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【ちょっとだけ推理小説】笑ってよ、ルーカス(2/3)

真夜中。
 
ルーカスが唸る声が、彼の部屋から聞こえた。
 
何かが起きた。
 
私は察知した。そして、ルーカスの部屋のドアを叩いた。
ルーカスは、すぐにドアを開けた。
そして、私の顔を見るなり、「空気が揺れてる。」と言った。
そして、彼は私を部屋に招き入れた。
ルーカスは、デスクの前に座り、PCの画面を指す。
 
PCには、この辺りのマップが表示されている。
ルーカスは人差し指で、5丁目の辺りに、大きく円を描いてみせた。
 
5丁目。ここから2km。住宅街。
でも、大きな幹線道路がある。交通事故?それとも、事件?
 
私はすぐに着替え、ルーカスと5丁目へと向かった。
 

私たちは、5丁目に着いた。
 
閑静な住宅街。
 
中層階のマンションも多いエリア。
 
通りにはコンビニもなく、歩く人はいない。
 
街灯だけが頼りなく光る住宅道路。
 
どこの家からも悲鳴は聞こえない。
 
住宅街を突っ切って、幹線道路に出てみる。
 
道路を走る車は、夜中なのに多い。
しかし、順調に流れており、パトカーも、救急車も見えない。
 
ルーカスはずっと、黙っている。何も、感じ取る事ができないのか?
 
ルーカスが間違えたか?
私の中に、そんな疑念が、少し芽生える。
しかし、そんな事は無いはず、ルーカスは今まで、一度も間違えた事は無いじゃない。と、すぐに打ち消す。
 
すると、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
少し遅れて、救急車、消防車。
 
私と、ルーカスは、その音のする方へと走った。
 
白い壁のマンションの前に、パトカーや、警察車両が3台、救急車と消防車が1台ずつ止まっており、白い壁を赤く照らしていた。
 
ここか…
 
私と、ルーカスはマンションの中に入っていった。
 

マンションのロビーで、立ち番をしている警官に止められたが、すぐに私はIDパスを提示し、「世田谷署の木村です。こっちは、捜査協力者のルーカスさん。今日、世田谷署からは誰が担当刑事で来ているのでしょうか?」
と訊いた。
警官が答えようとすると、「おう、ミリー。ルーカスも一緒か。じゃあ、こっち来てくれ。」と、エレベーターから降りてきた先輩刑事の田口聡一郎が言った。彼は、私の家でのニックネームで私を呼ぶ。
 
田口に連れられて、エレベーターに乗る。
どうやら、事件のようだ。
エレベーターは9階に止まった。
 
出ると、エレベーターホールに一番近いドアが現場だった。
「まあ、見てくれ。詳しい話は入ってからするから。」
 
そう言って、田口は、私とルーカスを部屋の中に入れた。
 
部屋は、血の匂いが充満していた。
 

それは、凄惨な殺人事件の現場だった。
 
リビングルームの壁に寄り掛かる男。腹には包丁が刺さっている。
その男の前で生き倒れている女。頭から盛大に血を流しており、その横に血だらけになった金属バット。
 
恐らく二人は、夫婦なのだろう。男はワイシャツにズボン、女はパジャマ姿だ。
行き過ぎた夫婦喧嘩の行きつく先、この現場は如実にそれを示しているかのようだ。
 
リビングと続き間になっているダイニングの椅子には、やせ細った男の子が座り、泣いていた。
男の子の顔も血だらけだが、どうやら難を逃れたようで、どこもケガはしていない様子だった。
 
私は、刑事になってまだ2年足らずで、こんなに酷い殺人現場は初めてだった。
初めて嗅ぐ、大量の血が放つ異臭。
耐えきれずに、トイレに駆け込んだ。
 
ルーカスは、部屋を一望できる角に立ち、黙って部屋全体を見回していた。
 
イワカン。イワカン。
 
ルーカスは、呪文を唱えるように、ずっとイワカンとつぶやき続けていた。
 

ルーカスは、ダイニングへ行き、泣いている男の子の側に座った。
 
そして、リュックの中からPCを出して、立ち上げた。
 
ルーカスは、無言でパソコンを打つ。
 
暫くすると、PCから音が鳴った。
 
何?男の子が画面を見る。
 
そこには、アライグマのアバターがいた。
 
「こんにちは。あっ?こんばんわか?僕は、ルーカス。君の名前は?」
男の子は、何事?という顔で、ルーカスを見た。ルーカスは、少し微笑んで見せた。
「僕、僕は、尾高ヒカリ。」
「ヒカリ君か、よろしくね。」
ヒカリはコクリと頷いた。
「ヒカリ君は、いくつ?」
「7歳。」
「小1?」
頷く。
「あそこにいるのは、ヒカリ君のお父さんと、お母さん?」
頷く。
「二人とも、死んじゃったね。」
また、頷く。
「さっき、死んだの?」
「そう。」
「何があったの?」
ヒカリの目に光が消えた。
「話したくないの?」
頷く。
「全部、見てたの?」
頷く。
「そう。じゃあ、いいや。また、話せるようになったら、僕に話してよ。」
頷いた。
「じゃあ、ヒカリ君はもう、ここを出よう。今日は病院にお泊りしよう。」
「えっ?僕、病院、行くの?」
「だって、ここじゃあ、今日は寝れないだろう。だから、病院。」
「注射しない?」
「多分。約束はできないけど。」
「僕、注射が大嫌いなんだ。だから、ルーカスも一緒に来てくれる?」
「いいよ。」
 
そして、ヒカリ君を連れて、私とルーカスは部屋を出た。
 
ルーカスが話している間中、私は、何も見ていない目をしているヒカリ君の表情が気になった。
 

ヒカリ君は救急車で、近くの総合病院に搬送された。
私とルーカスは、それに同行した。
ヒカリ君は、問診の後、血まみれの顔を洗い流し、服を脱がせた。
その後、レントゲンやCTスキャンを撮った。
 
救命救急のベッドでヒカリ君を横にさせて、待っていると、検査結果が出た。
顔が血だらけだったので、分からなかったのだが、ヒカリ君の右の頬は、赤く腫れあがっていた。
そして、後頭部には大きなこぶが出来ているようだった。
頬の腫れは、殴打による打撲で、後頭部のこぶは殴られた際に、後ろの壁か、柱に頭をぶつけた際にできたものと、診断された。そして、その二つは、命にかかわるものではなく、全治1週間程度だそうだ。
但し、それとは別に深刻な診断が出た。彼は栄養失調気味だという事だった。これは今のところ原因は分からない。虐待なのか?
 
全部の診察が終わった後、ヒカリ君は鎮静剤と、栄養剤を入れるために点滴を打つ事になった。
 
「ええ、注射なの?だったら、僕帰る。注射はイヤ!」
そこに、ルーカスがPCの画面を立ち上げてきた。アライグマのルーカスが映っている。
「ヒカリ君、ガマンしな。そしたら、明日、僕がヒカリ君が一番食べたいものを買ってきてあげるよ。」
「えっ?本当?」
「本当だよ。何がいい?」
「じゃあねえ、僕、お誕生日ケーキがいいな。ろうそく立てるヤツ。」
「えっ?あんな大きいのかい?一人で食べるの?」
「そうだよ。」
「分かった。じゃあ、明日、買ってきてあげるよ。」
「約束だよ。ヒカリ君、おたんじょうび、おめでとうって書いてね。」
「分かった。約束するよ。じゃあ、注射はガマンしてね。」
 
ヒカリ君は、何とか点滴の針を左の手首に挿す事に成功した。
そして、病室に運ばれた。
私とルーカスもその部屋に残る事にした。
 
ヒカリ君は、すぐに寝息を立て始めた。
私も、疲れがどっと出て、眠い。
しかし、ルーカスは部屋に入ってからは、ずっとPCで作業している。
没頭しているので、周りは全く気にならない様子だ。
私は、椅子に座り、寝てしまった。
 
夜が明けた。
朝日が顔に当たり、私は目覚めた。
ヒカリ君は、まだ寝ている。
ルーカスは、PCの画面をずっと見ている。
「ルーカス。」私が呼んだ。
ルーカスはPCの画面越しに私を見た。
 
そして、笑った。



翌日の午前中に、カウンセラーに立会いの下で、ヒカリ君の病室で、ヒカリ君への事情聴取が行われた。
私は立ち会う事が出来なかったのだが、要約すると以下の通りになる。
 
ヒカリ君の父、尾高英雄は、外に愛人を作り、家にはもう2年近く帰っていない状況だそうだ。
事件当夜、久しぶりに英雄が家に帰ってきた。
現場の床に英雄名義の貯金通帳と印鑑、保有する株式証券が落ちていた事から、どうやら英雄はそれらを取りに来たようだ。
しかし、妻の美沙子は、それを渡さない。それで、二人が揉み合う事になった。
英雄が、美佐子の頬を叩いた。その衝撃が大きかったようで、美沙子は、その場に蹲り、動けなくなった。
それを見て、ヒカリ君が英雄の足に絡みつき、英雄がさらに美沙子を殴るのを止めようとした。
すると、英雄はヒカリ君を振りほどき、ヒカリ君の頬も叩いた。
ヒカリ君は、そのはずみで後ろの壁で頭を打った。その時に、ヒカリ君はキレたようだ。
ヒカリ君の言葉を借りれば、「頭を打った途端に、お父さんを刺せ。刺さねば、お前が殺されるぞ。」という声が聞こえた、というらしい。
そうしているうちに、美沙子が動き出し、床に散らばった通帳や印鑑、証券などをはいつくばって集めた。そこで英雄は、ヒカリ君を置いて、英雄は美沙子の首を絞め、「通帳と印鑑を渡せ!」と怒鳴った。
その隙にヒカリ君が、台所から包丁を持ち出し、英雄の前に立ちはだかり、「お母さんを放せ!」と言った。
英雄は、ヒカリ君の手にある包丁を見て逆上し、「上等だ!刺してみろ!」と怒鳴った。
ヒカリ君は英雄の腹を刺した。しかし、それは英雄の腹を少し傷付けただけだった。
英雄は、ヒカリ君から包丁をもぎ取り、床に捨てた。
その上で、ヒカリ君を殴りつけようとした。しかし、それはできなかった。美佐子が床に落ちた包丁で、英雄の腹を一突きに刺したからだ。
英雄は、狼狽えた。そして、リビングの角に置いてあったヒカリ君の金属バットを取り、美沙子の頭を殴った。
すぐに、美沙子は動かなくなった。暫くして、英雄も動かなくなった。
そして、ヒカリ君は血まみれのままで、その場に座っていた。
 
以上だ。
勿論、小1の子供がここまで詳しくは説明できない。
大体が、ヒアリングをした刑事の推測や、現場からの状況判断、近所や英雄の会社の同僚等の関係者からの聞き込みの情報も加味している。

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