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【サーフィン小説】ビジタリズム|第6話

<5ラウンド目 マエノリは犯罪です

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6ラウンド目 ローカルたる所以

(け、警察官……?ヤクザの間違いじゃないのか?)

話の流れから予想はしていたものの、オッキーと呼ばれるこの凶暴そうな男の口から実際にその事実を聞いた瞬間、この上なく強烈な違和感が力丸を襲った。

「なんだよ、その目は。オレが警官なのが気に食わねえみてえだな」

難癖を付ける言葉とは裏腹に、男は少し嬉しそうに見えた。

「い、いえ、別にそういうつもりじゃ……」

(気に食わないっていうか、それを高らかに宣言する意味がわからないんだけど……)

仮に警察官というのが本当だとしても、このオッキーという男は、巡査というより、いわゆる「マル暴」にしか見えないのだが、もちろん、そんなことは口が裂けても言えない。

「なんだてめえ、マル暴にしか見えねえとか思ってんじゃねえぞ」

オッキーは、そうすればするほど、ますますソレにしか見えないという、絶妙に座った目つきで力丸を睨みつけた。

「い、いや、滅相もございません……!」

(自覚あるのかよ〜)

このオッキーといい、ユーチューブで見たサーファーといい、ナミノリと呼ばれた少女といい、万里浜には理不尽なほど粗暴なローカルしか生息していないのだろうか?

和虎はここに来る前、ローカルがキツいという噂を必要以上に鵜呑みにするなと言ったが、力丸が今置かれているこの状況はどうだ。“キツい”などという生易しい表現ではむしろ物足りないローカルサーファーと対峙することを余儀なくされている——そ、そう言えば、和虎はどこに行った?

力丸はオッキーの肩越しにラインナップを見渡したが、和虎の姿は見えなかった。おそらく、力丸が乗った(前野りした)セットの裏の波に乗って行ったのかもしれない。

(カズ、頼むよ〜)

力丸は助けを乞うようにインサイドに視線を向けた。

その時、しばらく鬱陶しそうな表情で成り行きを見守っていた少女が、口を開いた。

「ホントにもういいって。時間もったいない」

「そうはいかねえんだって。このニイちゃんには、今やった前乗りがどんだけ危険だったかっていうことを、体で覚えてもらうからよ」オッキーは漫画のように拳の関節をボキボキと鳴らした。「そのためには、ナミノリがどういうサーファーかっていうこともキッチリ説明する必要があるからな」

(ど、どういうサーファーか?)

力丸は、ナミノリと呼ばれている少女についての情報がこの粗暴な男から開示されるかもしれない、という部分が気になって、“体で覚えてもらう”という不穏な言葉は耳に入ってこなかった。

「ビジターいじめなら勝手に一人でやってよ。アタシはもう無関係だから」

少女は力丸を一瞥した。長い睫毛に縁取られた黒目がちなその瞳には、もはや憤怒の炎は見られなかった。

「それじゃあ改めて詳しく状況を教えてもらおうか。まず名前は。フルネーム」

オッキーが話し始めるのを合図に、少女はくるりとノーズをアウトへ向けた。

(名前まで聞くのか……これは出禁確定だな……)

力丸が暗澹たる気持ちに沈んでいると、突然オッキーが叫んだ。

「おいてめえ、ここから一歩も動くんじゃねえぞ!」

力丸に対して凄みながらも、オッキーは猛然とパドルでアウトに向かい始めた。

釣られてアウトに目を向けると、セカンダリースウェルとなる北東からのセットが入ってくるのが見えた。オッキーの少し先には少女がいる。

遠路はるばる回転運動を続けてきた太いウネリが浅い海底に乗り上げて高く持ち上がり、耐えきれずにその姿を崩す、まさにドンピシャのタイミングで二人はピークに到達した。

(ど、どっちが乗るんだ……?またあの女の子が奥だ)

力丸は、過ちを犯した先程の自分を客観的に見ているような不思議な感覚に包まれた。

あの人、あれだけ俺に言ったんだから、まさか行かないよな?……いや、あんなに我が物顔だったら、ワンチャン前乗りあり得るかもしれない——

しかし、次の瞬間力丸が目にしたのは、意外な光景だった。

オッキーはライトへ、そして少女はレフトへとテイクオフしたのだ。それも、二人で示しを合わせたかのように。

(!!)

先程力丸が乗った(いや、前乗りした)ライトオンリーのセットとは違い、やや北東寄りから入ってきたウネリは、ライト、レフト両方向に綺麗に割れていく三角波となった。そして、オッキーと少女はその違いを的確に捉え、無駄なくキッチリと一本の波を分け合ったのだ。

力丸は、ローカルサーファーがローカルサーファーたる所以の一端に触れた気がした。

レールの分厚いミッドレングスをパワーでねじ伏せるかのように、オッキーは波のトップセクションで1発大きくパンプし、レールをスムーズに切り返すと、加速しながらボトムへ降りてくる。

この男も、やはりただ粗暴なだけのサーファーではないのだ。テイクオフからのほんのわずかなアクションに、すでにスタイルが滲み出ている。

しかし、次の瞬間、力丸は凍りついた。自分がいるポジションは明らかに——オッキーのライン上だった。

これは、大抵のサーファーならやむなく衝突を避けるため波のパワーゾーンから外れる場面だろう。つまり、プルアウトするか、真っ直ぐボトムに降りてスープに捕まるかだ。

しかしオッキーにそんな考えは望むべくもなく、思い切りボトムターンの体勢に入っている。力丸はちょうどそのターンの描く弧の上にいた。

「おいてめえ!!動けよクソがあ!!!」

オッキーの怒声が空気を震わせる。

(そんな——“一歩も動くんじゃねえ”って言ったの、自分じゃないか——)

慌てて板に腹這いになったが、時すでに遅しである。

(ド、ドルフィン——)

力丸は、ボードを海中に沈めようと試みた。しかし、止まった状態からでは到底上手くいくはずもなく、単に体を硬直させて海中に頭を潜らせただけの形となった。

その背後で、オッキーがバランスを崩して転倒した気配を感じた。

力丸が、いっその事このままずっと海中に沈んでいたいと望んだのは、ごく自然な事だろう。

恐る恐る後ろを振り返る。

ちょうど、オッキーが海中から顔を上げ、リーシュを引っ張って流れたボードを回収しているところだった。顔がインサイド側に向いていて表情は見えない——が、盛り上がった広背筋と僧帽筋から憤激のオーラが迸っている。

(こ、今度こそ終わった……)

力丸は生唾を飲み込み、死刑宣告を待つ被告人のように、ただその時を待った。

「てめえ……」

ゆっくりと振り返ったオッキーの目は、完全に座っていた。

“おっとマエノリくん、初めてのポイントだからビビってるね!?前乗りしなきゃ大丈夫だって——”

ふと力丸の脳裏に、今朝車中で交わした和虎との会話が甦ってきた。これは一種の走馬灯だろうか。

(カズ、大丈夫じゃなかったよ。前乗りもしたし、進路妨害までしちゃったよ。俺はもうおしまいだ……)

オッキーは、先程少女の前乗りを咎めにきた時とは明らかに違うテンションで力丸に向かって近づいてくる。

殴られるとか、板を折られるとか、そういうのはただの噂だってカズは言ってたけど、どうやらこれから本当になるよ——

力丸の心臓は、極度の緊張で跳ね返っていた。

その時である。

「ごめんなさい!僕のツレが迷惑かけたみたいで!」

聴き慣れた声が割って入った。

インサイドから和虎がパドルバックしてくるところだった。その姿は、力丸の目には完全に救世主として映って見えた。

〜〜つづく〜〜

7ラウンド目  117シェイプス>

ビジタリズム
作=Ario Ike/池 有生
イラスト=ミヤタジロウ

ある時、ふたりのサーファーが初めて訪れた「万里浜(まんりはま)」。そこは、異色のサーファーたちがひしめくワケありのポイントだった!?クセの強いローカルサーファーに翻弄されつつも、そこで割れる最高の波、そして人々に、ふたりは徐々に惹きつけられていく——

ビジターサーファーの視点を中心に、ポイントで交差する様々なサーファーたちを描く、日本初?のリアルサーフィン群像劇。

ビジタリズム(visitorism)」とは、ビジターサーファーとしての振る舞いや考え方を意味する造語。決して「ローカリズム」と対立するものではなく、それぞれ海への距離感は違えど、最終的にはサーフィンを通じてリスペクトし合える世界を実現したいという祈りも込められています。

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