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夢日記11

 ここは何処かの介護施設だかグループホームだか、何か人々が集まって暮らしているようなところだろうか。老若男女、色々な人がいるが、高齢者の比率が高い。そして、どちらかというとみすぼらしいなりをした人が多い。
 俺は上下、くたびれた作業服のようなユニフォームを着ている。人々はほとんどが私服だが、その中に俺と同じユニフォームを着ている者がちらほらいる。
 どうやら俺はそこの入居者ではなくて、職員のようだ。事情がよくわからないままうろうろしている。どうも働き始めたばかりらしい。

 広い部屋の真ん中に、大型の冷蔵庫くらいの大きさの謎の機械がある。それのどこかに誤って触れたためか、機械の正面に据え付けられている小さなカップが傾き、溜まった水が少し溢れそうになった。俺はそのカップを慌てて元に戻そうとするが、カップの据え付けが悪く、なかなか安定しない。
 1人のおばさんが、ああ、それガタついているから仕方ないよ、と言う。同じユニフォーム姿であるところをみると彼女は同僚なのだろう。
 カップを何とか安定させて、そろそろと手を離す。
 別室から移動してきた一団が通り過ぎようとする。その中にいた小柄な初老の男が機械の方に近づいてきた。男も職員のユニフォームを着ていた。男は、俺が戻したカップに手を伸ばし、無造作に掴んで再び傾けた。
 水は表面張力で踏ん張り、辛うじて溢れなかった。
 おばさんが言う。
 ナカタさんはああいうことをする人だから。わざとね。しょうがないよ。

 何がしょうがないのか、おばさんが何を言いたかったのかよくわからないまま、俺は隣の広い部屋に行く。小さなテーブルが島のようにいくつかあり、そこの椅子に人々が座っている。男同士、女同士、男と女、老人同士、若者、老いた者と若い者、職員同士…グループは様々だ。喋っている人もいれば、黙ってじっと座っている人もいる。
 その中に、俺はナカタを見つける。4人がけのテーブルに一人で足を組んで座り、ぼんやりした表情で虚空を眺めている。

 ナカタの方へ一直線に向かい、ナカタの顔を真っ直ぐに見下ろす。
 今度,同じことしたら、俺は手が出るから。
 そう言い、俺はナカタを見据える。
 ナカタは微かに笑みを浮かべているような微妙な表情で、怯える様子もなくこちらを見返している。それが俺の怒りを更にかき立てる。
 ああ、手を出したらここに居られなくなるか。だったら…とにかくお前を痛い目に遭わせるから。

 そう言ってから、俺は別の空いているテーブルに座る。
 何となく広げた自分の両手を見て、俺は仰天する。右手の小指と、左手の人差し指、中指が第二関節から無い。
 思わずまじまじと見つめてしまう。
 欠損した箇所は、少し膨らんで丸く、つるりとした硬そうな皮膚に覆われている。
 左手の小指はある。俺はヤクザではなかったらしい。ならばこれは何かの事故で失ったのだろうか。
 どうしても指を失った経緯を思い出せない。

 何度か手を見返したが、やはり指が欠損していることに変わりはない。俺はいったいどういう生き方をしてきたんだろうと思う。

 指が三本失われているということに対する驚きはあっても、葛藤みたいなものはない。現実なのだから受け入れるしかない。そういえばピアノを弾くことが好きだったような気がする。でも、この手では到底無理だとも思う。

 未練がましくまた手を広げる。大きくて薄い。手のひらを見て、裏返して,手の甲を見る。血管がくねくねと浮き上がっている見慣れた自分の手だが、指はやはり欠けたままだ。右手の小指の欠損部の先端を左手で触ってみると、鈍い痛みがあった。


 覚醒した後、久しぶりに見たこの今朝の夢の、あまりの生々しさに少々気分が悪くなった。手を確かめると、指は全部ちゃんとあった。
 いや、あれは夢ではない。何処かでボタンを掛け違えたもう1人の自分の姿だ。
 そう思えるほどリアルだった。
 何処かで生きているもう1人の俺がいる。おそらく孤独で、生活に追われながら職場を転々とし、怒り任せに他人を恫喝して生きている。指が三本欠損した手を抱えて。

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