見出し画像

龍の物語(掌編創作民話)

昔、天空を横切るような巨大な龍が空を舞っていた。

龍は、空を支配し、人々に、水や雨の恵みを注いでいた。

人々は、それに感謝し、その感謝の思いを龍は食物としていた。

ところが時代が下ると、世は堕落して、人々は龍のことを忘れるようになった。

感謝という供物が、龍に捧げられることも稀になった。

そのようにして次第に龍の食物は減り、やがてとうとう空を舞うこともできなくなって、龍はある日、地に降りた。

そうして、その始まりと終わりをいちどきに見ることのできないような、巨大な水の流れとなった。

龍がその仕事を空から続けることができなくなったので、水と雨の大いなる恵みの大半は、雲という別の神に委ねられた。

しかし龍は地に降りてからも、人々が龍のことを忘れ果ててしまってからも、人々にまだ水と雨の恵みを、人々の足の下から送り続けた。

龍はもはや、人々の上を舞うことも、人々を見おろすこともできず、人々の足もとの低いところに、人々に踏みつけられるようにして生きるのみだったが、それでもまだ龍は人々をいとおしく思っていたので、見返りのない仕事を続けた。

龍と雲と空を支配するより大きな神は、それを哀れに思い、人々が龍のことを忘れないようにするため、何十年に一度かは、龍の体を地から持ち上げて、人々に見せるようにした。

その日が、大水の出る日となる。

千と万の年月が過ぎ去ったあと、龍は、天龍川と呼ばれるようになった。

                               (了)

ご支援ありがとうございます。今後とも、よろしくお願い申し上げます。