読書感想文「さみしい夜にはペンを持て」古賀史健

この本が店頭に出てきたころ、目次だけめくった感想は「ライター向けの文章ノウハウを、子供向けに物語調にしたのかな。」だった。
『夢をかなえるゾウ』とか、『マンガでわかる○○』とか、そういう類の本という印象だった。

本の発売から少し年月が経った今、ようやくちゃんと買って読んでみた。
読み終わった今の評価は「いろいろな読み方ができる良書」だ。

まずは「物語として読む」ことができる。

タコジロー、クラスメイトのみんな、ヤドカリのおじさん、世間の反応、そうした人間(じゃなくて、海の生物だけど)の関係値が丁寧に書かれている。

私はわかりやすい勧善懲悪や大きな事件が起こる話より、
日常で起こるちょっとした感情のすれ違いやぶつかり合いの物語が
好きなので、これは好みの物語だった。

小説として読んでも面白いし、
タコジローが日記を書く途中で得た
「一人称を三人称にして書くと、日記が小説みたいになる」気づきは、
夏目漱石みたいな「主人公のモデルが自分」とされる作家が通ってきた道かもしれない、とも思えた。

次に「日記の書き方」のノウハウ本として読める。

まずは1周じっくり読んでみてから、目次をざっと眺めると
語られたノウハウだけが端的に並んでいる。これは復習に便利だった。

この本のポイントは、汎用的なライティング技術なのではなく
「日記」、それも鍵をかけて誰も読めなくしておくタイプの
閉じられた文章に特化したコツがまとまっていることだと思う。
SEO対策とか、クリックを誘発しやすい書き順とか、いわゆるライター向けの本ではまったくなかった。(目次だけ読んだ時は、完全に誤解していた。)
どちらかというとこれは、自己啓発ジャンルに近い内容だ。
けどノウハウ本とも読める、この匙加減が絶妙なんだと思った。

途中までは、
自分の好き勝手に書ける日記にまでノウハウを語られたら、
それこそなんにも書けなくなってしまわないか?と
疑問に思いながら読んでいた。
しかし読み終わってみると、考えてもみなかったことを丁寧に言語化した、それこそヤドカリのおじさんのようなひとが書いた本なのだな。と感じる。

どうして日記を「好き勝手に」書いているだけではだめなのか。
それは、思った愚痴や悪口をそのまま書くだけの日記は
読んだ自分が嫌な気分になりつまらない、つまらないと続かない、
続かないと日記を書く意味が見いだせなくなり、やめてしまうから。
だから日記には、愚痴や悪口を過去形にして書き、今の自分と切り離す。
そうすることで、後で日記を読むことになる読者としての自分を、必要以上に傷つけずに済む。

…といった具合に、「気持ちが良い日記」を書くためのノウハウがかかれている。
日記を書くことに、ひいては
毎日日記を書くために今日を生きることに、
前向きになれそうな1冊だと思った。

その意味でもこれは「自己啓発本」としても読める作品だろう。

多くの自己啓発本は、読んだ後何かしらの行動を起こさせるものだ。
これは行動として「毎日日記をつける」、ひいては「上手に日記とつきあう」ことを促す1冊なんだろう。
私はどちらかというと、文章を書くのは苦にならないタイプなので
この本で得た知見を活かして日記を書いてみたいなあ、と素直に思う。

この本は中学生向けに書かれたものらしいので、
ターゲットとしてはタコジローのように
「書かされる文章は嫌いだけど、思ったことを好きに書きなぐることはできる」
「思うことや悩みはたくさんあるけれど、相談先もなく、ていねいに言語化するのを面倒に思ってしまう」タイプの子供なのだろうか。
個人的には、
「普段から読み書きが嫌い」「チャットや手紙より、しゃべるほうが得意」
なタイプの子が、この作品を読んで思うところを聞いてみたい。

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