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最期はありがとうと伝えたい

もう長くはないみたいと

息子から電話が来た

最初の頃の記事【顔を忘れた人】
に登場した元夫のこと

町で声をかけられた時
本気で顔を忘れていた私

人は辛い記憶を無意識の底に
閉じ込めて生きようとするらしい

そんな彼が
もうじきこの世界からいなくなる

息子に病気のことを知らせたとき
あっそう、という味気ない返事だった

息子は私に気を遣っている

目の前で包丁を振り回された記憶は
彼にも残っているはずだ

夜中に山の奥に置き去りにされた母を
どういう想いで見つめていたのか


私は戦うこともせず
逃げる道を選んだ


夫のことは誰にも話せなかった


近所の評判はとても良いお父さんであり
友人たちからもカッコ良くて優しい人と
羨ましがられた


ずっと

私は被害者だと思っていた


本当にそう?

30年の時の流れが私をたしなめる


私は誠実だっただろうか?
夫に対して
息子に対して

彼を追い詰めたのは私かもしれない

戦うこともせず逃げただけの私に
彼を責める資格はあるだろうか

死期が迫った頃から
彼からのメールが増えはじめた

元気なのか?
頭痛はまだ続いてる?
今……幸せか?

最後に会いたい…と

でも私は会わない


すでに私たちの人生は
別々の形で周りはじめ

関わる人たちの人生を巻き込んでいる

だから


私は会わない


でも
せめて最期に伝えたい言葉は

ありがとう

それでいい








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