過熱するダイエット論争と最新の科学的知見(中略)狩猟採集時代の祖先の食事について自信をもって語るのは、この分野の教育をほとんど受けていないか、知識がほとんどない人々だ(中略)ベストセラー『「いつものパン」があなたを殺す』(白澤卓二訳、三笠書房)の著者デイビッド・パールマスターは───何の証拠も示さずに───私たちの祖先の食事は5%が炭水化物で、75%が脂肪だったと論じる! 今日のパレオダイエットの伝道者の多くが、狩猟採集社会の「自然な」食事は低炭水化物、高脂肪だったと主張するのはなぜだろう。その理由の1つはマードックの『Ethnographic Atlas(民族学アトラス)』にある。現在のパレオダイエットの基礎は1990年代末にローレン・コーデインによって築かれた(中略)彼(※ローレン・コーデイン)は人類学者ではなく運動生理学者として教育を受けていた。そのため、現地調査に行って、狩猟採集民の食事がどのようなものか自分で観察することはせず、協力者とともにマードックの本からデータを集めた(中略)この分析が多数の査読つき論文を生み、『The Paleo Diet(パレオダイエット)』の執筆につながった。コーデインの同書は大きな影響力を持ち、これがきっかけで現在のような流れとなった。これらの研究はよかれと思ってなされたものだ。しかし、肝心なところで行き届いていなかった。まず、マードックのデータから食物摂取に関する正確な情報を得ることはできない。彼は脂肪、炭水化物、タンパク質については何のデータも示していない(中略)おおざっぱに推定し、0から9までのスコアをつけただけだ。スコアの判定方法についてもほとんど述べていない。だが、炭水化物を含む食物の多くが見落とされているようだ(中略)また、マードックのデータにはハチミツが入っていない。ハチミツはハッザ族をはじめとする多くの狩猟採集民にとって重要な品目だ(中略)北極圏に住む集団では肉食中心の食事への適応が生じた。しかし、それはパレオダイエットの支持者が考えるようなものではない(中略)パレオダイエットの実践者は、古くから高脂肪のケトン食が存在し、多くの利点をもたらしたと主張するが、このような食事を何世代にもわたってとり続けた集団では、自然選択はケトン体合成を強く押し返す方向にはたらいてきたのだ(※FADS遺伝子やCPT1A遺伝子が変化しケトン体の合成を妨げる)(中略)過去の典型的な食事は、今日のような肉食のパレオダイエットや動物性食品を一切とらない菜食主義とはまったく異なっていた(中略)最近ヨルダンでの考古学発掘調査で、かまどと1万4000年前の黒焦げのパンのかけらが見つかった。農業が始まる数千年前である。粉には何種類かの穀物が使われていた(中略)同じようなことは農耕開始以前から広く行われていたのだろう。たとえばオーストラリアの先住民アボリジニは、ヨーロッパから小麦粉が入ってくる以前から野生の穀物を使ってパンを焼いていたことがわかっている(中略)定期的に運動をしていると、脳が食欲をカロリーの必要量にうまく合わせることができる。※引用者加筆.