見出し画像

【徒然に本の話】『ふらんす物語』 by 永井荷風

先日、フランス留学の話を書いていて思い出した永井荷風の『ふらんす物語』。

永井荷風が1907年から1908年にかけて遊学した際の経験を元に書かれたもので、荷風が船でノルマンディ地方 ル・アーブルの港に到着するところから始まります。

ノルマンディ地方のCaenという町の大学に通った自分としては、荷風が見たル・アーブルの町の情景を読むにCaenの町の様子が思い出されます。
———————-
船は早や海岸に近く進んで来た。岸は一帯に堅固な石堤で、その上は広い大通になっているらしく、規則正しく間を置いて、一列の街燈が見事に続いている。この光を受けて海辺の人家が夜の中に静に照出されている様子は、遠くから見るとまるで芝居の書割としか思われぬ。
—————————

そこから荷風は夜行列車に乗り継ぎパリを目指します。荷風が初めてパリを見るのはサン・ラザール駅。
——————————
サンラザールの停車場に着した。この界隈は巴里中でも非常に雑沓する処で、掏摸児の多い事は驚く程だ。時計でも紙入れでも大切なものは何一ツ外側の衣嚢へ入れていけないと、船中で或フランス人に注意されていたので、自分もその気でプラットフォームへ出たが、成程雑沓は為ているものの、然しその度合いは紐育の中央停車場なぞとは全で違う。人間が皆ゆっくりしている。米国で見るような鋭い眼は一ツも輝いていない。
—————————-

『ふらんす物語』を初めて手にしたのは、パリの東京堂書店。留学中、活字に飢え、パリに出て来た際、オペラ座近くにあった店舗に寄り、熟慮の末に一冊だけ購入したもの。留学生には安くなかったですからね。

ノルマンディからはるばるパリに出て買った貴重な日本語の書籍ですから一字一字を大切に読み、また何度も読み返しましたが、荷風が描写したパリの風景を読むに、自分が初めてパリに足を踏み入れたサン・ラザール駅を、時代を遥かに隔てて永井荷風が歩いていた事に深い感慨を覚えるのでありました。

当時、購入した『ふらんす物語』はどこかに行ってしまいましたが、数年前に買い直し、ベトナムでも、時折、フランス留学時代を懐かしみつつ読んでいます。

これは令和三年八月三十日 六十八刷

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?