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クリスマスソングを聴きながら


とっておきのクリスマスプレゼントについて話したいと思う。


この企画に参加しています。豪華な景品(私の年賀状も!)が抽選でもらえるみたいなので、みんなぜひご参加下さい。靴下ほしいな~(書く前から言うな)。




まだ早いだろう、と思うかもしれないが、わたしはこのくらいの時期からクリスマスの献立や音楽を考えたりする。


クリスマスの楽しさを見出したのは高校2年生の時。初めて通った画塾でこんな宿題が出た。


クリスマスの本質が伝わる絵を描きなさい


画材はアクリルか、油絵の具だった。わたしは、アクリルにした。油絵の具の使い方がわからなかった。


どうしようか、画用紙の前でワクワクしていたけれど、もう決まっていた。まず上空にはヘリコプターが。そこからは次々と、サンタクロースがロープを伝わっておりてくる。屋根に着地するサンタたち。みんな各々の持ち場を守って、煙突から家の中に入っていく。


すでに仕事を終わらせたサンタが、屋根の上で迎えのヘリを待っている。そのサンタは「OK」と書かれたカンペのようなものを夜空に掲げて、寒いから早くしてくれーなんて言う声も聞こえてきそうだ。


なにせ上空からの絵だから、家々の屋根を描くことが一苦労だった。当時は、インターネットがまだそのほど流通していなくて、スイスのカラフルな屋根がならんだ街の写真をファミマで拡大コピーして、それを見ながら描いたのを覚えている。


再生したMDプレーヤーからはクリスマスソングのミックス。もちろん私だけが聞こえるようイヤフォンを忘れない。


クリスマスメモリーズからはじまり、ホーム・フォー・クリスマス。クリスマス・インマイハートにレットイットスノウ。終わりがないくらいのリストを、シャッフルで聴き続けた。ポップだったり、バラードだったり。筆は進んだ。


ひとしきり、屋根を描いて、サンタ。細かいところまでは全然かけない。すごく下手くそだったし、先生に褒められたことは一度もなかった。


でも、描いた。すごく楽しくて、終わらないで欲しかった。けれどその宿題は、次の週末の授業に向けて着々と出来上がっていき、ついに完成した。


その画塾は一流美大を受けるような子たちがたくさん集まっていて、まだ高校2年生の授業だと言うのにかなりシビアだ。

全員の絵が並べられる。先生はだいたい三人くらい。その三人が気になったものの話だけをしておしまい。


わたしの絵はこれまで、話題に上ったこともなかった。うまい子がたくさんいたし、美術系の高校の子は特に意識が高くて、お互いにばちばちと火花を鳴らしていた。


若い女性の講師が、ある絵に対して言った。ここの描写がいいわね。細かいところまでかけてる。もう一人の男性の講師は、どうかな、描きすぎて全体を見失ってる気がする。僕は好きじゃないな。その隣で年配の先生は眉間にしわを寄せて黙って見ている。


き、きまずい。


この絵はどう思う。全体の構成はなかなか悪くないと思う、クリスマスの華やかさだったり、一種、人が作り出した幸せの虚像が見えるね。でも、そのためにはこの画材は適切だったのかな。どうしてアクリルを選んだの?まさか、油絵の具が苦手とかそんな理由じゃないよね?


会場が静まる。


き、きまずい。


こんな調子だから、みんな描くのが大好きなのに、いつの間にか「批判されない絵」を目指すようになる。わたしだってそうだった。その時のわたしは、もう話題に上らない方がむしろいいと思っていて、並べられた自分の絵を黙って片付ける方がマシだと考えていた。


講評ではわたしの絵は話題に上らなかった。いつも通り。


では、片付けて。と女の講師が手を叩くと、年配の先生が手を挙げた。この先生は無口で、難しくて、いきなり怒ったり、下手くそだな、なんて言ったりするのでみんな凍りついた。


せっかくのクリスマスなんだ。楽しみたいな。どう、二人は純粋に好きだな、って言う絵はない?僕はあるんだよね。


そう言って、わたしの絵を指差した。


これを描いた人、だれ?



わたしは、全身から汗が噴き出すのを感じた。さっきより2、3度体温が上がってるんじゃないか、と思うくらいに、血が沸騰するような感覚があった。奥歯を噛み締めすぎて、口の形が変わりそうだった。

立ち上がり、わたしです、と言った。誰も聞こえないくらいの声だった。


君?へえ、見たことない子だな。どうしてこの絵を描いたの?


わたしは正直に話すほかなかった。好きなクリスマスソングをミックスにしてそれを聴きながら描いたら、たまたま出来上がった、と。それじゃだめだ、と若い二人の先生は笑った。他の生徒も笑った。わたしは早く座りたいと思った。


この、サンタたちはどうしてOK、という紙を掲げているの?


生徒たちは、え、そんな小さいところまで見えない、と言ってわたしの絵に近づいていった。細かいところまで見ないでほしい、と切に願った。


えっと、そのサンタたちは仕事を終えて、迎えにきてくれていいよ、とヘリに向かって合図しているからです。


なるほど、一仕事終えたのか。ヘリはどうしてこの色なの?


紺色のボディに星がいくつか描かれたヘリを指差して、先生が言った。


紺色で星が描いてあれば、飛んでいても夜空に同化して見えないと思ったので・・。サンタたちは、ヘリで飛んできているところをバレちゃいけないんです。


どうして。


・・・秘密の組織だから。


なんか、ヤクザみたいだな。反社会派組織、的な?
若い男性の講師がちゃちゃをいれて、他の生徒たちは喜んだ。こんなに気楽で、あえて上手くないような絵を講評することなんて今までになかったから、もう雑談タイムだと思っているんだろう。


年配の先生は、続けた。


トナカイとそりはどうしたんだろう?サンタたちは赤い服を着ているよね。赤い服がサンタの証なら、トナカイとそりでもよかったんじゃないの?


そりは地面に着地しないといけないから、煙突まで行くのに屋根までよじ登る手間があります。でも、ヘリなら直接屋根に着地できて、屋根で待っていればヘリが迎えに来てくれる。便利です。


ここまでくると、口からでまかせだった。理由なんて別にない。思いついたから描いただけだ。


なるほど、労働の効率化ってわけだ。


でもどうして、時間を短縮する必要があるの。だって、一晩中あるわけでしょ。これだけの数のサンタがいたら、急がなくても良さそうだけど。


しつこいなあ、とわたしは思った。この会話を早く終わらせるために、ちょっと怒ったみたいにして言った。


人件費削減です。


わたしはそんなつもりで言ったのではないのに、先生は大笑いをした。他の講師もつられて笑った。それを見て安心した生徒たちが大笑いして、その声はしばらく止まなかった。笑っていないのはわたしだけで、そこに立ち尽くしているのもわたしだけだった。


今思えば、どうして自分の絵がそんなに恥ずかしかったのかわからない。愉快に描いた絵だ。みんなと一緒に笑えばよかった。みんな、絵が上手で、でも他の人と競わなければならないというコンプレックスが大いにあった。そんな中で笑える記憶があるということ自体、貴重なんだから。


先生は、わたしに「座っていいよ」というしぐさをして、ようやくわたしは腰を下ろした。他の生徒から、ちらちらと視線を感じた。


二人の若い講師は、笑い終わったようで手をパン、と叩いて言った。


今日の講評は、じゃあこれでおしまい。今回はクリスマスだからちょっと面白おかしくやったけど、次から真剣に行くぞ。もうすぐ新年。高3生。受験生なんだからな。


ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。みんなが椅子を片付け、絵を取りに行った。わたしは、生徒が少しいなくなってから取りに行こうと後ろの方で待っていた。


すると年配の先生がわたしに近寄ってきて言った。


うーん、描写力はね、並!
これから1年、しっかりやってもあまり伸びないな。美大はなかなか厳しいかも。やりたきゃやればいいけどさ。


わたしはその言葉に泣きたくなるほどがっかりした。いや、もう泣けないくらいがっかりした。先生は調子を変えずに言った。


でもね、君は売れっ子になるだろう。絵で食っていけるよ。人をわくわくさせるから。クリスマスなんて糞食らえと思ってこんな課題を出したけど、とても楽しい絵だったと思う。


そして先生は悔しそうにわたしを見て、小さく「羨ましい」と言って去った。私は、イーゼルに立てかけられた自分の絵を見た。こんなに自分を誇らしいと思ったことはなかった。




先生は、私のことなんて覚えてないだろうなー。

あの後、また褒めてもらえるかと思って、懸命に練習したりアイデアを練ったりしたけれど、私の絵が話題に上がることはなかったから。



受験をしてみたら、先生が言った通り、どの美大も落ちました。それ以前に、ひきこもりになって外にすら出られなかったし。美術を諦めて、それでまた始めて。諦めて、始めてを繰り返して、今に至ります。


最近も、諦めました。自分の絵がいやで。今の私を見たら、先生はきっと失望するだろうな。「あの絵を描いてた時と全然違う」っていうだろうな。


あと、全然売れっ子になんてなれてないです。絵で食ってないし。
先生は、私の絵が人をわくわくさせる、といったけれど、どうかなーと思うよ。


でも、あの日もらえた言葉はあの時の私にとってはどんなものよりもうれしかった。クリスマスプレゼントみたいなものだったのかな、って思う。
先生のくれた言葉のために、とか。いつか恩返しを、なんて青春ドラマのようなことを考えたこともあったけど。


いまは先生のことなんて、結構どうでもいいです。先生だって、そのほうが嬉しいでしょ。褒められるために頑張るなんて本当にナンセンスなんだって最近になってわかってきたんです。


だから、また、先生に褒めて欲しいとも思わない。今の先生に認めて欲しいとも。


でも、たまに妄想をします。私が本当に美術作家になってリムジンで画塾に乗り付ける。そこに先生がいるんです。バスキアが父親に言ったみたいに、私は先生に言います。


Hey, I made it.


やってやったぜって感じで。
どうだろう。先生はきっと「こいつだれ」って顔するだろうな。


とにかく、先生の予言なんて気にしないで、これから先も私は絵を描きます。先生が言ったことが正しかったと、証明したいわけじゃないから、気楽にしていてください。あのときは、1回でも褒めてくれてありがとうございました。すごく嬉しかったです。


またクリスマスが来るな~。あの年のクリスマスがとても楽しくて、うれしくて、思い出して書いてみました。読んでくれてありがとうございました。

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