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クオリアはいかにして生じるか?

クオリアとは謎なものです。クオリアがなぜ謎かというと、それが一見物理法則によって記述できるようにみえず、この物理世界から完全に宙に浮いた、いわば「なくてもよいもの」のようにみえるからではないでしょうか。実際、「哲学的ゾンビ」とか「ゾンビワールド」のような思考実験が存在するように、クオリアが存在しない世界は一見、問題なく想像できるように思います。

しかし、論理的によくよく考えてみると、まったく真逆の世界像が浮かび上がってくるのです。クオリアは物理世界の存在に不可欠なものだし、物理法則に従って現れ出て、クオリアが存在しない世界は想像不可能、哲学的ゾンビとかゾンビワールドは成立し得ない、という世界像です。
それをこの記事では明らかにしていきたいと思います。

クオリアとは、いかにして生じるのでしょうか?

観測とは何か?

突然ですが、量子論においては波動関数は「観測」によって収束し、状態が確定されるとします。
では、この「観測」とはそもそも一体なにを意味するでしょうか?
それに定説のようなものは今のところないのかもしれませんが、一般的に信じられている理解について、以下では検討したいと思います。

まず、簡単にベル状態の粒子のペアを考えます。ベル状態とは、二つの粒子AとBがお互いに量子もつれ状態になっているような状態です。簡単に、AとBはスピン上向きと下向きの二つの状態のみをもつとします。

図1 ベル状態

このとき、量子もつれの「内側」においては、AとBの状態は上向きか下向き、どちらかに確定します。確定するということは、波動関数が収束した、ということです。これが「観測」の最もシンプルな例です。粒子Bは、粒子Aの状態を「観測」したのです。

ではここに、量子もつれの外側にいる粒子Cを考えましょう。
粒子Cは量子もつれの外側にいるので粒子Cに「とって」は、粒子AとBの状態は確定しません。では、粒子Cが粒子ABの状態を「観測」するためには、何が必要でしょうか?

図2 A-B系とその外にいる粒子C

まず、粒子Cは粒子ABのとり得る状態に応じた複数の状態をもたなければなりません。粒子Cがスピン上向きの状態しかもたないのであれば、観測したからといって何も変わらず、観測したことにならないからです。
そして、粒子Cと粒子ABは相互作用によって情報のやりとりができなければなりません。それができなければ、粒子Cにとって粒子ABの状態はわからないからです。

以上は量子的な状態についての話ですが、これは古典的な状態でも成立すると考えられます。
たとえば観測装置がサーモスイッチのようなもので、とり得る状態がスイッチのオンオフのような古典的な状態だったとしても、適切に装置を組み上げればそれは観測装置として機能します。

まとめると、「観測装置」が成立する要件は、以下になります。

  • 複数の状態を持つこと(ただしそれが量子的状態か古典的状態かは問わない)

  • 相互作用によって情報のやりとりができること

  • 相互作用で受け取った情報に対応して状態を変化させること

このように考えてみると、我々の脳は、知られているかぎり自然界で最も複雑な観測装置である、とも言えるように思えます。脳は無数のニューロンのネットワークによって極めて多様な状態を取り得ますし、またそれに対応した複雑な情報のやりとりを行っています。その複雑さに応じた現象がそこに生じることが期待される気がしてこないでしょうか。

原始クオリア

ここで再び上記のベル状態(+粒子C)に話を戻します。
粒子CがA-B系を観測しない限り、A-B系の状態はその内部においてのみ定まり、粒子Cに「とって」は、その状態は不確定なのでした。
さて、この「とって」とは一体なんなのでしょうか?
それは、客観では記述できない、ということを意味します。A-B系の状態は粒子A、Bに「とって」のみ定まり、一方粒子Cに「とって」は未確定である。
ここに、この「とって」という一種の私秘性を成立させる何かがなくてはならない、という事が分かります。

この場合、それは上向きか下向きか、という二つの状態のうちのどちらかを現す1ビットの情報を意味します。この私秘的な1ビットの情報の事を仮に「原始クオリア」と名づけるなら、ここにクオリアという現象が自然界を成立させるための自然な要請として現れることになります。

図3 原始クオリア

脳という観測装置

ベル状態という最も単純な状態において、1ビットの情報を現す「原始クオリア」なるものが、私秘的な観測を成立させるための自然な要請として現れてきました。
では、より複雑な状況において、この「原始クオリア」はどのように振る舞うと考えられるでしょうか。

例えば、次のような情報のネットワークを考えてみます。各ノードは0と1の二つの状態をとり、それぞれの状態に応じて次の層の状態が定まるようなネットワークです。

図4 情報のネットワークその1

このとき、ネットワーク全体で表現される状態のパターンは3つとなり、「原始クオリア」はパターン3つ分の情報を現す、より複雑なクオリアへと進化すると考えられます。

同様に、次のようなネットワークを考えると、2つの自由度をもつ情報を表現できます。

図5 情報のネットワークその2

このようにしてネットワークを複雑化させていけば、それに応じて、そこに現れるクオリアはより複雑な自由度や状態数をもつものに進化していくはずです。
そのようにして十分複雑化したクオリアこそが、我々のこの脳が生みだしている「この」クオリアである、と自然に考える事ができないでしょうか?
脳という自然界で最も複雑な観測装置からは、それに応じて最も複雑なクオリアが生成される、というわけです。

ゾンビワールド

ここで、別の記事である「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?」から次のアイデアを引用しましょう。それは、

  • 「存在」とはミクロからマクロへの像である

  • 自然界の基底にあるのは「何も定まっていない重ね合わせ状態」であり、その状態自体は上記定義により「存在」ではない

このアイデアに従うなら、我々のこの意識はまさにミクロの神経細胞の発火からマクロのクオリアへの符号化プロセスを通じて自然界の状態を「観測」し、存在たらしめる過程である、ととらえられます。
そのように考えるならば、もしこの世界に意識やクオリアが存在しない場合、ミクロからマクロへの像が成立しないため、自然界にはミクロの基底にある「何も定まっていない重ね合わせ」意外にはなにも存在しない、ということになります。
意識やクオリアが存在しない以外は我々のいる世界となんら違いのない「ゾンビワールド」なるものは、その意味で成立不可能であることが言えると思います。

まとめ

  • 「観測」は複数の状態をもち、かつ相互作用によって情報のやりとりができ、かつそれに応じて状態を変化させる装置によって可能となる。

  • 脳は自然界で最も複雑な観測装置である。

  • 観測を成立させるための要請として、私秘的な情報、すなわちクオリアが生じることが自然に導出される。

  • 脳は自然界で最も複雑なクオリア生成装置である。

  • クオリアがない世界は「ミクロの重ね合わせ状態」以外はなにも存在しない世界である。よってゾンビワールドは不可能である。

おまけ

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