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「関係性のクオリアを描く」佐野大監督に聞く! 映画『まどろみの彼女たち』 【インタビュー企画#4】

 2月9日、オムニバス映画『まどろみの彼女たち』がシネマート新宿にて公開される。

公式HP: https://madoromi-movie.com/  

 『まどろみの彼女たち』は「Perfect・Nervous」、「動物園のふたり」の二編からなる。
 病に世を儚み、不治の病を患った最上綾香(演: 藤寺美徳)が、数奇な運命を背負った吉野樹里(演: 髙石あかり)に誘われるまま、森の奥深くに迷い込む「Perfect・Nervous」。大学を休学し、行くあてもない日々を過ごす山田(演: 花音)と、彼女の家に居着いた自称旅人・ノタニ(演: 安済知佳)の奇妙な同棲生活を描いた「動物園のふたり」。
 偶然というにはあまりに運命的な出会いを果たした女性二人の生と死、日常と非日常が触れ合い、混ざり合う、二人だけの世界にフォーカスした二人のヒューマンドラマである。
 
 映画の公開に先駆け、制作を手掛けた佐野大監督(合同会社キノママ)にインタビューを行った。

佐野大監督 from 合同会社キノママ https://kino-mama.com/ 

制作にあたって

—— 今作に登場する女性と女性の二人の関係性には、ある種の繊細さというか、微妙な空気感があると思うのですが、そういったものを演出するために何か工夫した点はありますか。

佐野 今作は制作のための人員や時間的リソースが限られていたこともあって、自分はあまり演出には手を出せないだろうな、と思っていました。なので二編ともかなりキャストさんにお任せしてしまった部分はありました。演技はある程度の設定やプランを事前にお伝えして、あとは現場で宜しくお願いしますみたいな感じだったので、もし繊細さのようなものが表現されているのだとしたら、キャストさん達のおかげだと思います。
 特に『動物園のふたり』に出演頂いた安済知佳さんは、声優として知られていますが、表情の作り方や現場での立ち振る舞いは、本業が声優であることを感じさせないほど素晴らしかったです。

—— なるほど。安済さんにお声掛けすることになったきっかけはあったのでしょうか。

佐野 昔アニメの制作会社で働いていた時期があったのですが、その時の会社の先輩に、有無を言わさず「これを見ろ!」と云う感じで『響け!ユーフォニアム』のブルーレイを渡されて、本編を見たのが安済さんを知ったきっかけでした。『響け!ユーフォニアム』では主演の黒沢ともよさんと安済知佳さんの演技が異質というか、ちょっと生っぽい。あの世界観で出てくる演技として温度感というか、湿り気が違うんですよ。二人だけ。そこで黒沢さんや安済さんってすごいな、と最初に思いました。そこで、今回たまたまご縁があり、安済さんにご出演頂きました。

「動物園のふたり」より

実写ならではの表現

—— ありがとうございます。作品を漫画から実写に翻案するのは難しいことだと思うのですが、その上で何か意識したところはありますか。

佐野 短編なので、作っている側は登場人物のことを分かっているんですけど、見る側はキャラクターを知らないわけじゃないですか。だから初めて見るキャラクターが激しく喜怒哀楽を表現すると、見る側はついていきにくいのかなとは思いました。だからできるだけ登場人物の感情がフラットになるように心掛けました。90分とか120分の作品のクライマックスには激しい感情を描いても大丈夫だと思うんですけど、短編だとそれは難しいので、そのあたりはかなり意識して制作していました。

—— 原作を脚本にする段階で、特にセリフ作りに関して何か工夫した点はあるでしょうか。

佐野 これはあまり普通の方法ではないのですが、今作は先にロケ地を決めて、そこにお話を合わせていく、という手法で制作しました。「ここにカメラをおいて、こういう画面になるから……」みたいなことを考えながらセリフをハメていきました。セリフはやっぱりダレないことが大事だと思います。昨今はスマホで短い動画を見るじゃないですか。だから「このカットでこの長尺はちょっと…でも映画館ならギリギリ観れるか…?」みたいなことを考えながらやってましたね(笑)。

—— なるほど、現場でセリフを考えることもあったのですか。

佐野 現場でセリフを考えることはしませんでした。自分がアニメーションに触れながら育ったからかもしれないんですけど、映像作品を見る時は、とにかく「良い画」を見たいんです。そのためには撮影の諸々を事前に決めておく必要があると思っています。現場に入ってから画角を決めるという方法だと時間も使ってしまうので、ロケ地に行ってありとあらゆるアングルをカメラで撮って、それを持ち帰って検証して、撮影当日は極力あらかじめ決めたものに従うだけにする、というのが、限られたリソースの中で闘っていくための方法だと思います。
 それと原作のセリフがもともと強くて、そこは外さないようにしました。あとは見る人が受け止めてくれるかな、と。もちろん映画内には分かりにくいセリフもあるんですけど、そこは特典の小説で補完するとかもしていて。悩んだり反省したりしながらやっている、という感じです。

—— 百合を描くにあたって、アニメーションや漫画ではなく実写だからこそ表現可能なもの、表現しやすいものなどはあるでしょうか。 

佐野 実写の強さはすぐに「画を作れる」ことだと思います。アニメーションは1cutを作るのに膨大な時間と人員のリソースがかかります。その点、実写だとカメラを置くだけで試行錯誤を気軽にできるので、そのあたりは実写ならではだと思います。
 反対に実写ができないことをいうと、モノローグです。モノローグってやっぱり物語を俯瞰した立場から語られているので、実写に落とし込むのが難しいです。これ云うと怒られるかもしれませんが、本当に映画が好きな人ってだいたいモノローグ嫌いなんですよ(笑)。

—— そうですね(笑)。

佐野 画だけで話をやれと! モノローグが入ったら減点! みたいな(笑)。でも、心情を語るモノローグが多い漫画や小説を映像にするときにはどうしても入れざるを得ないシーンは出てきてしまいます。よっぽど画で伝えようとすれば伝わるんですけど。アニメとかだとモノローグのハードルが比較的低いですが、実写のモノローグはやはり難しいですね。それは今後の課題かなと思ってます(笑)。

実写と百合の相性

—— ありがとうございます。ここまでのお話は実写作品全般に共通するものでしたが、女性二人の関係性を扱う上で、実写ならではの強みなどはあるでしょうか。

佐野 身体的な「生っぽさ」はやっぱり実写ならではだと思います。でも「生っぽさ」が出ればそれでいいかというと……。それは皆さん[インタビュワー]の流派にも関わってくると思うんですけど(笑)。

—— 弊会も一枚岩ではないです(笑)。

佐野 手をつないだりとかキスしたりとかの身体の接触は、自分はそれを、なんというか「信じている」わけではなくて。もちろんそういう表現をすることもあると思うし、むしろそれが王道だとは思っているのですが。もっとナイーブな、恋人ではないけど友達以上の関係、みたいなものも現実には多いと思うんです。そういうものを実写で描きたいとは思います。

—— アニメだといわゆる「百合太極図」とよばれるような構図がありますが、実写映画の撮影構図で百合を感じさせるような表現はありますか。

佐野 個人的にはシンメトリーの構図を作ることかなと思ってます。同じバランスで同じ人物が同じところに立っているっていうのは、これからの関係性を予見させるような、この二人は対等でスタートしますよっていうのを見せる構図で、それは百合っぽいと思います。

—— 「Nervous」で服の色が黒と白なのは、ある種の対称性を感じました。

佐野 そうですね。かなり意図的なものです。

「Perfect・Nervous」より

—— 「Nervous」の最後のシーンも確かにシンメトリーで、百合っぽくて結構印象に残りました。

佐野 じゃあ引きで撮るシンメトリーは百合ってことです。書いといてください(笑)。

—— (笑)。つまり、大きな世界の中にいる二人は百合ということでしょうか。

佐野 そうですね。二人だけで完結するように描きました。外の世界を描くことで関係値が薄まるのを危惧したので。狭い世界が彼女たちの全て、そういう極端な描き方です。

佐野監督の遍歴

—— 学生時代にどういったことをされていたのか、佐野監督の背景を教えてください。

佐野 大学は芸術学部の映画学科で映像をずっと勉強していて、そこがまあ特殊でした。映画学科という冠は大きいんですが、映画の監督や撮影のコースは他にあって、映像表現・理論コースといって、脚本コースと映像コース、理論と評論等が一緒になったコースでした。そこは他の監督とか撮影とか演技の子たちと一切関わりがない、ある種隔離された場所だったんです。映画みたいなことは全然できなかったんですよ。それこそアニメーションだったりインスタレーションだったり映像全般みたいなことをやっていました。そこも多分出発点になっていますね。
 卒業制作をするときに他のコースの人たちは映画を作るんですよ。自分たちは個人プレーの中でしか映像作品を作れない。時間とか日数、人員が限られている他のコースと比較して、何を作ったらいいのかとなって、向こうができないような、四季を使った百合をやろうとなったんですよ。そのとき影響を受けたのが、岩井俊二監督の『花とアリス殺人事件』(2015)でした。これが凄くて、よくこんなもの思いついたな、と。単純に話が面白い。それと別に百合とは謳っていない、あくまでも蒼井優と鈴木杏の距離感の話であること。とにかく当時衝撃を受けたので、自分もこういうのをやりたいと思ったのが、スタートだったのかなと思います。

—— 今作を拝見した際、そういう方向なのではないかと感じていたので背景を知ることができてよかったです。やはり大学時代の経験が、今の制作方針の大部分を占めているものなのでしょうか。

佐野 映画をやっている人がいる傍らで、違うものをやらなければいけないというプレッシャーは今もあります。同じことをやってしまうと人員的にも技術的にも勝てないので、何か違うことを、というのをずっと考えて今でも制作をしているところはあります。

影響を受けた作品

—— 先程、影響を受けた作品を伺いました。監督の好きな作品、影響を受けた作品についてもっとお聞きしたいです。

佐野 見る人が見たらどう考えても「エヴァンゲリオン」シリーズの影響を受けてます。「動物園」も「Nervous」もメインタイトルが出るタイミングとか。「動物園」はイントロが先にかかるんですけど、「Nervous」は、人物のセリフや大きな環境音が急にブチ切れてノンモン[音がない部分]になって、メインタイトルがバーンとでる、あたりとかモロです。
 好きな作品……。映画的な好きだと、『逆噴射家族』『新幹線大爆発』、『太陽を盗んだ男』みたいな、昭和期のメチャクチャやっている映画です。今は撮れないものへの羨ましさはあります。今やっている映画は現実と地続きできれいじゃないですか。でもちょっと古い大きい規模感でパトカーが爆発するようなメチャクチャやる映画って今見るとメチャクチャ面白い。言っちゃいけないことを平気で言うし、ものは爆発するし、なんか暴力的だし、自分のやってる作風とは全然違うんですが(笑)。

—— 新幹線大爆発(笑)。確かにメチャクチャですよね。

佐野 やっちゃいけないことは好きです。

—— 実写ならではですね。

佐野 だけど実写が安易に暴力的に走るのは好きじゃないので、「暴力性」と「きれいさ」。そういったもののバランスをとることが大事だと思います。

—— これからの作品作りの展望はありますか。

佐野 やっぱりまだ自主制作の域を出ていないなとは感じているので、どこか出資元を見つけて、製作委員会を組んでしっかり興行としての映画をやっていく、というのは理想としてあります。ただそれをやることによっての小回りの利かなさとか、デメリットもあると思うので、今はまだ自分たちができることをしっかりやろうと思っています。極端に規模を広げるんじゃなくて、例えば今作がヒットしたら、同じ手法に再現性を持たせて次はどういうことができるか、とかは考えています。次はもうちょっと明るい作品を、という気持ちはありますね。

—— 少し言い方はよくないですが、いわゆる「暗い」作品の方が実写に合っていて、反対に「明るい」作品は実写化するのが難しいのではないかと思うのですが、いかがでしょう。

佐野 チャレンジしてみたい気持ちはあるんですけど、どうなるのか保証はできないです(笑)。

今に生きる経験

—— 今までプロデューサーとして作品に携わってきたなかで、学びになったものは何でしょうか。

佐野 少人数でやっているうちは、画作り以外もやらないといけないことが多くて、プロデューサーとして全体のスケジュールなどを調整する力はかなり身に付きましたし、自分の守備範囲が広がったと思います。先の先を見通して人を動かす力とか、最悪のケースを想定して行動する能力とかは、プロデューサーとして働く中で身についた力で、今もそれに助けられています。学生の時は失敗することが許される部分があるので、学生時代にいろいろと学んでおいて良かったなと思います。

—— そのような仕方で制作の様々な部分に携わる監督というのは珍しいですよね。

佐野 そうですね。なので他の監督と感覚が合わないなと感じることもあります。作品制作の内外でテーマや思想的な部分を重視する人が、監督には多いなと感じているんですけど、作品制作には思想以前に視聴層のターゲット想定や視聴戦略などやるべきことがたくさんあると思います。

—— 作品内外での思想が……という話がありましたが、いわゆる百合作品を制作する上では、思想といいますか、政治性に向き合う必要があると思うのですが、そのあたりはどのようにお考えでしょうか。

佐野 そのあたりについてはすごく考えています。ただ、自分の作品は「同性愛」を扱っているというより、あくまでも女性同士の関係値を扱っているというだけで、感覚としてしか現れないクオリアみたいなものを軸に表現したいと思っています。主張だったりとか、そういったものが表現において不可欠だとは考えていません。
 あとは作品が持つ「強度」が大事だと思っています。例えば作品を見た後に「面白かった」で終わるんじゃなくて、もちろんそれでもいいんだけど、やっぱり「もう一回観たい」となってほしくて、それを一つの基準として意識しています。そこに至って初めて、お金を払ってなんらかの付加価値を求めてくれるお客さんに対してやっと制作側が対等に立てる、という風に思っています。

—— 長い時間インタビューにお付き合いいただきありがとうございました。インタビューの最後にこれを尋ねることが恒例になっているのですが、佐野監督にとって、百合とは何でしょうか。

佐野 女性同士の距離感や関係性って男性からすると「分からないもの」だから「憧れ」や「焦がれちゃうもの」、といいますか……。そういう、分からないがゆえの「神秘性」や「美しさ」だと思っています。

—— 最後に、視聴者へのメッセージをお願いします。

佐野 拙作を観て少しでも楽しんでくれたら、何よりです。また今後、もっと色んな人が百合をテーマにした実写の映像作品を作ってくれたら、いいなとは思います。なので、その土壌が豊かになるために少しでも貢献できれば幸いです。

取材:ノーラ、ひがしのねこ、ホドウ、真鯛
構成:ノーラ、ひがしのねこ、yuzati、shin

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