✨引用記事✨ 〜キリスト教成立まとめ〜

キリスト教の成立と伝播

ヘレニズム=ローマ世界における諸宗教、とくにオリエント起源の密儀宗教の伝来は、ヘレニズム文化世界における通用ギリシア語(koine)の普及、ローマ帝国の政治的統一による交通の利便・安全によるところが少なくなく、これらの諸宗教もおのずから民族と階級を超えた世界宗教の性格を備えつつあったが、このような状況の中にキリスト教も登場した。
キリスト教の由来はイスラエル人のヤハウェ一神教にあるが、直接にはバビロニア捕囚より帰還後成立したユダヤ教を母胎とする。ユダヤ教はヘレニズム時代以後、パレスティナのみならず、ヘレニズム=ローマ世界に広く散在したディアスポラ(Diaspora)のユダヤ人の間におこなわれ、異邦人をも改宗させたが、その強い民族的・戒律的性格のため世界宗教となることが妨げられた。しかもユダヤ人は政治的にはシリア王国からの独立も永続せず、前六三年以来ローマの支配をうけ、その搾取を蒙ったので解放を望み、古来約束されたメシア(Messiah 救世主)の来臨を待望する機運が高まった。当時のユダヤ教にはイェルサレム神殿の祭司貴族層のサドカイ派、律法に精通し民衆に対する指導力をもったパリサイ派、ユダヤの荒野や死海の付近で禁欲的な集団生活をいとなみ近年『死海文書』の発見によって注目を惹いているエッセネ派などがあった。このような環境の中に、前四年ごろ生誕したのがイエスで、エッセネ派の考えに近い洗礼者ヨハネより洗礼をうけたのち福音伝道を開始した。かれはイスラエル伝統の神観・倫理観に立ちながらも、ユダヤ教とくにパリサイ派の独善主義・戒律主義を痛烈に批判し、「神の国」の近接と民族の悔改め、民族・階級の差別をこえた神の愛と隣人愛を平易で、力強い言で説き、弱者・病人・貧民をいたわった。しかしかれの民衆の間における名声とユダヤ教批判は、サドカイ派・パリサイ派および律法学者の嫉視と憤激を招き、またかれにユダヤ民族解放者としてのメシアの期待をかけた民衆も、かれの説く「この世のものでない神の国」を理解できず、失望して離れ去った。ついにイエスは捕えられ、ローマ皇帝に反逆を企てる者として総督に訴えられ、イェルサレム郊外で十字架の刑に処せられた(紀元三十年ころ)。しかし一度埋葬されたイエスが復活し、聖霊が降臨したとの信仰が弟子達に新しい力を与え、イエスこそ真のメシア、すなわち主キリスト(Kyrios Christos)であると告白し、これを宣教するにいたり、キリスト教が成立した。
やがてキリスト教はイエスの直弟子のペテロ、さらに厳格なユダヤ教律法学者でキリスト教の熱烈な迫害者より回心したパウロなどの使徒によって熱心に伝道がなされ、ユダヤ教の民族的性格を超克した世界宗教となったので、発生後ほどなくローマ帝国内の各地にひろまり、教会が設立された。そののち司教制・信仰箇条が制定され、『新約聖書』が編集されてユダヤ教より継受した『旧約聖書』とともにキリスト教の経典となった。信者の社会層も当初、下層階級を主としたものが、しだいに中流以上におよんだ。


ーー秀村欣二編『西洋史概説 第四版』(東京大学出版会、1988)


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