見出し画像

【考えない日記】 インディアナ、インディアナと書店の窓辺

Premiereと壁に掲げられた雑居ビルのとなり、二階建ての二階部分の窓の向こうで、コックが二人楽しそうに料理をしている。愉快に見えるのは、昼の盛りを過ぎた14時46分が理由かもしれないし、あるいはその店が東南アジアの料理店だからかも知れなかった。
向かいのビルの三階にある書店の、窓際の席に座り、ミルク抜きのチャイを啜りながら暫く眺めた。スパイス香る湯気の向こう、ガラス窓と鉄柵の隙間に、てきぱきと無音で調理するコック達の姿。彼らの窓辺にはガス台があり、こちらの窓には紙一枚の、かと言って決して貧相では無いカフェメニューが立てかけられている。
向こうの窓のガス台では常時沸かされた寸胴鍋が火にかけられ、麺か何か、はっきりとは見えないものが湯がかれている。
コックは寸胴鍋のザルを振ったり奥にある冷蔵庫の扉をパタパタと開け閉めする。もう一人は炒め物をしたり、手を伸ばして容器を取り、持ち帰り用の食事を詰めている。

紫陽花の薄紫色をした器にチャイが満ちている。取手を握り陶器の縁を唇へ寄せると、親しい友人の優しさのような香りと温もり、静かな音楽。それぞれの商品に添えられたカフェメニューの言葉に視線を落とす。飲み物、サンドウィッチ、甘いもの。

「ひとりを侵されることで、欠けていくもの、拡張していくもの。<中略> 片割れがどこかにいると知る世界は、もう空っぽではなかった。そんな味」

twililight cafe  menuより引用


『インディアナ、インディアナ』レアード・ハント著 柴田元幸訳 ignition gallery


15:17


コック達は姿が見えなくなった。明かりを一段暗くして。彼らの昼が始まったのだろうか。低層とはいえ左右をビルに取り囲まれ、どこからも見下ろされることになったその二階屋には、看板建築らしき名残がある。その上に青と白の空がひらけている。そこへ今、ゆっくりと薄いピンクが射し始めた。

飲み物を注文する時に合わせて購入した『インディアナ、インディアナ』という本はうっすらと透ける白い紙袋に入れられ、細い白のテープで口を閉じられている。
注文した会計カウンターの左上には可愛らしい雰囲気のサインがある。日本語と英語で「開店おめでとう」と、色を交えたサインペンで書かれている。一段下には、ジャケットに静かな雰囲気を含んだLPレコードが数枚並んでいる。それに、爽やかなイラストのTシャツ。

「カフェや店内の商品を購入した方は、屋上のカフェでひと時をお過ごし頂けます。」

再び目を落としたメニューに見つける最後言葉。一杯目のミルク抜きチャイはすでに底を見せながら静かに姿勢を正している。下の通りを車が走ってゆく。真鍮がぼんやりと光を返す古い取手の扉を開け階段を右へ進む。


fine 休憩室N


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?