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体験記 〜摂食障害の果てに〜(24)

摂食障害が崩れた日

 
 でも、いつまでも食べずにはいられません。逃げていては、摂食障害から立ち直れません。また、あの苦しみに逆戻りです。強くならねばいけません。そこで、ある日、思い切って鮭を一口、食べさせてもらいました。
 その『一口』で三十年近く続いた私の摂食障害が崩れ去りました。
(なんだ、こんな簡単なことか。)
 何故今まで食べれなかったのかわからないほどでした。『牛や豚が可哀想だから』『魚が金魚に見えるから』とか、色々言い訳してきたけれど、いざとなったら自分の命の方が大切で、他の命をとって平気なんだ、と思いました。ひどい奴だ、とも思いました。でも同時に、私の為に命をくれたのに、食べなかったら申し訳ない、とも思いました。
 生きることは残酷です。他の生き物を食べ、自分の栄養に変えて行かねばなりません。生き物に生まれた以上、その運命から逃れることはできません。菜食主義(ベジタリアン)でも元気に生きていける、と信じていました。でも、魚、肉を摂らずにいると、栄養のバランスが崩れ、病気になります。
 昔、イソップ童話で、キリギリスのように美しい声を出せるようになりたくて、草の露だけ飲み続け、命をなくしたロバのお話を読みました。いくら望んでも、人間は人間の定められた食べ物を食べなくては生きられないのです。それに反抗すれば、必ず命の終わりがくるのです。このことは、ずうっと母から言われ続けてきました。でも、私は、耳を塞ぎ、聞き入れませんでした。そして、この結果です。 
 膵臓が悪化してから、無理に食べるのが怖くなりました。自分のお腹と相談して、ゆっくり治していこう、と決めました。そうしたら、気が楽になりました。どんなことでも、無理はよくない、と思いました。
 膵臓の値は一定になり、それより下がっていきませんでした。上がるとまた絶食になります。固くて重い物が迫り上がって来る回数と痰の量は減ってきましたが、お腹の真ん中辺りが気持ち悪くて痛いような感じは、たまに起こりました。主治医の先生は、
「無理に食べなくてよろしい。今のところ、値は安定しているので、心配しなくてよろしい。」
 と、言いました。でも、いつまた膵臓の値が上昇するか、ハラハラしました。

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