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お香の伝統と現代のくらしの「交差点」でありたい(前編)|山田悠介

編集者・ライターの小池真幸さんが、「界隈」や「業界」にとらわれず、領域を横断して活動する人びとを紹介する連載「横断者たち」。今回は、和の香りの専門店「麻布 香雅堂」代表取締役社長の山田悠介さんに話を伺いました。約1500年の歴史があり、日本の伝統文化と密接なかかわりを持ってきた「お香」。現代のライフスタイルにフィットした、「和の香り」のあり方を考えます。

小池真幸 横断者たち
第8回 お香の伝統と現代のくらしの「交差点」でありたい

現代のライフスタイルに「お香」を取り入れる

 コロナ禍になってからというものの、ライフスタイルにおける試行錯誤を、より一層重ねるようになった。自宅で過ごす時間を少しでも上質なものにしようと、瞑想の習慣を取り入れようとしてみたり(せっかく買った坐蒲は、完全に乾かした洗濯物置き場となってしまった)、魚を捌くスキルを身に着けようとしてみたり(せっかく買った出刃包丁は、購入から1年近く経った今でも、開封すらされていない)、ハンドドリップの珈琲、煎茶やほうじ茶を飲むようにしてみたり(これはある程度定着している)……さまざまな角度からライフスタイルの変革に取り組み、死屍累々を積み重ね、そのうちのいくつかは生活習慣となっていった。

 そんなささやかなチャレンジの一つに、「お香を焚いてみる」というものがあった。インターネットの海でたまたま、「お香のサブスクリプションサービス」なるものを見かけたのがきっかけだ。季節のお香を毎月プロが選び、原材料や文化的背景が記されたリーフレットと共に届けてくれるという。これまでの人生で、「お香」に関する何かに触れた記憶といえば、ほぼ「お線香」くらい。その香りそのものはなぜだか幼少期より嫌いじゃなかったが、まさか自発的に生活の中に取り入れる日が来るとは思っていなかった。このサブスクリプションサービスは、20〜30代でも親しみやすいような、小綺麗で比較的キャッチーなデザインでパッケージングされており、不思議と食指が動いた。後から聞いたところによると、同世代の知人も何人か、ほぼ同時期に同じサービスに申し込んでみていたらしい。ちなみにお香に関しては現在も、たまに疲れた夜に焚いてみるなど、生活習慣の一部として生き残っている。

 今回インタビューした山田悠介さんは、このお香の定期便「OKO LIFE」の運営者であり、同サービスを手がける和の香りの専門店「麻布 香雅堂(以下、香雅堂)」の代表取締役社長。1,500年の歴史を持つお香の世界の中で、業界慣習にとらわれず、化粧品やお酒、ゲームとのコラボレーションなど、他領域のプレイヤーと積極的に手を組みながら、新たな楽しみ方のスタイルを模索する〈横断者〉である。
 山田さんはなぜ、お香文化と現代のライフスタイルの架橋に取り組むようになったのか? 深淵なるお香文化の歴史や特徴、そして彼の歩みと想いに迫っていくと、“お香に首ったけ”ではないからこそ実現している、「交差点」としての価値創出のかたちが浮かび上がってきた。

産地にも製法にも、謎が多い「和の香り」

 麻布十番駅から、徒歩5分経たず。大通りから路地に入った、およそ「東京都港区」という響きが持つギラギラとしたイメージとは対極にある静かな通りに、香雅堂はある。店に入ると、上品で心地よいお香の香りに包まれる。京都で江戸寛政年間より200年以上続く薫香(編注:お香の香料のこと)原料輸入卸元「山田松香木店」をルーツに持ち、七代目の次男だった山田さんの父が独立。1983年に麻布十番で開店したのが、この香雅堂だ。山田さんは、二代目当主である。店舗の二階、香道(詳しくは後述するが、お香を楽しむ芸道のこと)の稽古や体験教室が行われる和室にて、インタビューを実施した。
 香木や香道具、香りにまつわる雑貨の販売はもちろん、お香文化にまつわる幅広いプロダクトやサービスを手がけている香雅堂。先程触れたサブスクリプションサービス「OKO LIFE」のほかにも、化粧品の香りの調合やカクテルの香りの監修、オンラインゲーム『刀剣乱舞』をテーマとした香りと香袋の開発、一般向けの香道の体験教室の開催、さまざまな一般人の香りにまつわる物語を集めたウェブマガジン「OKOPEOPLE」の運営……幅広く手を広げている。山田さんによると、事業の軸は「先祖代々得意としている『和の香り』でできることの探求」だという。

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▲香木の一例。後編でも詳述するが、上質なものだと、この小さな一片に、車一台買えるほどの値がつくことも珍しくないという。

 そもそも「和の香り」の源泉は、「香木」と呼ばれる樹木だ。通常、香木と呼ばれる種は「白檀」「黄熟香」「沈香」の3つだけ。主な原産地は東南アジアやインドで、さまざまな内的/外的要因によって樹木が変質することで香木になると言われているが、その正確な原産地や変質メカニズムは詳らかになっていない。それゆえ、人工的に作ることもできないという。
 この香木を刻んだり、粉末状にしたり、それを調合したりしたものが「お香」だ。調合の際は、香木に加え、八角やクローブ、シナモンといったスパイス、さらには貝殻、植物の樹脂などを混ぜ込むこともある。お香の形態はさまざまで、削った香木をそのまま「炷(た)く」(炭の熱で間接的に温める)こともあれば、調合して棒状にした「線香」の形で焚くことも(仏事の際に用いるいわゆる「お線香」もこの一種)。巾着などの袋に入れて「香袋」(匂い袋)にしたり、手紙と一緒に添えて「文香」にしたりすることもある。こうしてお香の香りをかぐこと一般を、和の香りの世界では「聞く」と呼ぶこともある。

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▲線香は、こうした「お香立て」に一本ずつ立てて焚くのが一般的。長さや材質にもよるが、一本はたいてい約30分ほどで燃え切る。

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