【ぶんぶくちゃいな】「アップル・デイリー」攻略に透ける、中国政府の次の「標的」

先週末に突然発表された、香港のメディアグループ「壱伝媒」を率いるジミー・ライ(黎智英)氏の個人資産凍結処分は香港社会に大きな驚きをもたらした。

ライは昨年6月末に香港国家安全維持法(以下、国家安全法)が施行されるや、巷では中国政府が同法を適用して逮捕するだろうと言われていたトップ「目標」人物の一人で、その予想に漏れず、昨年8月に詐欺(取得した工業用地をその利用目的にそむ形で使用した)や「国家安全を損なう海外勢力との結託」など複数の容疑で逮捕された。同じ日には日本でもよく知られた周庭(アグネス・チョウ)さんも初めて逮捕されている。

「壱伝媒」はこの措置に対してすぐに、今回の凍結はこのライ個人の資産を対象にしたもので、ライはすでに「壱伝媒」の直接経営からは離れており、同社口座には直接影響はないとする声明を発表した。しかし、ライはその株式の71%あまりを握っているために香港株式市場では週明けの17日から同社株の取引も中止されている。

その結果、同社では18日から台湾で発行する新聞「アップル・デイリー」(以下、「台湾アップル・デイリー」)の発行を停止し、オンラインのみで運営を継続することを決めた。

台湾アップル・デイリー廃刊の直接の原因は同紙自体が世界の新聞事情のご多分に漏れず、ずっと赤字続きだったこと。すでに同社は台湾事業の身売りを進めており、今年4月にも買収話が具体的に進んでいたことが明らかになっている。だがこの話はその後ご破算になり、同社ではその理由を「買い手側の提示要件が、当方が求める職員たちの利益維持条件に合致しない」と説明していた。

しかし、台湾アップル・デイリーの赤字は膨れ上がっており、余命いくばくもないと見られていた。だが、その「引き金」が香港当局によるライ氏個人の資産凍結という形でもたらされるとは誰も予想していなかった。

というのも、香港保安局は今回の措置に香港国家安全維持法(以下、国家安全法)を引用したものの、その理由の一つ「国家安全を損なう海外勢力との結託」に関して、ライは拘束こそされているもののまだ正式な判決が下っていない。そのような中でライ個人の資産を凍結する根拠が明らかではないという声が法律関係者の中から上がっている。

また今年4月には、2019年に展開された一連のデモのうち8月に行われた無認可デモの「首謀者」として、ライに初めて懲役8カ月の実刑判決が下った(その後控訴)が、この際にも「懲役期間にはこれまでの拘留期間をそこには含めない」という前例を覆す判断が行われており、ライに対する当局の対応は「前代未聞」とされる。

だが国家安全法の適用により、まだ容疑だけの時点に当局が個人の資産を凍結することができるという新たな前例が設けられたことで、今後同法の引用でまた同様の資産凍結は起こりうることになってしまった。

一方でその国家安全法の運用自体が対象も措置も曖昧なままであり、まだまだその施行も当局による恣意的な印象が拭えておらず、この前例化によって、香港が世界に誇る金融市場を背景にしたビジネス環境に大きなケチがつくことになるだろうと懸念されている。

●「職員の利益を守る」はずだった台湾アップル・デイリー


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