見出し画像

<ゴッホの手紙 上中下、硲 伊之助訳、岩波文庫>(補遺)日本絵画の影響はここにも! 平原(畑)への愛、すだれ効果、雨、余白について。

前回の記事から続く

(3)西洋絵画では描かれない雨の風景にチャレンジしている。素描および油彩があるが、成功しているかどうかは微妙である。

 ゴッホの浮世絵への傾倒はよく知られており、ジャポニスムの影響の例として、必ずといっていいほど広重の浮世絵を描いた作品が挙げられます。
 その作品のうち、原画そのままを模写した例としては、広重の「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」と「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」のニ作品があります。
 印象派以降の画家達の多くがジャポニスムの影響を受けた作品を描いた中で、そのままそっくり模写した作品を残したのはゴッホだけだと言われます。それだけに日本の絵の影響の代表例の一つとして教科書に取り上げられるのは納得できます。
 これまで私は「ジャポニスムの影響を受けた作品です」と説明を受けて「ああ確かにそうですね」「原画にそっくり、細部までまねていますね」と教科書に云われるままに受け取ってきました。
 ですから「大はしあたけの夕立」の模写の絵を見て、この広重の作品をなぜゴッホが選んだのかは考えたことがありませんでした。

 しかし、あまたの広重の作品の中で、わざわざ雨を主題にした「大はしあたけの夕立をなぜ選んだのでしょうか。

 印象派以前の西洋絵画で「雨」を描いた絵で、私自身すぐに思いつくのはターナーの蒸気機関車が雨けぶる中を手前に疾走してくる絵ぐらいです。   
 この場合注意したいのは、ターナーの絵は雨を面で描いており、雨雲から落ちてくる水滴の動きを「直線」では描いていないことです。

 また印象派以降の画家も雨の風景を描いているはずですが、今すぐと言われて思い出すのはカイユボットのパリの雨の風景です。その絵も確か雨は直線ではなく傘や地面の反射で表してといたと思います。
 
同様に印象派の他の画家達も雨を上から下に向かう「直線」や「破線」では描いていないはずです。

 今回「ゴッホの手紙」を読んで「あっと」思いました。模写ではなく素描に「雨」の直線による描写を見つけたのです! これは本当に驚きです。模写が先か、素描が先か判然としませんが、ゴッホの素描を調べると、何枚も出てくるのです(下記の図をご覧ください)。

雨を描いた素描の例
出典:すべてwikimedia commons, public domain

   ヨーロッパの平野の中に、浮世絵で馴染みの直線で描かれた、雨が降りしきる素描を見ると不思議な感情が沸きます。
 あくまで個人的な意見ですが、浮世絵でも白描だけの雨の作品は少ないと思うのですがどうでしょう?それをゴッホは3枚も描いているのです。
 当時の欧州で雨の光景を、上から下に伸びる「直線」または「破線」で線描した画家はおそらく誰もいないのではないでしょうか。(確認は必要ですが、ほぼ間違いはないと思います)

 ここで、ゴッホが描いた雨の彩色作品を下に示します。

雨を描いたゴッホの彩色の作品
出典:すべてwikimedia commons, public domain

  「大はしあたけの夕立」の模写の作品以外、彩色した雨の絵は2枚しかありません。
 雨の描写を比べると、広重の、雨雲から降りしきる様をリズミカルに配置されて上から下に向かう黒の直線群に比べて、ゴッホの雨の線は断続的な破線でしかも直線の角度もまちまちで、あえて言えば粗雑さと粗さが目立ちます。
 むしろ素描の雨の線の方がまっすぐな直線で、広重の原画の線と似ています。

 話はそれますが、線スケッチの教室では生徒さんに冗談めかして次のようなことを云うことがあります。

 「絵で人の心を動かすのは簡単です。霧、霞、雨、雪を降らせばいいですよ」と。これに「夕焼け」を付け加えれば申し分ありません。少々下手な絵でも心を動かす絵になるのでまるで魔法のようです。

 実際、広重はこれらを多用していますし、「線スケッチ」にとってお手本となる「新版画」では、川瀬巴水がこれらの効果を多用しています。

 ゴッホは広重の絵を見て、油絵でもこのような描き方で同じ効果がえられるのではないかと考えたに違いありません。

 しかしゴッホの結論としては、鉛筆やペンでの素描は上手くいけそうだとの感触を得たのでしょうが、油彩や水彩筆による線描では思うような線が描けず、断念したのではないかと推測します。

 なお、彩色版で気が付くのは、浮世絵では見られない「白」の線を使っていることです。このような「白線」での雨足の表現は浮世絵ではされていないので、ゴッホが独自に試そうとしたのでしょう。(注1)

 この記事では、西欧絵画においては、印象派以前は雨をどのように表現してきたのか、また日本の浮世絵を知った印象派以降の画家達が雨をどのように描いたか、そして明治以降、欧米の陰影による立体表現を取り入れた「新版画」の画家、特に川瀬巴水がどのように雨を表現するようになったのかを記述する予定でした。しかし、分量がかさみそうなので、「ゴッホの雨」に関する記述は一旦仕舞いにいたします。続きは、別の記事で続けることにします。

次回の記事に続きます。

(注1)

 この記事を投稿後、白い線による雨の描写が浮世絵にあることがわかりました。従って、白い雨はゴッホが編み出したのではなく、日本の絵師が考案したものでした。

 お詫びと訂正の記事を投稿しました(2022年10月20日午前6時)ので、下記をご覧ください。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?