめた。
 鍛え上げられたたくましい腕に身を預けた光の戦士の心は、春の日差しを受けた雪のように溶けていく。

(ああ、この温もりがずっと共にいてくれたら、どれほど幸せでしょうか)

 光の戦士はオルシュファンを愛しているのだと自覚した。
 不意に、光の戦士が包み込んでいた者が消える。

「え? ここは?」

 光の戦士はすぐに思い出す。ここはイシュガルド教皇庁の最上層にある氷天球と呼ばれる場所だ。
 目の前で、トールダン7世が飛空艇に乗り込もうとしている姿があった。

「そうだ、早く彼を止めないと!」

 光の戦士は自分がここにいる理由を思い出した。
 イシュガルド正教は1000年もの間、イシュガルドの人々を騙してきた。その真実を明らかにするためにも、トールダン7世を倒さなければならない。
 光の戦士は駆け出す。

「危ないッ!」

 オルシュファンが叫ぶ。
 彼は光の戦士に向けて放たれた光の槍を盾で受け止めた。
 しかし光の槍は盾ごとオルシュファンを貫いた。

「オルシュファン様!」

 トールダン7世が飛空艇に乗ってどこかへ逃げている。だが、光の戦士にとってそれどころではなかった。
 アルフィノが駆け寄って回復魔法をオルシュファンに使う。
 だが、光の槍の効果によるものなのか、オルシュファンの傷がいえる事は無い。

「英雄に……悲しい顔は似合わぬぞ……」

 オルシュファンの言葉に、光の戦士は涙をこらえながら笑みを浮かべる。

「フフ……やはり、お前は……笑顔が……イイ……」

 オルシュファンもまた光の戦士に笑みを返し、力尽きた。

「嫌ぁ! オルシュファン様! オルシュファン様!」

 オルシュファンはもう、光の戦士に微笑みかける事は無い。

 光の戦士が突然昏睡状態に陥ったのは、異界(ヴォイド)でゼムロスとの戦いから数日後だった。
 近況報告のためにアイレスバロウ家に帰省していた光の戦士は、突然気を失った。

「まずいわね。この子は妖異に取り憑かれているわ」

 アイレスバロウ家のメイドの一人、ウィルマがそう診断した。

「妖異そのものはとても弱いわ。でも、だからこそ取り憑かれたのに気づかなかった。そして数日をかけてゆっくりと、ウェーべライトの心を侵食したのよ」
 
 ウィルマは光の戦士の現状を正確に見抜いた。彼女はシャーレアン魔法大学で学び、賢人の称号も授与された才女だ。
 
「そんな!」
「どうすれば妖異を払える?」

 光の戦士と特に親しいウェンディとウィリアムは、姉のように慕う人のためならどんな事でもやる覚悟だった。
 だがウィルマは沈痛な顔をする。

「本人が心の強さで取り憑いた妖異を精神世界で倒す他無いわ。でも、普段のウェーべライトからは考えられないほど体内エーテルが衰弱している。何か強烈な精神攻撃を受けているに違いないわ」

 昏睡する光の戦士の顔は土気色で、時折「オルシュファン様、オルシュファン様」とうわ言を言っている。

「きっと、オルシュファンが死んだ時の光景を見せられているんだわ」
「僕もウェンディと同じ考えだ。姉さんの心が弱くなるとしたら、それしか無い」

 光の戦士はオルシュファンを愛していた。その愛は、オルシュファンが死してもなお消える事は無く、光の戦士はこの思いは一生守り続けるつもりだと、以前にウェンディとウィリアムに語っていた。

「うん?」

 その時、ウィルマがある事に気づく。

「ウェーべライトにもう一つ取り憑いている何かがあるわ」
「別の妖異?」

 ウェンディが言う。

「いえ、その割には邪悪さは感じない。むしろ清らかですらある。これが抗体のようにウェーべライトの魂を水際のところで守っているんだわ。なら、もしかしたら……!」

 ウィルマがウェンディとウィリアムを見て言う。

「私と一緒に、この清らかな存在にエーテルを注いで! これを強くすれば、ウェーべライトを助けてくれるかもしれない!」

 光の戦士は暗黒の空間にいた。
 愛する人の死ぬさまを際限なく繰り返し見せられた光の戦士は、もはや精神的衰弱死する寸前にあった。
 穢れたアメーバのような何かが現れる。これが光の戦士に取り憑いた妖異であった。
 妖異としては最下級にある。それは自我すらも無く、ただ心に深い傷を持つものに取り憑く、病原体のような存在である。

 絶望、無力感、後悔。人の心を衰弱させる感情を食らってその病原体妖異は成長する。
 病原体妖異は光の戦士の魂を丸呑みしてしまえるほどに成長していた。
 ずる、ずると病原体妖異が光の戦士に近づく。

「もう、いいわ。世界を救ったのだから、義理は果たしたし、オルシュファン様がいないのに生きていたって仕方ないわ」

 そんな言葉を口にしてしまうほど、光の戦士は弱っていた。
 光の戦士の瞳に光は無く、おぞましい妖異が近づいてくるのをただぼうっと見つめているだけだった。
 病原体妖魔が粘菌状体を伸ばし、光の戦士に触れようとしたその時、光り輝く何かがそれを阻んだ。

 それは1本のロングソードだ。イシュガルドの騎士が使う平凡な量産品に過ぎないはずだが、それは聖剣の如き清らかな銀光を放っている。
 さらに1枚の盾が光の戦士の前に現れた。
 盾には赤の一角獣の紋章があしらわれていた。フォルタン家の家紋だ。

「立て、立ってくれウェーべライト。そのためなら、私は何度でもお前に手を差し伸べよう」

 盾から力強くとも穏やかな声が聞こえてきた。

「オルシュファン様?」

 光の戦士の瞳に活力が蘇る。
 彼女は盾に触れた。そしてすぐに分かった。

「ああ、オルシュファン様!」
「お前はかつて、星界を訪れた。その時に、まだ完全に星に帰っていなかった私は、魂の一部をお前に託したのだ」
「そうだったのですね」
 
 光の戦士のは盾をひしと抱きしめた。これはオルシュファンの魂の欠片だ。
 あの日の夜、オルシュファンに抱きしめられた時の温もりが蘇る。

「グシュル、グシュ、グシュ」

 病原体妖魔が悔しそうな音を立てる。
 光の戦士は地面に突き刺さった銀色に光るロングソードを引き抜く。
 その時、光の戦士の姿が変わった。メイド服から花嫁衣装を連想させる鎧をまとっている。

「オルシュファン様、ご心配をかけました。ですがもう大丈夫。あなたの一部がわたくしと共にあるのなら、わたくしの心が挫ける事はありません」

 病原体妖魔が飛びかかる。
 光の戦士はオルシュファンの盾で攻撃を受け止めた。
 病原体妖魔が跳ね返る。
 光の戦士がオルシュファンの剣を頭上に掲げる。すると剣に宿る銀光がより一層輝いた。

「グシュー!?」

 病原体妖魔が苦しそうに悶え始める。

「わたくしの心から出ておゆきなさい!」

 光の戦士が輝く銀剣を振り下ろす。

「グシュエェェェェェ!」

 病原体妖魔は断末魔の悲鳴を上げながら跡形も無く消滅した。
 暗黒に支配されていた光の戦士の精神世界に光がさす。
 光の戦士はオルシュファンの剣を見る。磨き上げられた刃に自分の顔が写った。
 光の戦士は笑みを浮かべた。

「イイ、笑顔だ。やはりお前はそうでなくては」

 オルシュファンの声が、光の戦士の心を優しく包み込む。

 気がつくと、光の戦士はベッドに横たわっていた。現実世界に帰ってきたのだ。

「姉さん!」
「良かった、目を覚ましてくれて!」

 妹分のウェンディと弟分のウィリアムが泣きそうな笑顔を浮かべる。

「二人共、心配をかけましたね。ウィルマさんもご迷惑をおかけしました」
「家族を助けるのに迷惑な事なんてなわ」

 アイレスバロウ家の殆どは元孤児で血の繋がりは無いが、それに等しい心のつながりがある。
 光の戦士は自分の胸に手を当てる。ここにオルシュファンの魂の欠片があると思うと、無限にも等しい勇気が湧いてきそうだった。

おわり

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