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【サーフィン小説】ビジタリズム|第1話

ある時、ふたりのサーファーが初めて訪れた「万里浜(まんりはま)」。そこは、異色のサーファーたちがひしめくワケありのポイントだった!?クセの強いローカルサーファーに翻弄されつつも、そこで割れる最高の波、そして人々に、ふたりは徐々に惹きつけられていく——

ビジターサーファーの視点を中心に、ポイントで交差する様々なサーファーたちを描く、日本初?のリアルサーフィン群像劇。

「ビジタリズム(visitorism)」
とは、ビジターサーファーとしての振る舞いや考え方を意味する造語。決して「ローカリズム」と対立するものではなく、サーフィンを通じてリスペクトし合える世界を実現したいという祈りも込められています。

1ラウンド目 マエノリくん

「やっぱり、今日は万里浜まんりはまに行こうよ」

助手席でスマホをいじっている田坂和虎の口から出たポイント名を聞いて、ハンドルを握っていた前野力丸はなぜか気持ちが乗らなかった。いや、それどころか、どちらかというとイヤ〜な気持ちになった。

“万里はコンスタントに波がいいけどローカルがキツい”——

そんなありがちな噂を耳にしているからかもしれないが、本当の原因は多分別のところにある。しかし、その原因について、力丸はすぐに思い当たることができなかった。

それにしても、和虎はどうして急に万里浜などと言い出したのだろう?

そもそも、これまで二人が万里浜に行こうと考えたことはなかった。力丸たちが向かう先に広がるのは、太平洋に面した50kmにもおよぶ海岸線。そこには20を超えるポイントが点在していて、いつも訪れるのはそのうち3、4箇所に固定されているからだ。

少なくとも、毎週金曜日に行うLINEでのポイント相談において、和虎が「万里浜」の文字を打って寄越したことは一度もなかった。

「だって、いつものところは期待薄じゃん?」

力丸の胸の内を読んだかのように、和虎が片手で長髪をかきあげながら言うことは尤もだった。二人がほぼ毎週通っている盆台浜ぼんだいはまは南ウネリを拾わないし、強まる予報の北風はクロスショアとなって、海面をガタガタに荒らすだろう。

盆台浜だけではない。昨夜チェックした波情報アプリでは、近隣のポイントには軒並み「▽10」みたいな数字が並んでいた。むしろ、今日期待できるのは、今向かっている方面で言えば万里浜だけ、と言ってもよかった。

ただ、万里浜は波情報アプリに掲載されないポイント故に、それもあくまで憶測でしかなかった。

実際、万里浜は力丸たちにとって全く未知のポイントだった。名前だけは聞くものの、そこを訪れたことのあるサーファーは身近にも存在しない。それだけでなく、なぜか万里浜の情報は、今の時代に不自然なほどネット上に転がっていないのだ。それはまるで、万里がよそ者を拒絶していることを暗に示しているようだった。

元来気が小さく、コンフォートゾーンを抜け出すことが苦手な力丸にとって、「行ったことがない」、「想像ができない」、そんな場所を訪れるというイベント自体が、ちょっとしたストレスになっているのかもしれない。

「なんで急に?今まで盆台が期待薄でも、万里なんて行ったことなくない?大抵、北風だったら奈良浜とか……」

力丸はささやかな抵抗を試みた。しかし和虎は意にも介さない様子で受け流す。

「まあ、いいじゃん。たまにはさ」

昔から和虎はこういうヤツではあった。気まぐれで、加えて必要以上に行動力が備わっているから、思いついたことはすべて実行に移されるのだ。

思えば力丸のこれまでの人生半分は和虎が作っているようなものだった。県立高校でクラスが同じになり意気投合して(というか、力丸が一方的に気に入られて)からというもの、バスケ部に入ったのも、選択科目で美術を取ったのも、いつの間にか和虎のペースに乗せられた結果だった。

それだけじゃない。部活の帰りに買い食いする店や休日観に行く映画なんかはもちろん、力丸が初めて付き合った彼女まで、和虎が決めた。今運転している車だって、1ラウンド終わったあと車中で昼寝したいから、という理由で和虎が希望した中古の二代目ステップワゴンだ。

そして、5つ上の兄貴がやはりサーファーの和虎が、半ば強引に力丸を海へ連れ出していなかったら、力丸がサーフィンを始めることもなかっただろう。

他人から見れば、二人はジャイアンとスネ夫みたいに映るのかもしれない。しかし、力丸は不思議とこの関係に居心地の良さみたいなものを感じていた。

実際、初めて波の上を滑って空飛ぶ絨毯に乗ったかのような浮遊感を味わった時、和虎と友達で心底よかったと感謝したものだ。力丸が初めて成功させたテイクオフを見て、本人よりも嬉しそうだった和虎の顔は今でも覚えている。

そういうわけで、和虎に唐突に万里浜へ行こうと言われた力丸には、気乗りはしないものの、特段断る理由もなかった。

「まあ、別にいいけど」

いかにも渋々オーケー、という感じではあったが、力丸の返事を待っていたかのように、和虎は助手席に深く沈めていた身を乗り出した。

「おけ、そこ右入って」

いつも走っているビーチラインから分岐する道を指示され、力丸は面食らった。

(こんな道、あったか?)

急ブレーキをかけて辛うじて分岐道に入ると、力丸はスピードを殺したまま車を進めた。

これまで幾度となく通ってきたはずの土地の風景が、いきなり見慣れないものに変わる。

海抜はそんなに高くないはずのビーチラインから一本逸れただけなのに、道は緩やかに下り続けていた。街灯はなく、両側には黒々とした雑木林が続く。力丸は、自分がステップワゴンもろとも夜明け前の闇に溶けてしまいそうな錯覚に囚われた。

「カズ、道知ってんの?」

「うん、まあ、なんとなく」

「なんとなくかよ……」

不安気な力丸を茶化すように、和虎は声のボリュームをあげた。

「おっとマエノリくん、初めてのポイントだからビビってるね!?前乗りしなきゃ大丈夫だって!」

「うるせーよ。あとその名前で呼ぶのやめろって言っただろ」

悪態をついたものの、力丸は確かにビビっていた。

(コイツは本当に俺の心を読むのがうまい)

だからこそ、どれだけ和虎の言いなりになったとしても、力丸が嫌な気持ちになることがないのだろう。

ただ、力丸がサーフィンを覚えてから和虎が嬉々として使うようになったニックネームだけは許せなかった。

前野力丸(まえのりきまる)、“前乗り決まる”、マエノリくん——

いや、いくら偶然とはいえ、自分のただでさえ個性的な名前が、サーフィンにおいては不吉な響きになるなんて、出来過ぎである。時代劇と格闘技を愛する父親がノリで付けた名前らしいが、波乗りを愛していてくれれば絶対にボツになったはずだ。

もちろん、和虎はその呼び方をやめようとはこれっぽっちも考えていないようだった。

〜~つづく~〜

2ラウンド目 オフ・ザ・リップに憧れて>

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