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2.「眼に見えない星雲の渦巻く虚空と、簪をさした蛇とは、私にとっては、自分の科学の母胎である。」中谷宇吉郎『中谷宇吉郎 雪を作る話(平凡社 2016)』

この本は、東京で私に大いにインスピレーションを与えてくれた、Fさんから頂いた。何十冊もいただいた中に中谷さんの字を見つけたときの驚きと喜びたるや。実はその1ヶ月ほど前に、中谷宇吉郎さんの次女である、中谷芙二子さんのインスタレーションを見に水戸芸術館にいたからだ。

純粋な水霧を用いた環境彫刻、インスタレーション、パフォーマンスなど、これまで世界各地で80を超える霧の作品を発表し、「霧のアーティスト」と呼ばれる中谷。2017年にはロンドンのテート・モダン新館をはじめ各地で7つの霧の新作を手がけるなど、現在もなお精力的に活動を展開し、今年、第30回高松宮殿下記念世界文化賞彫刻部門の受賞が決定した。
 「いま、切実に問われているのは、人間と自然とのあいだの信頼関係ではないかと思う」として、人工物に囲われた都市空間、メディアによる疑似体験など、近代以降の技術発達がつくり出す社会に対して鋭い批評を示す中谷。
本展は、アート&テクノロジー、芸術と科学の融合など、流行語のように広がるこれらの世界を当事者として見つめてきた中谷の思想が込められた作品、ドキュメントを展示。時代の潮流に抵抗してきた軌跡を、当時の時代精神とともに紹介する。

霧の抵抗 中谷芙二子
会期:2018年10月27日〜2019年1月20日
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー
美術手帖より

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人工霧に、人が入り込んだその瞬間、姿が”消え”る。と思うと、霧がはれて、姿が少しずつ元どおりになる。
会場ではその応答を我が子とともに無邪気に繰り返した、が、ふと我に帰り、背筋が寒くなった。まるであの世とこの世みたいだと、ぞっとしたのだ。

今住んでいる町も霧がよく出てきて視界が怪しくなることも相まって、あの場を思い出しながら、発信され続けていた何か暗号のようなものが頭から離れない。

本統の科学というものは、自然に対する純真な驚異の念から出発すべきものである。不思議を解決するばかりが科学ではなく、平凡な世界の中に不思議を感ずることも科学の重要な要素であろう。不思議を解決する方は、指導の方法も考えられるし、現在科学教育として採り上げられているいろいろな案は、結局この方に属するものが多いようである。ところが、不思議を感じさせる方は、なかなかむずかしい。(P195 簪をさした蛇)

中谷宇吉郎さんは、雪の結晶を世界で初めて人工的につくった実験物理学者として知られている。
ただ、父親が「人工雪を初めて作った」から、娘の中谷芙二子さんは「人工霧を初めて作った」、という安直な道のりではないように感じている。

科学とは門外漢の私は、中谷宇吉郎さんがいかにして人工的な雪の結晶を作ったのかについて、いまいち凄さが想像できない。けれど、好奇心なのか、違和感なのかの沼にずぶずぶとはまっていき、一心不乱に沼地のさらに奥へ何かを辿っていくような、そんな工程の感覚はよくわかる。好きなこと、得意なことを突き詰めていくときは、ある種フロー状態になっていて、ものすごく心地がいいものだ。でも、その心地よさが永遠とは続かないことも一方で知っている。

自分の中で湧き出る泉の源泉を持っていれば、何度でも好きなことへ向かっていける。中谷宇吉郎さんは、それを「眼に見えない星雲の渦巻く虚空と、簪をさした蛇とは、私にとっては、自分の科学の母胎である。」と言った。

誰かがこうしたから、誰かが言ったから、周りがこうだから、社会がこうだからと、自分の外側に理由がある場合は、その場ではいいように言えたかもしれないが、一時的な、限定的な効果しか発揮できない。仕事に置き換えても全く同じ道を辿る。それは、とても不幸なことだ。

科学の発達は、原子爆弾や水素爆弾を作る。それで何百万人という無辜(むこ)の人間が殺されるようなことが、もし将来この地球上に起こったと仮定した場合、それは政治の責任で、科学の責任ではないという人もあろう。しかし私は、それは科学の責任だと思う。作らなければ、決して使えないからである。(P157 茶碗の曲線 -茶道精進のある友人に)

この一文は、1951年、中谷宇吉郎さん51歳の時に書かれている。この6年前の1945年8月に広島・長崎に原爆が投下された。爆弾を作る知識や技術を持ち得ていたかもしれない彼の物理学者は、どんな胸中でこの一文を書き切ったのだろう。

「飛行機は戦争や経済の道具ではないのだ。それ自体が夢の結晶だ。美しくあらねばならん。」(カプローニ氏)
「ハイ」(堀越二郎)
(宮崎駿『風立ちぬ 宮崎 駿の妄想カムバック(大日本絵画 2015)』P5 カプローニ氏と堀越二郎の会話の一コマより)

もう1人、思い浮かぶ人がいる。零戦を作った、三菱重工の技術者だった堀越二郎さん。ジブリ映画『風立ちぬ』でも描かれた、純真な飛行機への憧れと、美しい弧を求めた堀越さんの内なる声はどこにあっただろう。零戦を設計したのは軍からの要求だったと、言葉を使うのか。それとも。

もちろん同じ括りにするつもりもないが、同世代を生きた物理学者と飛行機の設計者の胸中は、察するに余りある。

ケアの現場にいる人たち、そして私は今、ともに中谷宇吉郎さん、堀越二郎さんと同じ時代を生きた方達と日常を過ごすとてつもない状況にもいるわけだ。症状や状態だけでその人の歴史を知ったつもりになってはいけない。毎年8月は自分への戒めの月でもある。

そう言えば、私の町のスキー場は人口雪のスキー場らしい。ここにも、平凡な世界の中に人工雪の不思議を感じながら、雪あそびに興じているヒトが大勢いるわけだ。


人工の霧の中にいたとき、背筋が寒くなったと書いた。でも体験には続きがある。あの世ともこの世とも取れる人工の霧の中に行けば、亡くなった両親とハイタッチすることができて、また霧の外へ出られたらいいなあなんて呑気に考えた。本当に呑気だ。そうやって幸せな光景が自分でちゃんと想像できているような、心持ちでありたいなと思う。


これは2020年夏から秋ごろまでの、本にまつわる記録です。本来ならば、何冊と決めて記録したいと思っていたけれど、思いの外私は本をよく読んでいて、そしてその本を読む行為が、ここ数年は不本意ながらすっかり止まってしまっていた。きちんと取り戻すかのように、この記録を書いています。

本。読むのも好き、そしてとうとう共著として2019年6月に、守本くん、西さんと『ケアとまちづくり、ときどきアート(中外医学社 2019)』を発表。8月現在、重版も決まりましたと、出版社の方からご連絡をいただいた。
書き手がワクワクして書いたもの。読み手の方たちにも、ケアのこれからのワクワクを、伝えられますように。


藤岡聡子
株式会社ReDo 代表取締役/福祉環境設計士
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