見出し画像

軍神の涙

相棒season18初回スペシャル「アレスの進撃」前後編観ました。
うーーーーーーーん、なんか相棒に限らず久しぶりに泣いてしまった。これはもうね〜船越英一郎の圧勝というか、俺あの人の泣きに弱いなぁ、こっちまで持っていかれる泣き方をするんよな。
まあとりあえず俺が一番考えたいのはラストシーンなんだけども、そこに行き着くまでの大まかな流れを説明したいと思います。ネタバレは有ります🙇‍♂️

今回序盤から右京が行方不明になっていて、その居所を突き止める過程で北方の島に行きつき、右京を諸般の事情から匿っていた7.8人の男女グループが事件の中心となります。
右京と無事合流して解決かと思いきや翌日にそのグループの半数が遺体となって発見されてしまいます。

グループ内の生き残りの1人、岩田ミナの父親で島を訪れていた謎の男として冠城とも邂逅していた岩田純(船越英一郎)が状況や生存者の証言から犯人であるとされていたんですね。
彼は陸上自衛隊レンジャー部隊出身であらゆる訓練を受けた戦闘のプロであり、言い換えれば殺しのプロでもある。
遺体は全て首の骨を折られて素手で殺されており、そんなことができるのは彼しか思い当たらず彼も半ばそれを認めるような発言をしている。
更に娘のミナ曰く彼はミナが所属するグループをカルトだと思っていて娘を連れ戻そうとなりふり構わない殺人マシンになっているんだろうとのことで、動機も揃い北海道警察はこぞって岩田純を追いかけます。

しかし、事件の真相はミナ含む生き残りの面々が実はだいぶ過激なテロリスト的思想を持っていて、同時期に開催されていた片山雛子議員の軍事関連のサミットに乗り込んで兵器を用いて自分たちの要求を飲ませようとしていた。
また主犯格であるミナは父親譲りの格闘術を体得しており、娘の心身共に持ち合わせた危険性を知っていて辞めさせようと島に現れた父親の仕業に見せかけグループの中で計画と邪魔な右京の殺害に乗り気じゃなかった面々をことごとく素手で殺し回っていたというのが事の顛末です。

いや中々インパクトのある回ですよね。館のそこかしこで次々に発見されていく遺体というのがホラー展開だったし、犯行回想シーンの殺陣が壮絶というか、綺麗な女優さんなんやけどもう大の男をボコボコにして締め上げて殺していくというのが個人的にだいぶショッキングでしたね。
余談ですが僕過度なスプラッタを例外とするなら殺し方の中で首の骨を折るのが一番見てて怖いなって思うんですよね、なんかこう人間をおもちゃみたく壊してる感じがゾッとしてしまう。
そしてここまではだいぶ大まかな筋だけというか、前の「聖戦」の時よりもかなり複雑めな背景があるので、話したいところに行き着くまでの流れをザッと言ってるだけだから大分細かい所を端折っています。そこら辺気になる人はぜひ観てみてほしいです。

さあそして僕がめちゃくちゃ胸を揺さぶられたのがこっからなんですけど、岩田ミナの犯行が右京の推理によって全面的に露呈、彼女らも片山議員を前に危険な兵器を以てして啖呵を切ってる中、密かに忍び寄っていた岩田純が隙を見てミナらを制圧。そのまま彼女の持っていた兵器のスイッチを逆手に取って警察も寄せ付けない状態でその場を後にし娘を連れ去ります。

物語のラスト、岸辺のボートの上で気を失っている娘を抱く岩田純が映され、やがて目覚めた彼女といくつか会話を交わしたのち、「人を殺すのはこれが初めてだ」と、震える手でミナの首を締め上げ静かにその生命を終わらせます。

少し出遅れて現れた特命係が事態を察し、憤る冠城と、眠るように動かないミナに懇々と間に合わなかったことへの後悔と謝罪を述べる右京、そしてそれを受け一筋の涙を流す岩田純という、三者三様の様相を呈します。

やがて口を開いた岩田純が自身の抱えていた恐怖と後悔を吐露します。かつてミナに傍若無人な神話の荒くれ者、軍神アレスになぞらえられたこと。実際自分の中にそういった凶暴さ、邪悪さがあると感じていたが、陸上自衛隊としての厳しい規律が自分を真っ当に生きさせてくれたこと。娘のミナにもその影があることに薄々気づいていたこと。いつかミナがその影に飲まれるのがずっとずっと怖かったこと。全てを吐き出した岩田は横たわるミナを前に泣き崩れ物語は幕を閉じます。

ああもうこれ、何から言えば良いのか…とかく僕はもうこのシーン見て久しぶりに号泣してしまいましたね。家で晩飯食いながら見てたんですけどもう、完全に箸止まってしまって。
何に泣いていたのかって言うのは泣きながらも自覚できていて、やっぱ岩田の心情ですよね。
右京がミナに語りかけ始めるまで岩田はずっと遠くを見据えていて、その時点でも見てて辛かったし、これから右京も冠城もそりゃあ怒るというか、良い反応はしないだろうからもう、この男はこれでいっぱいいっぱいのはずだよって、こんな…こんなの岩田自身が一番、辛くないわけないじゃんかって、岩田を客観視しても岩田としての主観で見てもあまりに辛すぎて本当涙が止まんなかった。
そうだなぁでもまずは、船越英一郎への賛辞から始めざるを得ないよなぁ。

もうやっぱ俺船越英一郎と言えば刑事役で、犯人への心からの泣き落としみたいなイメージが強いし、やっぱあの人の涙というのはどうも見てる人間を深く揺さぶるものがあると思うんですよね。
今回特に前編は一貫して目的もわからない中殺戮マシンのように言われるし実際警察もなんか凶暴なクマが来たみたいに恐れ慄きまくるものだから、すごいおっかない人って感じに見えるというか、見せてるんですけど、上述の後編のラストシーンであの泣きを正面からぶつけられたらこっちも耐えられないよな〜。

てかもう泣きといっても涙だけでもないんよね。泣く前の震えてる感じとか、嗚咽とか、顔を覆う仕草とか全部がもう、、、あまりに儚げで脆くて、けどもちろん男性としての前提は崩れていないっていう。
わかるかな〜そのなんていうか元々弱い人がちょっとしたことで辛くて泣いてるんじゃなくて、たくましい男の中の男って感じの人がこんなにも繊細に涙を流すのかって、そのギャップがあの涙の尊さに拍車を掛けてるんですよね。
どれ程の辛さ、悲しみなんだよって、見てるだけの立場ではもちろん全貌は把握しきれないはずなのにその涙一粒で想像を絶するほどに辛いんだってことだけが余りにも容易に想像できてしまう。
仮に回想シーンでのタイトル回収がなくても“アレスの進撃”という題に合点がいくほど強く厳格で恐ろしい男というイメージが植え付けられていて、作中で何度も殺戮マシンという単語が出てくるのだけど、それらがラストで一変して、彼の抱えていた弱さや人間らしさが一気に露見する。もはや芸術的ともいうべきキャラクターの魅せ方に僕は黙って舌鼓を打つ他ありませんでした。大袈裟に聞こえるかもしれないけれどあれは本当に凄いものを見たなと思います。

後でも触れるけど、ボートのシーンからの岩田ってほんとに一挙手一投足が全部人間臭いんだよな。マシンなどでは決してない彼も他と変わらない弱く脆い人間だったんだって違和感なく理解できるというか、マシンみたく見えてた頃から涙を流すまでの岩田がギャップ自体はあるんですけど、縫い目のない一枚の布みたく成立して見えるというか、人間の描かれ方として不自然さがないんですよね。
これはドラマとしてのキャラクターの見せ方もそうだけど、船越英一郎の人間味溢れる演技がそれを上手く纏めているような気がしますね。
ネームバリューだけのキャスティングでは断じてなく、そういう演技とあの涙を持ってる船越英一郎でなければこの岩田純は生まれなかったんだろうなと思います。

あとこれもちゃんと考えたいポイントなんですけど、岩田はなぜミナを殺したのかっていうね。なんとなーく予想はできるけどいくつか思い浮かびますよね。
ミナは正直情状酌量の余地がない感じだったし4人も殺して動機も悪質なので恐らく死刑執行は免れないんじゃないかなと思いますが…だからこそ自分の手で終わらせてあげたかった?犯した罪が許せなかった?もう生きていてもミナにとってプラスにならない?社会にとってプラスにならない?あるいは自分にとって辛過ぎる?色々浮かぶけれどまず、社会的な制裁意識とかではないような気がするんですよね。

最初に岩田がミナを殺したことを理解した冠城が「あんたなんてことを…娘だろっ!!!」って責めるのに対し岩田が「娘だからだ」って返して、それを受けた冠城は「ふざけるなっ!!!」と岩田に詰め寄るんですが、この冠城のふざけるな!というのは、自分の娘だから自分でケジメをつけたというようなまあ言ってしまえば少し浅めに思える制裁意識でこんな禁忌を犯したのかっていう怒りがあると思うんですよね。
実際この時点での岩田は特命係の前ではまだ泣いていなくて、毅然とした態度を取っているわけだから、岩田は岩田でそういうまあ言ってみればマシンな側面を持っているのかもと思えるのも頷ける。
しかし実際のところ、視聴者である僕らはその前の段階の、岩田がミナを手にかける場面を見ているわけですが、そこがまたね、涙のシーンに並ぶくらいに岩田が人間臭い仕草を見せるんですよね。
頭を撫でて、抱きしめて、首を締め始めてからもミナと同じかそれ以上に辛そうな顔をして、自分がたった今殺した娘の頭を何より愛しそうに抱きかかえて、丁寧に横たわらせる。
殺しという行為の本質に反して岩田のこの一連の動きは漏れなく思い遣りと愛情に満ち溢れているんですよね。

うーんやっぱ、そうだよなぁ。何にしてもベースは娘への愛情だと思うんですよね。
少し脱線すると、なんだか僕はこの回を見てseason2最終話「私刑」を思い出しました。
簡単に説明すると初期の相棒亀山くんの親友であり、元検事であり、平成の切り裂きジャックと恐れられたシリアルキラーである浅倉が刑務所内で殺害されるという事件。

でまあ真相は実行犯とは別にそれを指示した(というかそうなるように仕向けた?)真犯人がいたんですけども、その人物は検事時代の浅倉を知っていて、曰くとても可愛がっていた。
その期待を裏切られたのが許せなかったのかと問い詰める亀山に「憎しみじゃない、憐れみだ」と返すんですよね。
死刑執行が決まってからも長くて7.8年あるいはもっと長く執行されずに刑務所内で生き永らえることになるかもしれない、浅倉が逮捕された瞬間から自分が少しでも早くあの世に送ってあげるんだと決意したと語る犯人に右京が「病気の子を手にかける母親が、愛するが故に生かしておけない、その子の生きる一秒一秒がとてつもなく辛く切なく感じる、そういう気持ちでしょうか?」と推察するっていう。

これ動機がある種の愛情からっていうのがなるほどと思って僕は初期だと結構好きな話なんですけど、今回岩田を見てそれ思い出しちゃいましたね。
私刑ほど明確には語られていないんですけどやっぱりベースは愛情で、絞首台に送られるミナを思うといたたまれなかったとか、アレスとしての影に侵されてしまったミナを生かしておくのが辛かったとか、そういうのが幾つか複合してるような感じじゃないかな〜と思います。
あと、ミナがグループのメンバーを殺し回ってる時、トドメみたく首を捻る際にバキボキミシッ!みたいなSEが必ず入って僕はあれ結構苦手なんですけど、岩田がミナの首を捻る際にはそれが無いんですよね。
なんかそれが、暴力と愛情ゆえの殺しっていうのを描き分けてるのかなーとか思ったりしました、考え過ぎかもだけど。

そんでね、色々考えたり見返してるうちに俺さ〜すごい悲しい、あまりに残酷な可能性が一つあることに気付いてしまったんですよね。
いくら愛情ベースとは言え、あるいはバケモノ級の救いのない殺戮マシンとは言え、殺せますかね?自分の手で。自分の子供を。

このシーンより前に、岩田が幼いミナとアスレチックみたいなところで仲睦まじく遊んでいる回想が流れるのだけれど、「それでこそパパの子だ!」「あたしパパみたいになる!」って、どれほど仲の良い親子だったのかが垣間見えるわけです(まあ後者のセリフは今となっては少しきな臭さも感じてしまいますが…)。
強い愛情がゆえ、生かしておくのが辛いがゆえだったとしても、幼い頃から面倒を見てきた子供を手にかけるのは尋常ではないです。
ましてや岩田は素手でそれをやるから、銃殺や刺殺とは少し訳が違う。ミナの体温を肌に感じながらそれを奪わなければならない、僕は岩田の心情を思って泣いてしまいましたが、実際のところ僕の手で掬えたのは岩田の悲しみ、苦しみ、絶望の一端に過ぎないというか、その全貌は僕には想像もつかない程大きく底がないほどに深いものだと思います。

ではなぜそれができたのか、できたにしてもやはりためらいがあって、その間に特命係が間一髪駆けつけるということがあってもおかしくないはずなのに、なぜ岩田はミナを殺せたのか。少し思い当たる節があります。
軍事サミットの会場でミナらを制圧し、ミナの持つ兵器のスイッチを逆手に警察の追手を牽制しようとした岩田が「来るんじゃない、やるべき時にはためらわない訓練をされてる」と言うんですね。

なるほど、彼は何キロもある海を泳いで渡るほどの持久力も持ち合わせていますが、レンジャー部隊ではその手の精神力に関わる訓練も受けるんですね。
銃を持っていても迷わず引き金を引けるかどうかと言うのは実際難しいのでしょうが、岩田はその土壇場の迷いさえも抑えられるよう訓練を受けている。
この手の修羅場では「あなたに無実の人は巻き込めない」的なロジックで徐々に距離を詰めて打開することが多い右京ですが、その言葉を受けて岩田はやる時は本気でやるのだと察したのか会場にジャマー(電波妨害装置)の設備があることを確認するまで後手に回らざるを得ませんでした。

もし、ある一つの残酷な可能性として、岩田のこの精神力がこともあろうにミナの殺害という結果を生んでしまったのだとしたら。今まで彼を、自身が秘める邪悪な影から守っていた陸自の規律が、愛する娘をその手にかけるというある意味マシンさながらに冷酷でなければこなせない辛く惨い決断を最後の最後に岩田に取らせたのだとしたら、なんともはや皮肉な結末でしょうか……。

正直なところ、娘を手にかけた岩田、憤る冠城、悔やむ右京という3人の中でこれは絶対に間違ってるとか、もしくは絶対にこうするべきだったっていうのを見出せなかったんですよね。
殺人を肯定するわけではないんだけど、誰の思いにも否定しきれない側面があってそれ以上進めなくなってしまうんだよなぁ。

ただ岩田自身、結果的にそうするべきだと思って娘を手にかけたわけですが、もちろんこんな結末を望んでいた訳はないだろうし、ミナが自発的に償いの意志を持つこともあったかもしれないという右京の後悔の念を聞いてそういう可能性を信じられなかった、あるいは想像できなかった自分を悔んでいたかもしれません。
その先でミナがどういう身の振り方をするかはわからなかったけれど、少なくともそれらいくつかの可能性がある中で、岩田はそれを途絶えさせてしまったわけですから、ミナの影を受けて岩田の中にあったアレスの影も、皮肉にも陸自の規律が味方する形で顕現してしまったのかもしれませんね。

あーーなんか、最近自分が好きな物がなんとなくわかってきて、単に鬱展開とかバッドエンドが好きというわけではないんだけど、巧妙に織り込まれた糸で紡がれる究極的な運命の皮肉みたいなのにどうも惹かれてしまいますね。そういうのってほんとに、良いよな。ずっと味わっていたいわ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?