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スポーツ観戦との「再会」・その4【20.11.06@大井競馬場編】

普段は大井町駅から出ている、無料のシャトルバスに乗ってこの場所を目指している。
でも、今日はシャトルバスは出ていない。もう少し詳しく言えば、シャトルバスを出すほどの観客を受け付けていないということである。

職場から浜松町を経由し、東京モノレールに乗り込む。乗降者の中には、スーツケースを抱えた者もいる。徐々に飛行機を使う用事が出てきたということだろう。
ただ、僕の目的地は羽田空港よりも手前にある。たった2駅の小旅行。そして、その先に待つのは久々の大勝負だ。

大井競馬場も久々の来訪になった。前年12月30日の東京シンデレラマイル以来か。ナイター開催となると、8月くらいまで遡らないといけないかもしれない。
大井のナイターと言えば、やはり色とりどりのイルミネーションだろう。年々その規模と輝きは増しており、「夜に大人たちが集う社交場」としての役割も充分に果たしている。

北門にたどり着き、ネオンが輝く看板を見て、ようやく僕は「競馬」へと帰ってくることができたのだ……と実感した。自宅で細々と、スマホやPCの画面とにらめっこしながら、馬券を買うのも「競馬」である。でも、競馬場で見る「競馬」は、やはり格別だ。
チケットを係員に渡し、検温や手の消毒を行い、ついに我らの大井競馬場へ……

しーん、としていた。
歓声や罵声が飛び交わないことは予想していた。ただ、ざわめきやささやきすら無い。
レースをやっているのだろうか? 観客がいるのだろうか? 本当にここは競馬場なのだろうか?

しばらく場内を歩いてみることにした。
どこへ行こうか。そうだ、4号スタンドに行ってみよう! せっかく来たのだから、予想のお供にモツ煮でも食べよう……

パドックからL-WING、そしてG-FRONTへと建物に沿って歩いていくと、一本のロープがぴーんと、長く張られていた。
目の前には警備員がいる。やっぱりそうなのか、と思いつつ一応聞いてみた。

「申し訳ございません。ここから先は一般のお客様は立ち入り禁止となっておりまして……」

しょうがない。まあ、競馬場に来たのだから、賭け事をするのが本分である。
久々に専門紙を買うことにしよう。家で競馬をやり続けて気がついたことのひとつに、「地方競馬ほど専門紙の評価は侮れない」というものがある。特に、調教における○×というのは、情報量が少なく良し悪しがわかりにくい中においては、重要な意味を持っている。
普段は1レース単位で買える電子版を用いているが、今日は来場記念も兼ねて紙の新聞を買おう。競馬新聞独特の紙質を堪能し、ビシッと当てていこうじゃないか……。

「申し訳ございません。今日販売分の専門紙は全て売り切れとなりました。あまり数を用意していないものでして……」

   ◆

もともと指定席で競馬を見るという習慣が無い者なので、整った場所で大人しく競馬をするというのは不思議な感覚である。L-WINGも万全のコロナ対策をしていた。座席はもちろん、券売機も使えるものは半分だった。マークシートや鉛筆は机の上に置かれ、「必要な分だけお取り下さい」という注意書きが貼られていた。
ただでさえ指定席に慣れていないのに、さらにウィズ・コロナの体制が余計な混乱を僕にもたらしている。

まずは9レースの様子をしっかり確認し、10レースと11レースの予想に活かすこととしよう。占いサイトを調べたところラッキーナンバーは2だったので、カシノビートの複勝を購入。単勝オッズを見たら最低人気だった。
でもって、結果もオッズ通りとなった。4コーナーまでは良い位置につけていたが、直線にはいるとズルズル後退。とは言え、勝ち馬も2着馬も好位勢だったので、基本的には前で走れる馬を買おうというのがよくわかった。

さて、メインレースの予想をば。単勝10倍以下の馬が5頭もいる。なかなか難しい一戦だ。とは言え、ここはシンプルに「調子の良い」「好位で走れる」馬を選べば良い……。

何だか集中できなかった。
指定席に慣れていないからだろうか? 家で競馬の予想をしている時よりも、競馬場の外のベンチに座っている時よりも、何だかソワソワして落ち着かない。
周囲の声も何だか気になってしまった。別に、大声で話しているわけではない。仲間うちでのヒソヒソ話。それが何故か、自分の集中力を異常に削いでいく。

ダメだ! 余計なことを考えちゃだめだ!
まずは「調子の良い」「好位で走れる」馬を選べば良いんだ! 
というわけで、フライングビーノとサンニコーラの2頭を選び、それぞれの単勝とワイドで勝負をした。

   ◆

お腹が空いた。
お金が無いから、ご飯が食べられないのでは無い。お店がやっていないから、ご飯が食べられないのだ。

売店でホットカフェラテを飲みながら、メインレースのあれこれを思い出す。サンニコーラは3着だから、まだ良いとしよう。でも、フライングビーノがブービーというのは、一体全体どういうことなんだ。なかなか上手く噛み合わない。
もう1つ痛恨な出来事を挙げるとすれば、お気に入りの矢野貴之騎手がこのレースを制したということだ。嗚呼、人気が全然無いから軽視してしまったが、素直に単勝を買うべきだったのか……。

「最終レースは矢野貴之が乗る馬を買う」
もう1つ引っかかっていたのが、僕が大井詣を重ねる中で生み出した格言だ。ありとあらゆる危機を救ってくれた、最終レースの矢野貴之。だが、今日の場合はメインレースを勝ってしまった。連勝を信じるべきか。それとも純粋に予想をするべきか……。

かくして僕は、僕自身を信じて矢野貴之が乗るハイブログの単複とシザーハンズという馬とのワイドを購入した。

その結果、馬券内に来たのはシザーハンズのみだった。複勝は460円ついていた。

   ◆

午後10時、僕は横浜駅某所にある、行きつけのラーメン屋に立ち寄っていた。
いつもだったら、大井町駅近くにあるラーメン屋が大井詣の終着地だった。でも、今日は大井町駅へ帰る無料バスが無い。
帰りは立会川駅から京急に乗り、ひとまず横浜駅を目指すことになる。もちろん、立会川駅にも飲食店はある。ただ、今日の気分と上手くマッチングしなかったので、一旦横浜駅を目指すことになったのだ。

今日の大井競馬場は、何だか面白くなかった。
その理由は、あの場所に「感情」が存在していなかったからではないだろうか?

様々な「観客制限付き」の現場に足を運んできたが、今のところ競馬場が一番「寂しさ」を感じてしまった。
観客の声援や表情といった目に見えるものはもちろん、人馬から発せられる無形の「感情」というものも、あの時はあまり確認できなかった。
ようするに、良くも悪くも「感情」が漂っていることが、競馬を競馬たらしめているのではないだろうか?

温かいとんこつラーメンが、僕の席に運ばれてきた。ありし日の競馬場の姿を思いながら食べれば、このラーメンはまるで競馬場で食べているようになるのかな……。いや、なかなかその距離感というものは、想像力や我慢では埋めがたいものがあるし、やはり元通りになって欲しいと思うばかりだった

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