”世界の支配者”の原型
なぜ僕が古代メソポタミアの金星の女神であるイナンナ/イシュタルをもっとも重要な女神だと考えるのか?
それは、「下の世界」に残されている彼女たちの軌跡・伝説に、もっとも「あの人」の”匂い”を感じたからだ。
甘く、それでいて、刺激があるような匂い。
古代メソポタミアが「下の世界」における最古の文明だとされるだけあって、ここであらゆることの原型が生まれたのではないかと思っている。
前に表で挙げた女神たちも、その多くがイナンナ/イシュタル二神の系譜を受け継ぎ、影響を受けている。
金星の女神として後に明確にその神性を受け継いでいるのは、ギリシャ神話のアプロディーテー、ローマ神話のヴィーナス、ペルシャ神話のアナーヒター。
その土地、その時代に合わせて、「最初の金星の女神」が微妙に神性を変えつつ、多くの人々から信仰を集めてきた。
時には一部の神性が除かれた女神として。
あるいは、一部の神性が追加された女神として。
そういう意味で、イナンナとイシュタルは前に挙げた女神たちの中でもっとも多くの神性を持ち合わせている。
イナンナの主要な神性は、ざっと挙げるだけでも、
金星の神、豊穣の神、美の神、愛の神、性の神、戦いの神、王権の神、両性具有の神としての性格を持っている。
その中でも僕は、数々の文献から読み取れる「王権の神」としての女神から読み取れる、彼女の野望の巨大さ……これが極めて重要だと思う。
なぜなら、ここにこそ、
「『あの人』は世界の真の支配者ではないか?」と僕が考える根拠の大元があるからだ。
イナンナの神話に世界樹の話がある。
彼女は世界樹(生命の樹)を見て、それが世界そのものであることをすぐに理解した。
彼女はその樹を自分のものにしたいと考えた。
全世界を支配する権力を得ようと考えたのだ。
そして物語の最後には、彼女は実際に世界樹を獲得する。
これはあくまで神話でしかない。
だが後の世界はどうなったか?
それを考えたときに、このようにして「あの人」の世界支配が始まったのだと思わずにはいられない。
つまり、「誰がこの世界を支配することになったか」がこの物語で暗示されている、と考えられるのだ。
(※以下が、イナンナの世界樹の物語。興味がある人は一読してみるとおもしろいと思います)
「ある日、イナンナはぶらぶらとユーフラテス河畔を歩いていると、強い南風にあおられて今にもユーフラテス川に倒れそうな「フルップ(ハルブ)の樹」を見つけた。あたりを見渡しても他の樹木は見あたらず、イナンナはこの樹が世界の領域を表す世界樹(生命の木)であることに気がついた。
そこでイナンナはある計画を思いついた。
この樹から典型的な権力の象徴をつくり、この不思議な樹の力を利用して世界を支配しようと考えたのだ。
イナンナはそれをウルクに持ち帰り、聖なる園(エデン)に植えて大事に育てようとする。
まだ世界はちょうど創造されたばかりで、その世界樹はまだ成るべき大きさには程遠かった。イナンナは、この時すでにフルップの樹が完全に成長した日にはどのような力を彼女が持つことができるかを知っていた。
「もし時が来たらば、この世界樹を使って輝く王冠と輝くベッド(王座)を作るのだ」
その後10年の間にその樹はぐんぐんと成長していった。
しかし、その時(アン)ズーがやって来て、天まで届こうかというその樹のてっぺんに巣を作り、雛を育て始めた。
さらに樹の根にはヘビが巣を作っていて、樹の幹にはリリスが住処を構えていた。リリスの姿は大気と冥界の神であることを示していたので、イナンナは気が気でなかった。
しばらくの後、いよいよこの樹から支配者の印をつくる時が来た時、リリスにむかって聖なる樹から立ち去るようにお願いした。
しかしながら、イナンナはその時まだ神に対抗できるだけの力を持っておらず、リリスも言うことを聞こうとはしなかった。彼女の天真爛漫な顔はみるみるうちに失望へと変わっていった。そして、このリリスを押しのけられるだけの力を持った神は誰かと考えた。そして彼女の兄弟である太陽神ウトゥに頼んでみることになった。
暁方にウトゥは日々の仕事として通っている道を進んでいる時だった。イナンナは彼に声をかけ、これまでのいきさつを話し、助けを懇願した。ウトゥはイナンナの悩みを解決しようと、銅製の斧をかついでイナンナの聖なる園にやって来た。
ヘビは樹を立ち去ろうとしないばかりかウトゥに襲いかかろうとしたので、彼はそれを退治した。ズーは子供らと高く舞い上がると天の頂きにまで昇り、そこに巣を作ることにした。リリスは自らの住居を破壊し、誰も住んでいない荒野に去っていった。
ウトゥはその後、樹の根っこを引き抜きやすくし、銅製の斧で輝く王冠と輝くベッドをイナンナのために作ってやった。彼女は「他の神々と一緒にいる場所ができた」ととても喜び、感謝の印として、その樹の根と枝を使って「プック(Pukku)とミック(Mikku)」(輪と棒)を作り、ウトゥへの贈り物とした」
僕はまだ子供で、広い大人の世界を知らない未熟者ですが、こんな僕でも支えてくださるという方がいらっしゃったら、きっとこれ以上の喜びは他には見つからないでしょう。