本とともに育つ
はじめに
2019年4月19日 名古屋市青少年文化センター アートピアホールで行われた松岡享子先生の講演会に参加しました。
そのときに先生が語っておられたことを、自分なりに心に書きとめ、文章に起こしたものです。
子ども時代
先日、奈良のお話会の創設者である、石橋千代子さんの追悼に行ってきました。
石橋さんの息子さんから、彼女が婦人之友の読者だったと聞かされ、わたしはとても驚きました。生前は、聞かされていませんでしたから。羽仁もと子さんをとても尊敬しておられました。
わたしは、次の時代を担う子どもたちの幸せを願っています。子供とのゆっくりとした時間、寝る前の十五分の読み聞かせはかけがえのない時間です。
今の時代は、子どもが子どもらしくいられないのです。子どもらしくいられる条件が揃っておらず、健やかに育っていけません。
わたしの時代は、物質的には恵まれていませんでした。しかし、幸せな子ども時代を過ごせたと思っています。
疎開した先の商業学校で、農業体験をしました。種から育て、脱穀までひととおりを経験する——つまり、労働体験をしたのです。
戦後まっただなかで、学校も建物はなく、先生も寄せ集められただけの方たちでした。わたしたちは子どもながらに自分が今、どん底にあるのだということを理解していました。
つまり、これから先は良くなるだけです。先は明るく、希望が見えていました。
そういう、時代の色を感じて生きていました。時代の空気を自分で、察知できていました。
それによって、わたしは楽天的になれたし、積極的になれました。
さらによかったのが、大人に関わられなかったことです。過度の干渉がないことは、子どもにとって、ありがたいことなのです。
未来への懸念
今の時代の色を敢えていうと、『不安』でしょう。
これからの時代、AIが発展していくと思いますが、子どもがそれに取り込まれないかが心配です。
ゲームをすると、後頭葉に血流が集まり、アドレナリンやドーパミンが多く分泌されます。
過覚醒といい、それが起こると睡眠が浅くなり、疲労が溜まりやすくなります。
そして、キレやすくなります。
後頭葉とは反対に位置する、前頭前野を育てると、記憶力が向上し、コミュニケーション能力や言葉・感性が育ちます。
昨今、子ども全体が疲労しています。
三歳の子どもが「ちかれた……」と口にしたときは驚きました。
田沢先生の本に書かれていたことによると、日本は他の国よりも自己肯定感が低いといいます。
アメリカが七パーセントなのに対し、日本は五十七パーセント。
寂しいと感じるのは、オランダでは二パーセントなのに対し、日本では二十九パーセント。
日本の親は子どもに対し、要求水準が高いのでしょう。
これからも子供たちは、『不安』という時代の空気のなか、育っていかなければなりません。
いったい、わたしたちに何ができるでしょうか。
子どもたちを育てる本
フランスのポール・アザールが子どもは人生の重さを感じることなく生きるべきだといいました。
ドイツのシャルロッテ・ルジュモン『〝グリムおばさん〟とよばれて―メルヒェンを語りつづけた日々』という本があります。
このかたは、どこでもグリムのお話を語り続けました。
歳をとってから思い出すのは、子ども時代のことです。
子ども時代の幸せの貯金で、晩年も幸せを感じることができます。
『もし、お前が老人を幸せにするというのなら、まず子どもを幸せにしろ』
『老人はもう、なぐさめようがないから』
八十歳を過ぎた老人には、幸せを注入できないから。
わたしの父と母が晩年の会話で盛りあがったものも、子ども時代の幸せな思い出話ばかりでした。
では、幸せな子ども時代とは何なのでしょう。
もちろん、衣食住に、教育の機会、自分を発揮できる環境は大切です。
しかし、一番は周りの人びとに、自分が確かに愛されていると自覚できることです。
アストリッド・リンドグレーンの『やかまし村の子どもたち』は、とても理想の子供時代を描いているといえます。
スリランカの絵本作家である、シビル・ウェッタシンハはわたしの長年の友人で、この間もお手紙をいただき、関係が続いています。
『かさどろぼう』や『きつねのホイティ』の作者で、知っているかたもたくさんおられると思います。
ウェッタシンハさん自身の、六歳までの子ども時代を描いた『わたしのなかの子ども』と本があります。
この作品を読んだ人は、父母に感謝したくなったことでしょう。
この本で、ウェッタシンハさんは一人でいることの幸せを伝えてくれています。
親は子どもをただ可愛がるだけでなく、子どもを理解し、たしなめるときはたしなめることの必要性を説いてくれているのです。
社会学者、エリーズ・ボールディングの『子どもが孤独(ひとり)でいる時間(とき)』のなかでは、子どもの一人の時間、沈黙の時間がとても大事なのだということが書かれています。
他からの刺激が入ってこない時間が〝かたまり〟としてあることが大切です。
美智子さまの『橋をかける―子供時代の読書の思い出』という本は、読み物としても、文献としてもとても素晴らしいです。
エピソードを抜粋すると、四、五歳のころのでんでん虫の話と、小学生時代のヤマトタケルとモトタチバナヒメの話がおすすめです。
本というものは、安定の根っこと翼を与えるものであると、全体を通して描かれています。
さいごに
子どもたちは、テレビのスイッチの押し方なんかは、教えなくても勝手につけられます。
しかし、本はおとなが仲立ちしなければなりません。
親と子が本を分かちあって、本の世界に入っていくのです。
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