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おもしろいだけでは生きていけない

はろーこんばんわ。

おもしろいことというのは、
世の中に満ち溢れています。

テレビをつければいくらでも
おもしろい番組はやっていますし、
スマートフォンを少し操作すれば
ずっとおもしろくいられるでしょう。

しかし、
実際にわたしたちがずっと
それらを見続けておもしろくなれるかと
言われると、
まったくそうではないでしょう。

むしろ、
見続けていれば危機感を感じます。

なぜなら、
ずっとそうしていても
他者へ価値を示すことには
繋がりえないから。

わたしたちは他者とのつながりが
すべて絶たれることを懸念しています。

何千年、何万年と生きてきた中で
そういった性質を持つ人達が
生き残りやすかったからです。

他者というのは厳しく、
なにかしがの価値がなければ
他人に何かを分け与えはしません。

分け与えるということに価値があり、
そして分け与えられるだけの
余裕がある人を除けばですが。

ただおもしろいことだけを、
やっている人というのは
他者から見てどうでしょうか?

それはいわゆる穀潰しであり
群れに危害をなすとして
排除しようとすらするでしょう。

実際に個人に危害を及ぼしもしない、
むしろ必要なシステムとしての
生活保護にすら
その理屈を当てはめて
排除しようとするのですから。

自身の狭い世界に
影響など与えるはずもないのに、
拡大解釈をして。

ですから、
他者から見て価値のある行動を
わたしたちは取ろうとします。

それはおもしろくないことであり、
許される場所ではやりません。

けれども少なくとも衆人監視下や、
ある基準では行います。

1日中遊んだ次の日は
頑張るみたいな感じに。

おもしろいこと、
やりたいことがそれらとリンクしていれば
とてもたのしいのかもしれませんが、
他の人がやりたいことは、
競争もまた激しい。

故にたいていの人にとって、
おもしろいことはおもしろいだけであり
それらをずっとすることには
忌避感、危機感を覚えてしまいます。

現代では、
それでも生きていけると思うのですが
それでも生きていけなくなると感じるのは
他者との関わりをわたしたちが重視するからでしょう。

それではまた。