島本葉

https://kakuyomu.jp/users/shimapon/works 普段はカクヨムで短編を書いています。 こちらでは、ちょっとした雑記とかエッセイのようなものを。

マガジン

  • 習作

    習作の小片。 500字~1,000字程度のもので、シーンの切り取りのようなもの。

最近の記事

母がサポート詐欺にあいそうになった話

はじめに島本です。 タイトル通りですが、先日母がサポート詐欺にあいかけたので、体験談的に書きました。 少しでも被害が減ると良いなぁ。 一、始まりは一本の電話から それはある日の平日の午前のことだ。職場でメールチェックやらタスクの確認とかが一段落した頃、マナーモードにしていた携帯電話が震えた。驚いたことに表示されているのは父親の番号だった。    母になにかあったのだろうか?    私の場合、実家から何か連絡があるときは基本母親からだ。だから、この時点で、なにか良くないことが

    • (掌編小説)コーヒーゼリー

       あれは確か小学生の夏の日のことだ。学校から帰宅して冷たいお茶を飲もうといつものように冷蔵庫を開けると、見慣れないものに目が留まった。二つのグラスに入った黒い何か。それは当時のわたしには手が届かない最上段の奥まった所にひっそりと置かれていたこともあって、何か秘密のものを見つけてしまったと心が弾んだ。 「ねえ、修《おさむ》。あれ、何だろね?」 「冷蔵庫にあるから食べ物じゃないの?」 「でも真っ黒な食べ物なんてある?」  そんなふうに三つ下の弟に言ったか言わなかったか。  黒い何

      • 最善の一手(囲碁小説 短編1300字)

         鮎原《あゆはら》三段には三分以内にやらなければならないことがあった。    三分だ、ここで使うのは三分まで。そう鮎原は心に決めて右手に持った扇子の持ち手をギュッと握りしめた。手のひらに跡が残るほどの力だったが一向に気にした様子はなく、その間も鋭い視線は盤上を睨みつけ、最善の一手を探し続けていた。  大部屋の対局室では少しずつ間隔を空けて、複数の対局が同時に行われていた。その一角で鮎原は大迫《おおさこ》七段と碁盤を挟んで向かい合っていた。盤上では黒石と白石が捻り合い、複雑な

        • (掌編)電車は走る(約650文字)

           窓の外に見える沿線の町並みは瞬きする間に勢いよく流れゆく。戸建ての家に公園、子供を前後に乗せて走る電動自転車の母親、町工場、マンション、美容室、不動産らしきショップ、走り去る乗用車やトラックと、知っているようでまるで知らない営みを置いてきぼりにして。  今朝の電車は生憎いつもより混雑していて座れなかった。そういえば案内板には遅延の表示があったような気もするがその影響だろうか。これもいつものことだと大して気にもせず、私は扉の近くで不意に押し寄せる揺れに合わせて、ひんやりとした

        母がサポート詐欺にあいそうになった話

        マガジン

        • 習作
          7本

        記事

          (掌編)「甘くて」(約1,500字)

          「寒いねぇ。なんか飲む?」  アルバイトの帰り、一緒に歩いていた笹塚さんが言った。飲む? と疑問形で聞いていたわりに彼女はもう買うことに決めているようで、道端に並ぶ自動販売機の方にすすっと小走りで寄っていった。  近頃の朝晩の冷え込みは結構辛い。まだ駅まではもう少し距離があるし、彼女と過ごす時間が少しでも増えるのなら、僕に否やはなかったのだけど。  笹塚さんはアルバイトの先輩で、僕が入ったときに色々と仕事を教えてくれた人だ。初めてのバイトだったということもあったかもしれないけ

          (掌編)「甘くて」(約1,500字)

          (掌編)夢を追う(2024年 元旦)

          「ごちそうさま! 美味しかった!」  そう言って、和沙が笑顔で手を合わせた。 「それはよかったわ。おばあちゃん頑張ったのよ」  わたしはそう言ってふわりと笑う。一人で暮らすと食事の用意も適当に済ませることが多かったのだけど、今日は息子の家族が訪ねて来てくれていた。そして、今日は元旦だった。そのためいつも以上に張り切って、おせちやらお雑煮やらとたくさん準備をしていたので喜びも大きい。 「お義母さん、ごちそうさまでした」 「ごちそうさま」 「誠一も真希さんも足りたかしら」 「はい

          (掌編)夢を追う(2024年 元旦)

          (掌編)夢、多い(1989年 元旦)

           おせち料理ってどうしてこんなものを食べるんだろう。大きな3段の黒い箱を開けても、なんだかよくわからないものばかりが詰まっていて、どれもあんまり美味しいと感じなかった。  玉子焼きみたいなものと、ハム、栗の甘いのは美味しかったので、そればっかり食べてたらお父さんに笑われた。  お雑煮のお餅を2つも食べたので僕はお腹がいっぱいで、こたつに座ってテレビを見ていた。ハデな舞台で漫才をする芸人とにぎやかな笑い声が流れてくる。いつも見ているバラエティ番組では全く見たことがない人だったけ

          (掌編)夢、多い(1989年 元旦)

          (掌編)夢追い(2013年 元旦)

           テレビから聞こえてくる「おめでとうございます」という着物姿のアナウンサーの声を聞きながら、忠雄《ただお》は台所の方へ顔を向けた。視線の先には朝食の片付けをする彼の妻の姿があり、カチャリ、カチャリと小さな音を立てて、洗い終えた食器を水切りかごに丁寧に重ねていた。  忠雄が妻の方を見るのはもう何度目だろうか。先程からそわそわと落ち着かない様子でいた忠雄だったが、妻の方は一向に気づいているのかいないのか、黙々と朝食の後片付けをしていた。  やがて、ぼんやりとテレビを眺めていた忠雄

          (掌編)夢追い(2013年 元旦)

          囲碁を題材にした短編小説。「碁敵と書いて友と読む」約5,000字

          碁敵と書いて友と読む 「池上くん、10月で辞めるんだって」  社内の休憩スペースに設置された自動販売機に少し縒《よ》れた千円札を苦心して突っ込んでいると、数名の女性社員が弁当を広げながら会話しているのが耳に入った。  思わず目を向けてしまう。  彼女たちの話によると、池上が近々退職するらしいということだった。  大手の代理店に転職するとか、家庭の事情だとか、嘘かホントかわからないようなことを交えて、少し声を抑えながら話していた。  退職?  池上が?  池上は前は同じ部署で働

          囲碁を題材にした短編小説。「碁敵と書いて友と読む」約5,000字

          (掌編)早朝のジョギング

          「あ、ごめん。起こした?」  ぼんやりと寒さを感じて布団を引き上げ身体を丸めると、浩介くんの声がした。うっすら目を開けると、まだ部屋は暗く夜は明けていない。カーテンの隙間から差し込んでいる明かりはマンションの廊下の常夜灯のものなのだろう。 「ん? ああ、行くの?」 「うん、起こしてごめんね」  浩介くんはちょうどベッドを抜け出そうとしていたところだった。  「運動不足が気になって」と言い出したのは夏頃だ。緩んできたお腹を摘んで、ちょっと眉を下げながら言うので思わず笑ってしまっ

          (掌編)早朝のジョギング

          囲碁を題材にした短編小説をどうぞ。「まなざし」約2,000字

          まなざし 「じゃあ、まずは道具から説明するね」  武瑠はわくわくした気持ちで、目の前の女性を見つめていた。今日の学童保育は囲碁教室と聞いていたのでとても楽しみだったのだ。武瑠はこういったゲームがとても好きだった。トランプやオセロ、将棋など。将棋は父親から教えてもらったことがあったが囲碁は初めて触れるゲームだった。  テーブルの上には小さな碁盤と蓋付きの箱が2つ。それが6人いる児童の2人に1セット用意されている。 「囲碁は碁盤と碁石を使います。目の前の箱の蓋を開けてみて」  講

          囲碁を題材にした短編小説をどうぞ。「まなざし」約2,000字

          (掌編)冬日和

           夫と息子を送り出して細々としたことを片付けていたら、リビングに差し込んでいた日差しが少し暗く陰っていた。今日は冬の日差しにしては明るく暖かい。やっぱり南向きを選んでよかったな。洗濯物も、なんとか乾くかも知れないし。  そんな風に思っていたのに、蛍光灯をつけていなかったリビングは一気にトーンを落としていた。タイミング悪く、スピーカーから流れる曲も少し物悲しい。ベランダを見ると、ハンガーに吊った衣類は寒そうにゆらゆらと揺れていた。    ベランダに出ると、電車の音が大きく響い

          (掌編)冬日和

          (掌編)プレッシャー

           ひっきりなしにピンが弾ける音やボールがフロアに落ちる音が響いているのに、やけに静かに感じる。いや、静かというよりは、落ち着くんだ。  部内の対抗戦。最終の10フレーム。  緊迫した場面だが、周りに響くボウリング場の喧騒は俺を落ち着かせてくれる。  俺がここから3つストライクを続けてもトータルで220点。真司は7ピン倒せば221点。あいつが7ピン以下なんてまずありえない。つくづく9フレをオープンにしたのが痛かった。    ボールに付着したオイルのラインを丁寧に拭き取る。両手

          (掌編)プレッシャー

          (掌編)歌詞カード

           引っ越しの荷物を整理していると、押入れに仕舞い込まれていた箱から懐かしい漫画が出てきた。子供の頃によく読んだ漫画だった。  パラパラとめくると、少し古い紙の匂いがする。  懐かしいな、と何冊目かを手に取ると本の間になにかが挟まっていた。    歌詞カードだった。    名刺よりも一回りほど大きい、折りたたまれた紙。そういえばCDブックレットよりも更に前は、カセットテープの大きさに歌詞カードが折りたたまれていたのだ。    ゆっくりと開くと、劣化して薄くなった紙に、見覚えのあ

          (掌編)歌詞カード