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【ちょっとだけ推理小説】笑ってよ、ルーカス(1/3)

バターーーン!
 
 
 

 
 
バターーーン!
 

 
バターーーン!
 
 
 
 

 
 
 
バターーーン!
 

 
バターーーン!
 
バターーーン!
 
木村家の朝のルーティーン。
 
全部、ルーカスがドアを閉める音だ。
彼は律義に、全部のドアをできる限りの力で勢いよく閉める。
キチンと閉まらないと、彼は癇癪を起す。
だから、全部のドアの力いっぱい閉めるのだ。
 
1回目のバターーーン‼は、自分の部屋を出る時の音。
2回目と3回目は、トイレに入る時と、出る時の音。
4回目と5回目は洗面所に入る時の音と、出る時の音。
そして、最後がダイニングに、入ってきた時の音。
 
毎朝変わらず、木村家のドアは、精一杯の力で閉められる。
 



私は、木村・ミランダ・由佳、28歳。独身。実家暮らし。仕事は警視庁の刑事。
 
父は、木村・ケイシー・浩介、58歳。仕事は、大学の医学部教授。
 
そして、弟の木村・ルーカス・浩太郎。19歳。父の大学の大学生。専攻は、工学部情報工学。
 
母の、メラニーは、ルーカスがまだ幼い頃に、交通事故で死んだ。
 
父の木村浩介は、純粋な日本人だが、母のメラニーが、コウスケと、発音しにくいため、ケイシーというニックネームがついている。
私たち家族は、メラニーが死ぬまで、父の勤め先の大学があるロンドンで生活していた。
しかし、メラニーが亡くなり、ルーカスがまだ、幼かったため、父は急遽、日本に帰る事を決めた。
私と、ルーカスの世話を、父のお母さんである美由紀バアバにさせるためだ。
 
日本に来た時、私は14歳。弟のルーカスは、まだ5歳だった。
 
私たちは、経堂にある父の実家を増築し、別棟を建て、住む事になった。
 
そして、その家に、まだ、みんなで暮らしている。
 



お気づきかもしれないが、私の弟、ルーカスは、所謂は発達障害というヤツである。
細かく分類すると、彼はコミュニケーション障害で、人とのコミュニケーションが、自分の家では問題なく行えるのに、外に出ると、全くダメになり、自分の意志を相手に上手く伝えられない、逆も然り、という状態になるのである。
 
自分の意思を上手く伝える手法としては、「自分がやりたい事を、大げさにきちんと、相手にやってみせる。」これが最善の方法だと、彼は思っている。
 
だから、ドアを叩きつけるかのように閉める。
ドアを閉める時は、いつ、どこで、どんな時でも、彼は全力で閉める。
それが、彼の唯一の自己主張なのだ。
そうしないと、彼はどもりながら、伝わらない説明をしなければならない。
そして、伝わらない事に癇癪を起すだけになる。彼はそれが嫌なのだ。
 
更に、彼は「サヴァン症候群」である。
これがもたらす、彼の特殊な能力は、他の追随を許さない、彼にしかないものである。
 
彼は、この能力を生まれた時に身につけたと、私の父は思っている。
 
彼は、ロンドン郊外の父が勤める病院で生まれたのだが、彼が生まれた晩、ロンドンでは数十年に一度、あるか、ないかという土砂降りの雨が降っていた。しかも、病院の回りでは雷も発生していた。
 
彼が生まれる10分前、その出来事は起きた。
病院に落雷し、病院内のすべての電源が一斉にダウンしたのだ。
灯りが全部消え、全部の機器が止まった。
しかも、恐ろしい事に、その時は、普段30秒以内に起動するバックアップシステムも、動かなくなった。
非常用の電源は作動せず、全ての機器は止まって、沈黙を続けた。
母は、もう今にも生み出しそうだ。しかし、母が横たわるベッドの回りは漆黒の闇であり、状況をチェックできる機械は一切動いていない。周りには、医師と看護師が複数いたのだが、闇の中ではうかつに動く事ができず、ただ、母の息遣いを聞きながら、腹をさすり、励ますしかなかったそうだ。
そして、次の瞬間、奇跡が起きた。
もう一度、病院に雷が落ち、その雷の後、全部の電源が一斉にオンになった。
灯りがつき、機器が作動した。
そして、明るくなった瞬間に、ルーカスは生まれた。
 
父は、この経験こそが、今のルーカスの特別な能力の発生源だと信じている。
そして、その能力を私は、私の刑事としての仕事に役立てている。
 



ルーカスの特殊な能力は、2つだ。
 
1つは、予知能力というヤツ。
 
彼は、自分のいるところから、大体半径5km圏内で起きる人を傷つけるような犯罪を起きている最中に感じる事ができる。起きる前ならいいのだが、彼が感じ取る事ができるのは、犯罪が起きている最中だけだ。
血が流れる犯罪。それだけを彼は感じ取れる。
 
そのような犯罪が起きる時、彼はいつもこう言う。
 
「空気が揺れてる。」
 
もう一つの特殊能力は、「映像記憶」だ。
 
彼は、自分が気になる場面を目にした時、見たままを正確に記憶し、忠実に再現できる。
そして、それが犯罪現場だった場合、再現したシーンを彼は見直して、犯罪の痕跡を見つけ出す。
 
犯罪の場所に来ると、彼はいつも「イワカン。」と言う。
 
そして、彼の常識を外れた違和感があるものを捜し始める。
 
やがて、その違和感は見つける事ができる。必ず、見つけるのだ。
 
見つけた時、ルーカスは笑う。
 



ルーカスは、背が高くて、182㎝もある。
痩せてて、ひょろっとした第一印象。
背が高い、やせ型のイケメン、それがルーカスだ。
しかし、髪は、いつも寝ぐせだらけで、ボサボサ。これはいつも減点の対象となる。
 
着るものだけは毎晩、私がルーカスの明日着るものを上から下まで全部準備して、洗面所に置く。
翌朝、ルーカスが起きてきて、ルーティン通り、ドアをバタン、バタンを開け閉めして、洗面所に辿り着いたら、その服に着替える事になっている。
 
ルーカスは、特定の人間しか、話ができない。例えば、ウチの中だと、私とお父さんだけしか話せない。しかし、それにしても詳しい、混み入った話をするのは無理だ。とても、上手く思っている事を伝える事ができない。私とお父さんですら、そんな状況だ。普段、ウチの中の面倒を見てくれているお父さんのお母さん、美由紀バアバには、ルーカスは全く意思を伝える事ができない。
 
外に出ると、ルーカスは全く会話ができない。
いつも、独り言をぶつぶつ言いながら歩く、変なヤツ。それが、ルーカスだ。
 
そんな彼が、特殊な能力を使う時、どうするのか?
それには、彼の第三の能力が役立つのだ。


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