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青森から秋田へのランドナーの旅(7/二ツ井~鷹巣)

 たそがれてきた頃、また降り始めた。静かな河畔の道をずっと行くことはできず、再び国道七号線に出る。二ツ井町のあたりだ。トンネルの端を冷や冷やしながら走り、出たと思ったら風にあおられて雨具のフードが深く被さり、前方が一瞬見えなくなって泡を食う。
 この頃はまだヘルメットをしていなかった。これ以来、雨具のフードというものが信用できなくなり、使用しなくなったのであった。
 きみまち坂という、歌謡的な名のついたところを通るが、どうもそれほど印象的な坂があったような記憶はない。一本、側道橋で川を渡ったのを憶えているだけだ。いよいよ暗くなってきて、鷹巣の市街地に向う道になんとか入るが、この道がまた暗い。

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 ようやっと駅に達し、案内板で目当ての旅館に辿り着く。雨具を着ていたとはいえ、あらかた濡れているので何かと気を使うが、宿の人は親切そうだ。おばあちゃんが何やら話しかける。
 しかし、わからない。聞き取れない。??? 完全なる東北弁なのだ。
「え? ごめんなさい、わからないよ」と繰り返すこと二度くらい。なんだか申し訳なくなってくる。宿のおばあちゃんも外国人と話しているような感じになったのか、絶句している。見かねてか、四〇くらいのおかみさんが助け舟を出した。
 静かだけど少し高い方の部屋か、安いけどややうるさい方の部屋とどちらにする?と言っていたらしい。それほど差があるわけじゃないので、高い方にした。いささか疲れもたまってきたのだ。
 割と人通りのある街の玄関だったので、中に自転車を入れさせてもらったものの、裏の方に置けないかと画策したが、どうも無理そうだったので、諦めた。しかしおかみさんは、濡れそぼった靴にすぐ新聞紙を丸めて入れてくれた。この親切はありがたかった。移動日から入れれば旅の四日目で、ぼちぼち人恋しくなってきている。そこへ来て降られて暮れたのだから、気遣いがうれしい。さもないことなんであるが、ま、旅人とはそういうものでもある。
 晩は、街に出た。といったって鷹巣は奥羽本線と秋田内陸縦貫鉄道線の駅がある小さな街である。しかし、歩き始めてすぐに気が付いたのは、飲み屋さんの数が多い。角と角の間に必ず一軒はあるか、という感じである。やはり、秋田か。
 ろくに飲めない私が探すのは、コーヒー店。しばらくうろついて、見つけた。どっちから話しかけたか記憶にないけれど、コーヒーおかわりして、話好きそうなマスターにしばらく相手をしてもらった。津軽で、熊が出没するらしい国道を走ってきたことを言うと、白神山地で、熊の獣じみた臭いに行き当たったことがあり、ぞっとしたとおっしゃる。
 たがいに大笑いした話が二つあった。津軽で、電話ボックスが階段の三段くらい上にあり、最初は気にもとめなかったが、ああ、雪のせいでこうなっているのかとわかりましたよ、と言えば、静岡では地面の高さにあるんですか、と聞き返されて、しばらく絶句する。いや、確か、一段くらい上だったけど。
 翌日の予定コースを話したら、どこそこの辺りに、興味深い「かずや」があるからぜひお寄りなさい、と教えてくださる。
「かずや、ですか」と首を傾げて聞き返す。
「そうだ、かずやですよ」とご返事。
「かずやって、何を売ってるところなんですか」とまた聞き返すと、マスター怪訝な顔。
「だからほら、鍬とか刃物とか作っているところだよ」
「ああ、鍛冶屋さんのことですか」以下、一緒になって大笑い。なんだか久しぶりに笑ったような気分になった。
 どうも鷹巣では、ずっこける回路に入り込んだようで、翌朝、広間の食堂で朝食を食べるのに、席を名前で指定されていたのに気付かず、別のツーショット組のところでうっかり食い始めてしまったのであった。ご到着した指定席の人に指摘されて赤面。それほど飢えていたわけじゃないんだが、いや、すまんことであった。ほかでは、朝からビールを飲んでいる人たちなどいて、下戸の私は見ているだけで頭痛がしてきそうである。
 旅装していよいよ出発する段になり、これから走る辺りは昼間だし、まあ熊など出ないよね、と御主人に聞けば、しばらく間があったのち、「まあ大丈夫だろう」と。「さんざ脅かされたのではないかね」と言われて苦笑する。

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