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【サーフィン小説】ビジタリズム|第2話

<1ラウンド目 マエノリくん

2ラウンド目 オフ・ザ・リップに憧れて

「マエノリくんはさ、万里はローカルがキツいっていう妄想が頭で膨らみすぎて自分から壁を作ってんじゃない?ていうかさ、そもそも地元に住んでるサーファーを一括りにして“ローカル”って呼ぶこと自体が違うと思うんだよね。それって国籍だけで人の性格を決めつけるレイシスト的な発想だし」

和虎は時々ド正論の豪速球を投げ込んでくる。

「それはそうだけどさ……いいウワサを聞かないのは確かじゃん」

力丸の脳裏には、ツイッターで流れてきた動画の映像が蘇った。「神回」と冠されたその動画は、特段有名でもないサーフィン系ユーチューバーが万里浜に乗り込んでサーフィンをする、という他愛もない内容だった。しかし、動画のほとんどの尺を、万里ローカルの中年サーファーが、若いユーチューバーに怒鳴り散らかすという隠し撮り映像が占めていた。

映像にはモザイクがかけられていたが、ユーチューバーに凄む万里ローカルの厳つさは、『アウトレイジ』に出てくるヤクザを彷彿とさせた。

「カズもあのユーチューブ見たでしょ?」

「見たよ。あれは明らかにユーチューバーの奴が挑発した結果でしょ。サーフィンカテゴリーに迷惑系を持ち込んでバズらせようって狙いね」

「そんなもんかな……」

その動画を皮切りに、ツイッター上に生息するサーファーたちのタイムラインには、万里ローカルにボコられた、だとか、ニューボードをへし折られたことがあるだとか、万里浜に関する良からぬ噂が次から次へと流れ出していた。

それらの噂話は、力丸自身の苦い記憶を呼び戻すには充分な威力があった。かつてバリバリのビギナー時代に、必死のパドルでようやくテイクオフできたと思った瞬間、後ろから思い切り浴びせられたローカルサーファーの怒声は今も耳に残っている。

しかし和虎は意にも介さない様子だった。

「マエノリくん、ウワサを信じちゃいけないよ。あんなの、匿名なのをいいことに尾鰭がつきまくってるに決まってるんだからさ」

「でも、火のないところに煙は立たないでしょ」

「いやいや、それを言ってる人たち、いつの時代のこと話してんの?って感じだよ。90年代とかはそういうのもあったかもしれないけどさ。その時代の話を今更持ち出してるだけでしょ。ツイッターで誰かを燃やしたがるのって、たいていリアルな世界に楽しみがないジジイばっかだし」

和虎の飄々とした言動を耳にしていると、確かにそんな気がしてくるから不思議なものだ。

「それに、マエノリくんはリップを練習したいんでしょ?それなら波がいいポイントの方がいいって、最初のうちは」

「……うん、それは、そうかもね」

和虎の言うように、最近アップスンダウンズで波を横に走れるようになってきた力丸は、次のステップとして、当然リップをキメたいという欲求が募りまくっていた。

波が今まさにブレイクしようとしているセクションのフェイスを垂直に駆け上がり、トップで鋭く進行方向を切り替える。その瞬間、花火のようにド派手なスプレーが打ち上がる——力丸が、サーフィンに魅せられたキッカケ、まさにショートボードの醍醐味を味わえるテクニックの一つがオフ・ザ・リップだろう。

2回のワールドチャンピオンに輝いたショニー・ローレンスのフリーサーフィン映像をユーチューブで初めて見た時、力丸は釘付けになった。それまでもサーフィンというスポーツを知ってはいたが、ショニーのムーブは、力丸の持っていたサーフィンのイメージを遥かに超えていた。

どうしてあんなに正確に、波が崩れる際にサーフボードが吸い付いていくんだろう?

力丸にはそれが一種の魔法のように見えた。そして、波のトップで大量のスプレーを撒き散らす瞬間、柔らかく身体を捻って後ろ足が綺麗に伸びるショニーのスタイルは、カンフーマスターのような美しさを兼ね備えていた。

(こ、これがやりてぇ……!)

力丸は一発で波乗りの魅力に取り憑かれた。

バスケ部時代、NBAプレイヤーに憧れてやりたいと思っても絶対にできなかったダンクと違い、オフ・ザ・リップなら身長は関係ない。

もちろん、ゆくゆくはショニーのような軽やかなエア・リバースをキメたいとも思っているが、力丸はまだようやく波を横に走れるようになったばかり。まずはオフ・ザ・リップを完璧にマスターするのが先だ。いや、それですら今の力丸にとっては頂上の見えない山ぐらいチャレンジングなことなのだけれど。

「こないだ思ったんだけどさ。マエノリくんは、リップしようとするときに抜重ができてないんだよ」

不意に、和虎がテクニカルなアドバイスを投げかけてきた。こういう時の和虎の話は、たいてい悔しいほど的を射ている。わずか週1、2日のペースでしかサーフィンをしていないのに、力丸が比較的順調に上達しているのは、和虎のアドバイスのおかげだろう。

「ば、抜重?」

「ボトムターンするときにグッとつま先側に荷重するでしょ?そうするとレールが入るじゃん?マエノリくんはそのままの状態で板を返そうとしてるんだよ」

「どういうこと?」

「つま先側のレールが入ったまま板を返そうとしてるってこと。それじゃ無理なんだよね。フェイスを駆け上がる時は、レールが抜けてボードがフラットになってないと。そのためには、ボードにかけた体重を一気に抜いてあげないとダメなんだよ。そうだな……ビート板を水に沈めて手を離すとビョーンって飛び上がるじゃん?あんなイメージ」

「それはなんとなくわかる!……だけど、どうすればそうなるんだ?」

「波のトップがさ、台だと思ってみなよ。で、台の上に飛び乗る感じかな。仕掛けるポジションが正しければあとは波が板を返してくれる」

「な、なるほど……!」

確かに、それは今まで試みたことのない動きだった。しかし、和虎のアドバイスは、力丸の脳裏に成功できそうなイメージを鮮明に浮かばせた。

(こいつは不動産営業なんか辞めて、コーチングでも始めたらいいんじゃないか?)

力丸は改めてそう思った。実際、和虎はサーフィン自体もかなり上手い。しかし本人は大会などには一切興味がなく、飄々とした性格が表れているかのようにリラックスしたスタイルのサーフィンは、いかにもフリーサーファー、という雰囲気を醸し出していた。そういえば、和虎が好きなプロサーファーはクレイグ・“クレイジー”・ライトというヒッピーみたいなフリーサーファーだったはずだ。

和虎のアドバイスのおかげで、力丸のモチベーションは俄然高まってきた。しかし、万里まで果たしてあとどれぐらいで到着するのか、皆目見当もつかなかった。

〜〜つづく〜〜

3ラウンド目 サーファー同士のエセ絆>

ビジタリズム
作=Ario Ike/池 有生
イラスト=ミヤタジロウ

ある時、ふたりのサーファーが初めて訪れた「万里浜(まんりはま)」。そこは、異色のサーファーたちがひしめくワケありのポイントだった!?クセの強いローカルサーファーに翻弄されつつも、そこで割れる最高の波、そして人々に、ふたりは徐々に惹きつけられていく——

ビジターサーファーの視点を中心に、ポイントで交差する様々なサーファーたちを描く、日本初?のリアルサーフィン群像劇。

ビジタリズム(visitorism)」とは、ビジターサーファーとしての振る舞いや考え方を意味する造語。決して「ローカリズム」と対立するものではなく、それぞれ海への距離感は違えど、最終的にはサーフィンを通じてリスペクトし合える世界を実現したいという祈りも込められています。



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