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【ちょっとだけ推理小説】笑ってよ、ルーカス(3/3)


私と、ルーカスは朝、病院から帰った。
 
家への帰り道、ルーカスが笑ったのを、私は問いただした。
「ルーカス、全部、分かったの?」
ルーカスは、鼻を鳴らした。
彼が鼻を鳴らす時は、まだ、という合図だ。しかし、真相には迫っているとみて間違いない。
「いいわ。じゃあ、分かったら教えてね。」
ルーカスは神妙な顔をして頷いた。
 
午後。署に出勤すると、形ばかりの捜査本部が設置されていた。
密室の殺人だが、家庭内暴力の行きつく先という様相を呈している今回の事件は、一人息子のヒカリ君の供述もあり、亭主の英雄と、妻の美沙子がお互いを殺し合った、そういう言う見立てで、固まりつつあった。
簡単な事件だ。後は、鑑識の調査結果を待ち、被疑者死亡のまま送検。これで一件落着、というシナリオだ。
そして、私もその線は動かないと見ている。
 

鑑識の結果が出た。
ヒカリ君の供述とは矛盾する点が、大きく2つ出た。
 
1つ目は、最初にヒカリ君が包丁で、英雄の腹を少し傷付けた傷の角度だ。
ヒカリ君は、身長120㎝なのだが、174㎝の英雄の腹に、すごく浅い角度ではあるが、上から切りつけたような傷と判定された。それは、現場の状況と、ヒカリ君の供述からは、出来るはずのない傷、という、判断だった。
 
2つ目は、美沙子がバットで殴られた件であるが、美沙子は1発の殴打が致命傷になっており、ほぼ即死に近い状態だそうだ。にもかかわらず、美沙子の頭には、複数回(多分、2回から3回)バットで殴られた痕跡が確認できたという事だ。これは強い殺意を示しているのだが、腹を包丁で刺されて、大量の血を流している英雄に、果たして、2回目、3回目を殴るだけの力が残っていたか、どうか?そこに疑問が残る、と記されてい。
 
その鑑識の調査書は、捜査本部で十分に吟味されたが、結論として、そこまで疑念を抱くような証拠ではないと、判定し、英雄と美沙子の両方を被疑者と認定した。
そして、被疑者死亡のまま、送検された。
密室での殺人であり、外からの侵入者はいないという証拠が決め手となった。
 

事件が解決し、捜査本部が店じまいになった日、私が帰ろうと署の玄関に向かうと、ルーカスがいた。
ルーカスは、ニヤニヤ笑っている。
私に病院へ行こうと誘ってきた。
 
ヒカリ君は、頭にできたこぶが予想に反して、少し状況が良くなかったために、ずっと入院していた。
 
「全部、分かったの、ルーカス?」
ルーカスは、笑顔のままで大きく頷いた。
 
私たちは、署の前でタクシーを拾い、病院へ向かった。
 
ヒカリ君は、病院の特別個室にいた。
ヒカリ君を引き取る予定となっている母美沙子の両親が、孫を憐れんで、個室に入れたのだ。
個室の中は豪華だった。お見舞いのお菓子や、果物もいっぱい置いてあり、花もいっぱい飾られていた。
 
その中で、ヒカリ君は、頭の大きさに不釣り合いなほど大きなヘッドフォンをして、病室に備え付けられている50インチのテレビにゲームをつなぎ、シューティングゲームをやっていた。
 
彼はゲームに夢中で、私たちがやって来た事にも気づかない。
 
ルーカスが、ヒカリ君の背後にそーっと回り、ヘッドフォンを取った。
「うわあ、何するんだ!」ヒカリ君は不機嫌そうに怒鳴った。
「こんばんわ、ヒカリ君。随分、元気になったみたいね。」と、私が言った。
「ああ、刑事さん。あれ、今日の昼間、違う刑事さんがここに来て、事件は解決したからって、言ってたけど?まだ、僕に何か用事があるの?」
ルーカスが、PCを立ち上げた。
すると、画面にアライグマのルーカスが、現れた。
「ヒカリ君、こんばんわ。今日は、本当の事を話に来たんだよ。」
「本当の事?」
「そう。君から本当の事を聞きたいんだ。こないだ、警察に話してた嘘の話じゃなくってね。本当の話。」
ヒカリ君の目に光が消えた。
 

「僕は、何も嘘なんてついてないよ。」ヒカリ君が、ぼそぼそと言った。
「イヤ、全部嘘だね。まあ、見てごらんよ。」と、アライグマのルーカスが、画面の中のドアを開けた。
中は、事件当日のヒカリ君のうちのリビングが、忠実に再現されていた。
しかし、血の跡だけが残り、死体はない。ヒカリ君のアバターだけが、壁に背をもたれ、血まみれで座っていた。
「ここに君は座っていたんだよね。」
「そうかな?よく分かんない。」ヒカリ君の目に光は戻らない。
「まあ、いいよ。君、お母さんが大嫌いだよね。」
「えっ?」
「一緒に住んでるけど、君はお母さんが大嫌いなはずなんだ。で、お父さんは、好きだ。違う?」
「…違うもん。僕、お母さん、好きだもん。」
「イヤ、嫌いだね。絶対だ。お母さんに嫌な事されてたろう?」
「それさ、左手の甲の茶色い痣。大きな二つある痣。」
ヒカリ君は、咄嗟に左手を隠した。
私は、その手を引っ張り出し、甲を確認した。確かに、茶色く大きな痣が二つ。
「それって、思い切りつねられてできた痣だろう?君が何かやって、お母さんが怒るといつもそこを思い切りつねられていたんだろう?」
「…」
「それと、お母さんは、君にご飯をくれなかったんじゃない?たまにしか。」
「…」
「だから、そんなに痩せているんだよ、君は。」
親の虐待…じゃあ、殺したのは、ひょっとして…
「君は、お父さんにお母さんを殺してもらいたかったんだね。だから、あの日、お父さんを家に呼んだんだ。多分、お父さんに君が電話したんじゃないか?それともお父さんから電話が来たとか?お母さんが家のお金を全部持って、出ていってしまうとかって、お父さんに言ったんじゃない?」
「…」
「で、お父さんが家に来た。君は、お父さんに、お母さんの悪い事を全部バラして、お父さんが怒って、お母さんを金属バットで殴る、そうしようと思っていたんでしょう?」
「…」
「しかし、それには大きな誤算があったんだ。お母さんは、お父さんが家に来ると知って、お父さんにも、ヒカリ君にも見えないところで、包丁を隠し持っていたんだ。」
「…」
「君は、お父さんにお母さんの悪口を言って、金属バットで殴るようにけしかけた。でも、その前にお母さんが、包丁で、お父さんの腹を刺そうとしたんだ。1回目の包丁の傷は、君がつけたんじゃない。お母さんだったんだよ。」
 
画面の中では、お母さんがお父さんを刺す場面を再現されていた。
真ん中で、ビックリした顔のヒカリ君がいる。
 
「君が刺したんじゃあ、あの角度で傷はできない。でも、お母さんが刺したのなら、納得できる。」
 
再現されている画面では、包丁が腹に当たっている個所がクローズアップされている。
 
「で、お父さんは、お母さんを払い落とした。お母さんは包丁を手放し、床に倒れたんだ。」
 
画面では、包丁がヒカリ君のすぐそばに落ちたのが分かる。
 
「で、君は隠していた金属バットをお母さんに渡したんだ。」
「お母さんに?」私はびっくりして言った。
「そう、最初に金属バットを握ったのは、お母さんだったんだよ。」
 

「ゴメン。今度は、僕が嘘ついちゃったね。正確に言えば、お母さんの方にバットを投げたんだよ、君は。恐らく、お母さんのおなかの上とか、そんなところに。でね、お父さんが、それを取った。で、お母さんの頭を少しダメージがある程度に殴ったんだ。すぐには動けなくなるぐらいの強さにね。しかし、お父さんは、力加減を間違えた。お母さんは、逆上して、包丁を取り、一気にお父さんの腹を刺した。お父さんは、ビックリして、お母さんの頭を今度は、持てる力を振り絞って、思い切り殴った。で、二人とも死んだ。そうじゃない?」
 
「違うもん。昨日、僕が言った通りだもん。嘘ばっかりだよ。」とヒカリ君は、棒読みのように言った。
 
「それが違わないんだな。証拠がある。君は、発見された時、顔中血まみれだっただろう。それはね、お父さんが、刺された時、お父さんのお腹に君が顔を埋めたからなんだよ。お父さんには、君は死んでほしくなかったのさ。それとバットだけど、お父さんの掌紋が血まみれの中に発見されたんだが、その前に君の指紋があった事も分かってる。つまり、君がバットを持ってきたのさ。」
 
「指紋?指紋て何?」ヒカリ君は、そう言った。
 
「あれ、おかしいなあ。君は指紋を知らないの?じゃあ、何で、包丁の持つところを自分の服で拭き取ったんだい?あれ?包丁の柄を、拭き取った?何故?」
アライグマのルーカスの動きが止まった。
ルーカスの顔からも笑顔が消えた。
 
「分かんないみたいだね。そりゃそうさ。今の話は、全部間違ってる。」
ヒカリ君は勝ち誇ったように言った。ヒカリ君の目には輝きが戻っている。
 
アライグマのルーカスはフリーズしたまま、動かない。
ルーカスも動かない。
 
「教えてあげようか。僕は、お父さんも、お母さんも両方とも、大嫌いだったんだ!二人とも死ね!と思ってたよ。二人が死んだら、僕はおじいちゃんとおばあちゃんの家に行ける。だからさ。」
 
ルーカスは笑った。
アライグマのルーカスは、「やっと、本当の事を言ったね。」と、言った。
 
私は、署に電話をするために、病室を出た。
 

 
 
 
 
 

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