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米国在住の日本人が「少し人生の自由時間を増やす」ためのメモ 2

第一章: 自由を得るために実際に行動をはじめる


はじめに

前回の長いイントロで、60~65歳より前にアメリカでフルタイムの仕事を辞め、早期セミリタイアをし、本業以外の自分の興味や情熱を持てるプロジェクト中心に生活を送る際の様々な問題は、多くが経済的に解決可能だと述べました。もちろん経済的問題は重要ですが全てではないため、これらの解決だけで早期セミリタイアに関わる諸問題すべてが片付くわけではありませんが、本稿は経済的・実務的な面に焦点を絞っていますので、まずそれらが解決可能かを考えます。ここからは実際には何から始めたらよいのか?という事で、まず最も大事なこと、すなわち現状分析から始めてみます。これは早期セミリタイアという部分からも独立したトピックとも言えますし、パーソナルファイナンスの基本中の基本ですので、そんなこともうやってる、と思う方も多いかもしれません。しかしここを今一度厳密にやり自動化することにより、プランの実行可能性の有無に留まらず、思わぬ発見(実はもう経済的自由を達成していた!とか)があったり、今後の指針や新たなゴール設定にも繋がりますので、時間を投資する価値は必ずあると思います。

私は一プログラマでありFPではありませんから、以下の文書には素人臭い点も多々あると思いますが、素人だから・当事者だからこそ感じた点も含んでいます。それを似たような境遇の方々と共有するのが本稿の目的です。

(なお本稿は、もともとイントロと同じセクションで書いていたものですが、あまりにも長くなったので分割しました。"Done is better than perfect"の精神で、ひとまず書いたところまで公開しておきます。)

注意

以下に個人の経済活動や税、投資に関連する内容もありますが、私は完全に経済や税回りの法律の素人であり何の資格もないため、それらに関してはあくまで参考程度でお願いします。できる限り書籍や信頼できる公的サイト、あるいは専門家との対話などからの情報をもとにしていますが、内容の正確性について私は一切の責任は持ちません。実際に決断を下す時には必ず税や法律の専門家、あるいはfee-onlyのFPと話すことを強くお勧めします。

自分の立ち位置を知る

定年制度がないアメリカでも、事実上の引退開始推奨年齢となってしまっている59歳半より早い時期の早期セミリタイアを阻む大きな要因が経済的なものならば、まずは自分の経済的な立ち位置を理解しなくては何も始まりません。それがわからないままリタイア後の世界一周旅行の計画を立てたりするのは、中身の分からないバックパック一つで冒険に出かけるようなものです。出発前にバックパックの中身を確認せずに長いトレイルを歩こうとする人はいないように、まず手持ちの道具は何かを正確に把握しなければ人生の長期計画など不可能です。現状把握をすることにより、(セミ)リタイアプランははたして現実的なのか?あるいは非現実的なプランなのか?あるいは幸運にもすでに完全リタイアしても問題ない経済的自由を手に入れているのかを初めて知ることができます。この「経済的な立ち位置」とはシンプルに純資産額と収入・支出のことです。誤解のないように書いておきますが、「立ち位置」といっても他人と比べる必要は一切なく、あくまで自分のゴールまでの距離を図るための立ち位置です。「$1M超えたので俺も日本に行けばプチ富裕層だな」とかいう空しいことを考えても時間の無駄です。ゴールに到達するのに$500kで問題ない人もいれば、$10Mで足りない人もいるのが現実です。ですからお金はゴールに向かうための道具と割り切ってドライに付き合うのが大切だと思っています。この考えをもとに私の文章は書かれていますので、お金を増やすことそのものが趣味の人にとってはつまらない内容になってしまっていますが、そこはご勘弁を。以下に述べられている作業については私が書くまでもなく、どんなパーソナルファイナンスの本にも必ず書いてあることなので詳しく知りたい方はそういった本を読まれるのがより深い理解につながると思いますが、ここでは米国での早期セミリタイアというやや特殊な事情を念頭に置いて分析したい場合に鍵となる点、そして私が実際の経験を通じて気づいた在米邦人特有の問題も見ていきます。

また、今後説明する一連の作業を行った結果が「セミリタイアはさすがに無理だな…」という事だったとしても、それをもとに新たなプランを設定することが可能だと思いますので、今回の内容は一定の汎用性を持つと思います。

Net Worth (純資産)

「あなたのNet Worthは?」とFPなどに聞かれて、自信をもってぱっと「今日はおよそnドルです」と答えられますか?もしそうなら以下のセクションはスキップして問題ないと思います。でも、もしそうでないなら以下の作業は真っ先にやるべきことです。これは非常に簡単な概念で、ただ単に総資産から借金を引いただけの額です。例えばあなたが$1Mの自宅を持ち、$0.5M借り入れをしていて$1Mの金融資産が証券口座にあるならnet worthは$1.5Mです。たったこれだけの事ですが、これすら正確に把握できていない人も実際います。この情報なしに専門家に相談してもファイナンシャルプランニングができません。つまり(セミ)リタイア計画以前の問題という事です。自分に関する情報量が多ければ多いだけより的確なアドバイスを専門家から引き出すことも可能になるので、あらゆる人にとって必要な作業です。もしあなたが自分の(パートナーがいる人は二人でやるのが望ましい)net worthを把握できていないのであれば、これは早期引退しようが一生働くつもりだろうが人生のどこかの時点で必ず役立つ情報なので、今すぐやるべきです。

しかし一方で、こういった情報を把握できていない人の気持ちもわかります。状況によってはこれをある程度の精度をもって把握するのはとても面倒だからです。特に海外在住の日本人にとっては… 通常は年齢とともに今まで持っていた銀行口座の数や購入した保険などの金融商品、かつての勤務先の401k口座、所有するクレジットカードの数などが都度整理していないとどんどん増えると思いますし、在米邦人の場合は、人によってはまだ日本にいくらかの資産を持っているというケースすらあるでしょう。この場合は為替レートも計算に関わります(余談ですが、日本にある程度のお金が入った銀行口座を持っていてFBARという言葉に聞き覚えが無ければ恐らくあなたは極めて高い確率でマズい立場にいるのですぐに米国の税の専門家に相談しましょう)。また、日本で実家を空き家として相続したりすることがあれば、その市場価格を知るのは米国に比べてはるかに困難です。路線価という不思議な制度はありますが、そこから正確に市場価格を算出できない物件も地方には多々あります。米国のようにZillowやRedfinで検索して一発で価値がわかる、とは程遠い手続きが必要ですから。最悪のケースだと、一定の価値があると思っていた空き家が実はゼロでも引き取ってもらえなかったりしますし… こう言った理由でやる気が起きない場合でも、わかる範囲で出来るだけ網羅的にやれば、それだけでもやらないよりははるかにマシです。基本的に一回「棚卸」としてこの面倒な作業をやってしまえば、たとえ定期的にマニュアルで入力しなければいけない項目があったとしても、専用のアプリケーションを使えばそこまで管理は難しくありません。日々のnet worthの変動をいつでも見ることができるようになることは、自分がどれくらいのリスクを取っているかを肌で感じることができるので、リタイア云々関係なくこの作業は有益なものになるはずです。

情報の欠如=効率の低下

では正確にnet worthや支出を把握できていないことによる実害はあるのでしょうか?人生のゴールは人によって全く異なりますが、生物学的な運命はみな同じです。つまり誕生から概ね100年以内の確実な死です。したがって個人として必要なお金の総量は、想定される一年あたりの支出と死までの残り時間によって規定されます。しかし人間は感情に振り回される生き物であるうえに、寿命の上限は想定できても終わりがいつ来るかは確率の問題で、これらを正確に予想することは原理的に不可能です。ですから金銭的なバッファは必ず必要なのですが、そのバッファの大きさを決めるファクターは極めて感情的・心理的なものです。「10億円あったら引退するのにな…」と漠然と言う人を見かけたことはありませんか?あの事です。2024年時点の10億円の購買力を考慮に入れれば、よっぽど地位財が好きな人以外は、適切な金融リテラシーがあればかなりの余裕をもって日本でも米国でも暮らせるでしょう。

それでもつい「10億円」と言ってしまうのは、本能的に皆10億円から自分が使いそうな金額を引いた時の金銭的バッファが十分すぎると知っているからです。この本能に逆らおうとするのがこういったnet worthを把握したり生活費を推定しようとするファイナンシャルプランニングです。未知への不安という人間の根源的な恐怖に対し、理性でそういった感情を抑え込む試みとも言えます本当に必要なお金の総量へバッファとして追加する金額を最小化する試みとも言い換えられるかもしれません(金銭的バッファの追加には、ほとんどの場合「時間」という別の有限なリソースを消費する必要があるため)。それを行うのにはできる限り正確なprojectionの起点になる数字が必要です。その一つがnet worthです。ですからその情報の不足は、時間とお金を効率的に使う障害となります。

(ここまで書いて気付いたのですが、「10億円」は2024年1月現在で$6.8Mくらいですね。なんとなく$10Mより少し少ないくらいというイメージが頭に浮かんでしまうので、こういう危険な思い込みを潰すためにも具体的な数字でトレースするのは重要です)

以前、Audibleのクレジットが余っていたのでこの本のオーディオブックをながら聞きしてみました。正直な感想を言えば、同意できる部分と同意できない部分がありちょっと微妙なのですが、端的に言えば「(お金が尽きるという)恐怖の感情に支配され、特定の人に遺す気もない、自分で使う気もないのにお金のために働くのは、時間という貴重な資源の無駄遣いだ。死ぬときに一番金持ちであるという状態を避けよう」というテーマの本です。

この著者はとんでもないお金持ちなので、それを知った上だと「まあ、そこまで資産を積めばそうでしょうね…」という何とも微妙な感想を持つ部分もあるのですが、私がnet worthの把握が重要だと強調する理由も、著者の論に近いものがあります。つまり、思っていたよりも手持ちの駒が多かった場合、それを知らずに少ない額でプランニングすると時間という有限のリソースが無為に消費され、逆に少ないのに多いと勘違いして動けば経済的に破綻するという、情報を把握しないことによって引き起こされる結果が、回復不可能かつ甚大だからです。ありがちな例を挙げれば、パートナーとの情報共有が不十分で、実は思ったよりもhouseholdとしてはnet worthが多い・少ないといったケースがあります。「把握してたより多かった場合は別に害はないんじゃない?」と思われるかもしれませんが、もし早期退職がゴールの一つならば、もっと早く退職して別のプロジェクトに取り掛かれたのにできなかった、という時間を失います。

「立ち位置を知る」以上の意味

Net worthを把握することの意味は、自分の手持ちの金額を把握するだけにとどまりません。詳細は別の機会に書きますが、労働所得というフロー中心から、自分のそれまで築いた資産というストックに徐々に頼る生活へ人生のフェーズを移行するときには、今後想定される各種トラブルに備えることは重要です。予測は期間が長ければ長いほど外れやすいという根本的な問題がありますので、普通の人より長い(セミ)リタイアを目指すなら、最初のprojectionから大きく外れるようなイベントにはあらかじめ対処しておきたいところです。二人ともW-2をもらっている生活からそれが両方とも無くなる生活に移れば、家計全体の脆弱性はやはり上がりますので。そこには突発的な自分・パートナーの死などのイベントに対処する行為であるエステートプランニングも含まれます。

これも非常に専門的な分野なのでまた別の機会にエステートプランニングの専門家と何を話せばいいのか触れたいと思いますが、相続は、所有権の移転が発生するイベントをその所有者がいない状態で行うのですから、その時に自分/パートナーが一体何を、どれくらい、どこに所有しているのかという情報がなければ何も進みませんし、そういった情報なしに自分が死ねばパートナーがいる場合は死後多大な迷惑が掛かります。net worthの把握のプロセスはある意味エステートプランニングの一部でもあるので、net worthを正確に把握することにより改めて弁護士といっしょにTrustを設立する場合などの助けになります。

ところであなたは遺言やトラストは持っていますか?日本の感覚が抜けていないと「なんで30代や40代で遺言なんて書くんだよ?」と思うでしょうが、それは割とまずい現状認識です。日本とは異なり、遺産の引き継ぎ方は多岐にわたり、被相続人の生前の所有形態によっては遺言がなくても自動的に夫婦間で引き継がれる資産がある一方、日本のように法定相続人で話し合って遺産分割協議で遺産を分ける、といったことができないケースもあります。資産の所有形態によっては恐ろしく厄介な問題(プロベート)に引きずり込まれる可能性があります。すべての資産がそうなるとは限りませんし、州ごとに法律も異なるので一般論は書けませんが、大変専門的なトピックで私の知識で対処できる範囲を大きく超えるので、必ず専門家の力を借りる必要があるのですが、こういった複雑な問題に対処するための前段階としてもこの作業は必須なのです。

また、大きなアクシデントというと自分・パートナーの死を想像する人が多いでしょうが、病気などによる意思表示する能力の喪失(高齢なら認知症、中年期なら脳血管疾患など)もそれなりの確率で起きるイベントです。

死に対処する場合は、最も容易な方法であるbeneficiaryの指定で、死後の資産の引き継ぎ自体は可能なケースも多いのですが、一方が病気などで判断能力を失ったようなケースは対処できないという事も覚えておいて損はないでしょう。互いの資産が等分に近いようなカップルだとそこまで問題はないかもしれませんが、長期にわたって一方の資金へのアクセスが断たれるような状況になるとまずい場合は、所有形態の検討なども必要でしょう。これも忘れがちですが、多くの人が投資のメイン口座として使っているIRAや401kは個人の所有物で、パートナーと共有することはできません。ですからいきなりそこからパートナーの医療費を引き出すといったことはできず、法的な手続きが必要になります。したがって、何らかのアクシデントで長い自由時間を楽しむという計画が破綻しないように、資産の額といった基本情報の把握を超えて、パートナーがいる場合は所有形態やアクシデントが発生した時の互いの資金のアクセスについても確認が必要です。

以上は手持ちの資産と所有形態の確認、という比較的シンプルな作業なのですが、これは非常に大きな価値を持ちますので、まだの方はぜひ以下も参考にしてみてください。ちなみに私は推奨される時期より若干遅れて40代後半に遺言やリビングトラストの設立などを行いましたが、30代でも早すぎることはないので、一定以上の複雑性をもつポートフォリオをお持ちの方はご検討されてはどうでしょう。

実際の作業

では実際の作業に移ります。良くも悪くも、米国はとてつもない数の金融商品や現物資産に個人でも簡単に投資できる金融大国の側面を持ちます。この文章を読んでいる人なら以下に該当する人もそれなりの数いるはずなので、そうなると投資できるアセットクラスはさらに広がります。

先に触れました通り、私が投資の技術についての何か有益なアドバイスは一切できませんので、そういう金融商品へのアクセスの容易さ、あるいは商品の良し悪しについて判断することはしませんが、事実としてそうなっているので、人によってはかなりの口座数になっているケースもあるのではないでしょうか。「銀行口座一つ、証券口座一つ、自宅。以上」というのが個人的には最終的な理想なのですが、現状ではなかなかそういうわけにもいかず、私もこの数十年の間に構築した、それなりに散らかったポートフォリオを持っています。ポートフォリオという場合は口座という「入れ物」の中に何が入っているかと言う「中身」も含むので、中身以前の段階としてアクティブなアカウントを全て把握するのが第一歩です。

リストに含むべき口座・資産

あげていけばキリがないのですが、一般的に皆が持っているであろう口座と、誰でも米国で買えるアセットは以下のようなものになるのではないでしょうか(パートナーのものも含む。Joint/Trust/community propertyといった所有形態の確認も):

  • ペーパーアセット 

    • 銀行口座

    • 証券口座

      • 課税口座

      • Traditional / Roth IRA

      • 今までの職場のすべての401k口座(自分でまとめてrolloverし、閉鎖していなければ)

      • クラウドファンディング口座など(不動産のシンジケート型投資などを含む)

    • 資産性のある保険

      • Annuity、特に収入化していないMYGAなど

      • 生命保険

    • 暗号資産

      • カストディアンの口座

      • コールドウォレット

  • 現物資産

    • 不動産

      • 自宅

      • 投資物件

    • 金、美術品、時計、宝石、ワインなどの換金性のある品

    • 車 (KBBなどを使ってfair market valueで記録)

    • 船・小型飛行機などの車以外の乗り物があればその概算価値

  • ペンション(企業年金)があればその総額(Lump Sumを選択できる場合の額)

  • 負債

    • 住宅ローン

    • クレジットカード残高(あれば今すぐ全額返済しましょう)

  • 日本の資産

    • 銀行口座

    • 証券口座

    • 不動産(投資物件や相続した実家など)

(上記に含まれない非公開株式などの特殊なものは専門家に相談した方がよいと思います。また複雑な所有形態、法人や財団、irrevocable trustといった大掛かりな仕組みを使った資産マネジメントも私にはさっぱりわからない世界なので、富裕層向けの専門家に相談されるのがよいと思います。)

これらの中には、本質的に正確な価格を推計するのが難しいもの(美術品や趣味のコレクションなど)もありますから、ある程度の誤差が出るのは仕方がないです。ただしnet worthに大きく影響を与えるような、明らかに高額であろうと思う現物資産は専門家に鑑定してもらうことも必要でしょう。幸い、米国不動産に関しては、特殊な物件を除いてそれなりの確度を持ったmarket priceをZillowなどで確認できるため、それで十分だと思います。また、Zillowはファイナンシャルプランニングツールなどを手掛ける他社向けにAPIを公開しているらしく、自宅の価値を自動追跡してくれるツールもあります(後述)。手間のかかるものは後回しでもよいので、最低限、簡単かつ正確に値動きがトレースできるもの(現金、株式、投信、ETF、暗号資産、自宅不動産など)は確実に把握できるようにしておきます。これらの情報を毎日手動で各社のサイトにログインしながら紙とペンで管理することも可能ですが、個人的には無駄な労力だと思うのでお薦めしません。最低でもスプレッドシート、もしくはプログラマなら、APIアクセスを許可している金融機関もあるので、自前のスクリプトで自前データベースを操作するなどの方法がありますが、個人的にはここで凝った管理をしても仕方がないと思うので、広く使われているポートフォリオ管理ソフトウェアを使うと楽です(後述)。

日本人特有の問題

もう日本とは人的・経済的に完全に縁が切れていますか?そして自分・パートナーともに渡米後10年以上経過していますか?もしそうならこのセクションはスキップして問題ありません。

一方、日本にわずかでもお金を残してきた、もしくは相続した資産がある場合は、それが在米邦人特有のやっかいな問題になりえます。もう完全に日本の自分の口座は処分したという人でも、相続により突然価値不明の不動産と現金を引き継ぐことになった、なんてことも50前後にもなれば発生する可能性があります。そうなればそれも追跡すべき対象になります。これらの資産はnet worthの把握の困難さという問題に限りません。代表的なものは以下の通りです:

  • 海外資産報告義務 (FBAR / FATCAなど)

  • US Personによる日本国内での投資の難しさ (PFICの問題)

  • 不動産市場の不透明さ (情報の非対称性と公開データベースの欠如)

  • 米国のアプリケーションとの連携の難しさ

米国に生活の基盤があり(=US Personである)、なおかつ日本に何らかの資産があることは、明確に自分が意図を持って自主的にそういう投資を日本で行っているのならばいいのですが、そうでない場合はただ余計な(税務関係の)書類仕事が増える上に、非現実的な量の税務申告が発生するため個別株式を除く有価証券への投資が難しく、米国の一般向けポートフォリオ管理アプリケーションにアカウントを接続できないのでリアルタイムでのnet worthの簡単なトレースも難しくなるという様々な問題が発生します。米国政府は、US Personが自分たちの監視が弱まる地域で投資活動などを行うのを非常に嫌い(課税逃れやマネーロンダリングを危惧している)、パラノイア的とも言える法体系と追跡システムを構築しているので、大富豪でもない一般人の我々には、海外資産を持つことは手間がかかるだけでメリットが極めて小さいです。一定量のJPYを持ちたいだけなら米国のFXアカウントでできますし、日本株もインデックスならば米国の仕組みの中で簡単に投資できます(*)。端的に言ってしまえば、我々一般人にとって意図しないオフショアの資産は正確なnet worthを把握する際の敵でありコストの一つ、と言い換えることもできます。

(*) それでも日本の株なども少し持ちたい場合
日本に口座を持たずに日本へいくらか投資したいと思う人は、日本の個別株取引がとても好きな人はともかく、指数だけ買いたい場合はMSCI Japan Indexに連動するようなETFが米国市場で簡単に買えますのでそれで十分だと思います。

私もマクロ要因で明らかに投資しないと機会を逃す(例えば昔、前日銀総裁による金融緩和が大々的に始まった時点など)場合は日本にも投資しますが、それも基本的に米国市場に上場されているETFを通じてです。また米国在住者が日本でETFを購入すると大変厄介なことになりますのでお勧めしません(そもそも口座を開設させてくれないはず)。なお、為替ヘッジ付きのものやほかの指数に連動するものもありますが、あくまで自己責任でお願いします。

では日本の資産はどうする?

ここからは私見になりますが、もし意図せず相続などで手に入れた不動産などが日本にある場合は、都心なら資産、地方なら負債として機能するので、いずれにせよ投資効率の良いものに組み替える、損切をするといった行動を早急にすべきだと思います。私の身内でも、実家を売却するという行為に抵抗があり、朽ちるまで放置してより負担が大きくなった、というケースを見ています。個人の価値観にもよるので一概には言えませんが、米国に住んでいても日本との人的な縁を維持するのはとても良いことだと思っていますが、意図せず資産を日本に置くのはメリットよりデメリットの方がはるかに多いと感じています。日本へ旅行するときのための現金確保に50万円程度を銀行口座に置いておくというのなら良いですが、額が大きくなると米国への報告義務も発生しますし。税制も二国のものを追跡する必要があって、正確に資産をトレースするには障害になります。固定資産税や専門家への相談料も当然コストとなってのしかかってきます。これらをすべて考慮に入れてもあえて日本で資産を置いておく必要がある場合は仕方がないですが、これらのコストを正当化できるかは一考の価値があると思います。

Net Worthは動的なもの

これも本稿を読まれている方には釈迦に説法だと思いますが、net worthは動的なものです。平家物語の冒頭のフレーズではないですが、資産は放置しておいても価値は変わらないという妄想に逃げ込むのは不健全だと信じますので、素直にあきらめてその動的な性質を受け入れ、以下のような道具を使って動きを可視化し、それに慣れるしかありません。慣れればその変動幅を一定程度まではコントロールできますが、それをするにもこの可視化の作業を欠かすことは出来ません。また不動産価格データとローンも接続すれば、普段あまり意識しない自宅のequityなどもトレースできますので、税や住み替えの事を考えたりと、様々な重大な決定を下す際の手掛かりになります。

また初めてこのリストを作る作業は、ある意味人生の棚卸的な意味合いもあります。そう頻繁にやる事でもないので、ついでに明らかに使わないだろうクレジットカード(注)や銀行口座などはこの機会に閉じてしまえば今後の管理が少し楽になります。

(注: クレジットカードのアカウントを閉じると「借金のできるアカウントの平均開設期間」というクレジットスコアを計算するときのパラメータが下がり、全体のスコアも高確率で下がりますので、車や不動産をローンで買う直前は控えるべきです。スコア回復に少し時間がかかります)

ポートフォリオ管理のための道具

本稿は各種ツールのテクニカルな詳細を伝えるのが目的ではないので、ここでたくさんのアプリのレビューを列挙することはしませんが、私も使ったことのある・使っている代表的なものをいくつか紹介したいと思います。ほかにも様々なツールがあるので、下のリンクにあるようなレビューを参考に自分に合ったものを選べば問題ないと思います。

https://money.usnews.com/money/retirement/401ks/articles/best-retirement-planning-tools-and-software

ソフトウェアのタイプ

ポートフォリオ、支出、収入を管理するソフトウェアには大きく四つのカテゴリに分かれます。

  • ポートフォリオ管理に特化したもの

  • リタイアメントプランニングに主眼を置いたもの

  • 家計簿的なもの

  • 長期シミュレーションに特化したもの

家計簿的なものはMint (まもなく別サービスへ統合されるようです)が代表的ですが、それらは支出入のトラッキングに主眼を置いています。

これに対し、長期プランニングにはどちらかと言えばポートフォリオの統合と可視化の機能が重要なので、ポートフォリオ管理ソフトウェアかリタイアメントプランニングのアプリから選ぶことになります。また、最近米国の大手証券会社は顧客サービスとして、外部アカウント連携機能を含む簡易的なポートフォリオ管理機能やリタイアメントプランニング機能を提供しています。例えばFidelityは以下のようなアプリを無料で使えます。これで十分だと思えばその方がシンプルでよいでしょう。

また、一部のポートフォリオ管理ソフトウェアは3rd partyアプリからのアクセスにはトークンの取得を手動で顧客にやらせるなどユーザーフレンドリーとは言えないところもありますが、大手のみならほぼパスワードと2FAで正しいものを入力すれば自動連係できます。またそういったアプリの中には、それらの統合の手間を最小化しようと、下記のような共通のサービスを採用しているところもあります。これに対応しているところは概ねうまく連携できる印象です。

星の数ほどある金融系の会社のシステムを統一的なAPI無しに統合するのですから、うまくいかないこともしばしば起きますが、そこはまあ仕方がないです。

以下私が使っているソフトです。

Empower (旧Personal Capital)

恐らくもっとも広く使われている(いた?)ポートフォリオ管理のソフトウェアです。無料アカウントであっても、各種外部口座の接続機能、Zillowへの接続、ポートフォリオの内容の可視化、支出監理、簡単なリタイアメントプランニング、手数料分析など、資産管理に必要な機能が一通りそろっています。また下のように手動で金融商品以外のものも追加できるため、手間さえかければ事実上すべてのものを扱えます。ファンドの中身を考慮に入れてポートフォリオをツリーマップ化してくれたり、手持ちのファンドのexpense ratioを確認してどれくらいfeeを払っているのかなどを教えてくれたり、ある株式が急騰したときに一つの株のポートフォリオ中の割合が大きくなりすぎると、同一のリスクで別の方法があるのに一銘柄へのexposureが高すぎることを警告してくれたりといった機能もあります。かなり便利です。

手間はかかるが、マニュアル入力ならばほぼ何でも登録できる

…が、その代償として鬼のような有料版への勧誘のセールス電話の嵐が襲ってきます。申し訳ないと思いながら、そっとその番号を着信拒否にしました。

そしてもう一つの問題は、個別株式を持っている人にとっての不具合です。どうやら個別株式のsplitを時系列データ中で正確にトレースできないらしく、ある時だけとってもお金持ちになったりします(=株式分割の比率が大きいと、一瞬(分割前価格)*(スプリットされた株式数)となり、そこだけ何百万ドルにもなったりする)。これはなかなか致命的なバグで、そのスパイクが消えないと正確な長期の時系列チャートが見られないので困ってしまうのですが、どなたか解決方法知っていますか?

PORTFOLIO VISUALIZER

https://www.portfoliovisualizer.com/

これはどちらかというと資産の寿命を判定するときに使うモンテカルロ・シミュレーションを行ったりする場合に重宝するツールなのですが、簡易的なポートフォリオ管理機能もあります。個人的にはこちらは分析ツールと割り切って使うのをお勧めします。

NewRetirement

私がここしばらく有料版を利用しているものです。基本的にはリタイアメント・プランニング用のソフトウェアなのですが、さすが専用ソフトだけあって、全てが長期のリタイアメント計画を立てることに最適化されていますが、アカウント連携に関してはEmpowerの方が優れているかもしれません。こちらは統合したアカウントを用いて、それぞれ異なる初期値を用いた各種(セミ)リタイアメントのシミュレーションを走らせたりといった機能が充実しています。このツールはある意味プロのFPが使う分析ツールのコンシューマー版、もしくは簡易版といったイメージですから(リタイアメント計画のDIY用ツールという売り込み方を実際にしていますので)。無料版もあるので、使ってみて気に入れば有料版にすればよいと思います。ここは仕方がないのですが、あくまでアメリカ人向けに作ってあるので、もし日本に引っ越す予定などあれば、その部分のシミュレーションはある程度の曖昧さを受け入れるか、自分で別途計算するしかないです。

この手のソフトウェアも皆好みがあると思うので、one-size-fits-allなものはないのですが、まずは無料のものを試して自分に合ったツールを探せばよいと思います。

すべてはパーセントで動く

以上の作業の結果、ある程度リアルタイムでnet worthを追跡できるようになれば、(良い)副作用として、投資を行う全ての人、すなわちこの記事を読んでいる全員にとって最も重要な肌感覚を得ることができます。それは「全てはパーセントで動く」という事です。投資歴が長い人は「そんなの当り前だろ?」と思われるかもしれませんが、本業で稼ぐ力がとても大きい人でさえも、時々金額(絶対値)ベースで物事を考える癖がついています。私もかつてFPの話を人生で初めて聞いた時、「複利で行けば、ちょっと悲観的な見積もりでもx年後はこれくらいになるだろう」という話をチャートとともに見せられた時、直感的に「そんな上手くはいかないだろう」と思っていましたが、結果的には暴落を何回も経験してもなおそれ以上に上手く行きました。過去は過去でしかない、過去の20年は特殊な時期だった、という前置きをしたとしても、なぜその時そんな上手い話はないだろう、とすぐ考えたのかと言えば、私が特段ペシミストであるというわけでもなく「すべてはパーセントで動く」という事が体感として理解できなかったからからではないかと思います。「今日は5,000ドル損した」と思うか、「netの1%以下なのでまあいいか。誤差だな」とすぐ思えるようになるかは、長期では大きな差になります。投資は知識で戦う勝負であると同時に、愚行をしようと囁く自分の内なる声を無視する胆力の戦いでもあります。「またそんな大げさな、そもそもインデックスファンドしか買ってないし」と思われる方もいるでしょうが、それでさえ暴落時に売ってしまう人は実際にいるのです!頭では「これは世界の終わりではない」と分かっているにもかかわらず、震える手で「まあ今売って底が来たらまた買えばいいか」と"Sell"と書かれたボタンをクリックする、という絶対に我々素人がやってはいけないことをやってしまうのが人間です(繰り返しますがインデックスファンドの事です。個別は投機なのでお好きにどうぞ)。そういう非合理的な感情をマヒさせるには、ソフトウェアの力を借りて「俯瞰図で見てパーセントで考える」癖をつけるのが大事だと思います。いずれ皆リタイアしますが、その時はもう愚行をしている暇はないのです。リカバリーができませんから。今からこういうツールも使って慣れましょう。

上記のような作業を通じて日々動く可視化された自分のnet worthを時々見ていれば、0.1%の重さと軽さを両方把握できるようになるはずです。住宅ローンやMYGA金利を固定するときの0.1%の重み、毎日のnet worthの0.1%という軽微な動きを両方ともに感じられるようになったらしめたものです。おそらくそれは様々な決断の場面で一生自分を助けてくれるでしょう(はい。とても非科学的でオカルトじみたことを書いているという事は自分でもわかります。しかしそれが金融や投資という何ともつかみどころのないあやふやなものの本質でもあり、理系の教育を受けた人々がイライラしたり嫌悪感を持つ原因でもあり、人間が感情の動物である理由であり、科学者という極めて高度な分析力を持った人々でさえ市場では失敗する所以でもあるので…)

手持ちの駒を吟味する

ここまでの作業で、全ての口座やアセットをリストアップしてポートフォリオ管理ソフトウェア上に統合したら「手元にあったおもちゃを一つの箱に流し込んだ」状態です。この次にやるべきことは、その箱の中身の吟味です。

(第三回に続く)

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