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避けては通れない気候変動と暴力の話


気温と暴力の関係性は以前から指摘されていた


「なぜあなたは暴力をふるったのか」と聞かれて、「暑かったから」と答える人はまずいないでしょう。

しかし、「気温が高くなると、暴力も増える」という関係性は様々な研究で指摘されています(Anderson, 2001)

例えば、気温が高い地域ほど暴力を伴う犯罪の数が多いという傾向が報告されています(Anderson, 1989)。もちろん、貧困率や失業率、年齢の分布など犯罪率に影響を与える主な要素を統制した上でもその傾向は健在です。

また、このような傾向は、特定の国のみに現れるものではなく、世界的に見られるということも分かっています(Marres & Moffett, 2016)

逆に、同じ場所において、どういう時に暴力が増えるかに注目した研究もあります。それらの研究でも、同じ場所で、暑い年(月)はそうでない年(月)に比べ、暴力を伴う犯罪が増えることが報告されています(アメリカのミネアポリスに関してはBushman et al(2005)で、オーストラリアのブレスベンに関しては、Auliciems & DiBartolo(1995)で、フィンランドに関してはTihonnen et al(2017)で関連性が指摘。先進国の研究が多いのは、犯罪統計が充実していることが一因)。


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図:フィンランドにおける気温と暴力を伴う犯罪率との関係性。左のグラフでは、横軸は月間平均気温、縦軸は10万人あたりの暴力犯罪数を表します。右のグラフは、それらを四季や時間の順序を踏まえて調整したものです(Tihonnen et al, 2017)


さらに、「暴力」というほどでもない比較的軽い攻撃行動も気温とともに増えることが知られています。

例えば、アメリカで行われたある研究では、青信号でもなかなか発信しない車に対するクラクションが、エアコンをつけていない車でのみ、気温が高いほど多くなることを明らかにしました(Kenrink & Macfahren,1989)

さらに、実験によって、暑さが攻撃行動に影響を与えていることを示唆した研究もあります。その一つでは、暑い部屋に座らされた人は、快適な部屋に座らされた人に比べて、直後に一緒になった他人に攻撃的に接するという傾向が見られました(Anderson et al, 2000)

このように高温が人間が攻撃行動・暴力を増やしているということは様々な研究に裏付けられているのです。


では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか?


*なお、ここでいう攻撃行動は「(危害を避けたいという意思がある人に対して)危害を加えようとする行為」を指し、暴力は攻撃行動の中でも怪我(最悪の場合死)を伴う深刻なものを指します。

なぜ暑さは攻撃行動を促進するのか?

なぜ暑さが攻撃行動を促すかには様々な説があります。

まず、暑くなるとアドレナリンの分泌量が上がり、そのアドレナリンは(特定の状況では)人の攻撃性を高めるということが考えられます(Miles-Novelo & Anderson, 2019).

また、暑さは不快なので、そのストレスによって、攻撃行動が高まることも考えられます(Miles-Novelo & Anderson, 2019).

さらに、気温によって人の行動が変わることで攻撃行動が増えるということも考えられます。実際に休日と平日で犯罪の数が変わることも知られていて、気温が行動パターンを変えて、それが攻撃行動の頻度に影響を与えている可能性はあります(Anderson et al, 2000)。

これらの説はどれか一つが正しければ他が間違っているという訳ではないので、複合的な要因によって暑さは個人の攻撃行動、そして暴力に影響を与えると考えた方が妥当でしょう。

そして、その影響はこれからの時代大きな意味を持ってくることが考えられます


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図:今後の世界平均気温の予想
温度が上がるにつれて、暴力の数も増える可能性がある。

なぜなら、温暖化が深刻化していけば、暑い年はどんどん増えていくからです。

特にエアコンが普及していない地域においては暑さが暴力に与える影響は無視できないものになる可能性があります。

そればかりか、長期的に気候変動が深刻化していった場合には、全く別の要因によってさらに暴力が増える可能性があります。


気候変動の影響は紛争の遠因となる可能性


その一つが気候変動が紛争の遠因となるリスクです。そのメカニズムの概要は以下の通りです。

1.  気候変動によって干ばつや水害などの異常気象が頻発します

2.異常気象に住む土地を追われた人々は「気候難民」となって別の場所に移住します

3. 気候難民と、元から住んでいた人との間に緊張関係が生まれます。水や食料など不足している資源があれば特に危険でしょう。

4. それが武力紛争に発展することがあります。

実際に、このようなメカニズムがシリア内戦の遠因として指摘されています(Kelly et al, 2015)

もちろん紛争は様々な政治的・経済的要因によって起こる複雑なものなので、気候変動が主原因となって世界中で紛争が起こるという考えは単純すぎるでしょう。

しかし、農業に依存し、経済が後進的で、政治的にも問題を抱えるなどの悪い条件がそろうと、気候の変化は紛争の増加につながるということが指摘されています(Koubi, 2019)

また、気候が紛争に及ぼす影響が弱くても、安定した気候ではかろうじて紛争にならなかった緊張関係が、気候変動の影響によって、紛争に発展するという可能性は十分にあるのではないでしょうか。

そういう点で、気候変動の影響が暴力、最悪の場合戦争を生む土壌になるリスクには真摯に向き合う必要があります。


気候変動の影響で、子供が攻撃的に育つ可能性


見落とされがちなことですが、気候変動の影響は一代限りではありません。劣悪な条件で子供時代を過ごすと、その人の成長に大きい影響を与えます。

胎児や幼い時に栄養失調を経験すると、子供が攻撃的に育ちやすいことは様々な研究が報告していることです。

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オランダ飢餓の冬で栄養失調に陥っている子供

最も有名な例は、第二次世界大戦中、ナチスドイツが西オランダをの食料補給路を遮断し飢餓に見舞われたとき(オランダ飢餓の冬)に生まれた子供は、遮断が終わった後、母親が十分な食料を手に入れられたときに生まれた子供に比べ、反社会性パーソナリティ障害のリスクが2.5倍に増えたという研究でしょう(Neugebauer et al, 1999)

もちろん、これは戦時の特殊な状況下にのみ現れる現象ではなく、栄養失調が子供の攻撃性に与える影響は平時でも見られています(Liu et al, 2006)。

そして、気候変動が農業や、フードセキュリティー(人々が食料を十分に手に入れられること)に与える影響は以前から懸念されています。

気候変動が一因となって増える干ばつや水害によって食料が十分に手に入らない人が増えてしまうと、長い目で見たとき、反社会的で攻撃的な人も増えてしまうということが考えられるのです。


平和と安全のための「投資」としての気候変動対策


このように、温暖化が進めば、人間の暴力は増えていく可能性が高いと考えられます。第一に、気温の上昇が個人の攻撃行動・暴力を増やし、第二に気候変動の影響は集団間紛争の遠因となり、第三に子供の成長に影響を与えることで暴力を長期的に増やす可能性があります。

もはや温暖化・気候変動は安全保障上・治安上の脅威だと言っても過言ではありませんし、実際にペンタゴンもそう考えているようです。


それを避けるためには、温室効果ガス削減で気温上昇の幅を抑えるにせよ、温度上昇によって食料危機が起きたり、紛争が起きたりするリスクを減らす手段を講じるにせよ、高温と暴力の関係を直視し、さらなる研究を注視する必要があります。

もしかすると、最新兵器を購入するより、再生可能エネルギーに投資した方がよっぽど人々の安全を守れる時代が来ているのかもしれないのですから。

参考文献

Anderson,C. A.(1989). Temperature and aggression: Ubiquitous effects of heat on occurrence of human violence. Psychological bulletin, 106, 74.

Anderson,C. A.(2001). Heat and violence. Current directions in psychological science, 10, 33-38.

C. A. Anderson, Anderson,K. B., Dorr,N., DeNeve,K. M., & Flanagan,M.(2000). Temperature and aggression. In Advances in experimental social psychology. Elsevier, pp. 63-133.

Auliciems,A. & DiBartolo,L.(1995). Domestic violence in a subtropical environment: Police calls and weather in brisbane. International journal of biometeorology, 39, 34-39.

Bushman,B. J., Wang,M. C., & Anderson,C. A.(2005). Is the curve relating temperature to aggression linear or curvilinear? assaults and temperature in minneapolis reexamined.

Kelley,C. P., Mohtadi,S., Cane,M. A., Seager,R., & Kushnir,Y.(2015). Climate change in the fertile crescent and implications of the recent syrian drought. Proceedings of the national academy of sciences, 112, 3241-3246.

Kenrick,D. T. & MacFarlane,S. W.(1986). Ambient temperature and horn honking: A field study of the heat/aggression relationship. Environment and behavior, 18, 179-191.

Koubi,V.(2019). Climate change and conflict. Annual review of political science, 22, 343-360.

Liu,J. & Raine,A.(2006). The effect of childhood malnutrition on externalizing behavior. Current opinion in pediatrics, 18, 565-570.

Mares,D. M. & Moffett,K. W.(2016). Climate change and interpersonal violence: A “global” estimate and regional inequities. Climatic change, 135, 297-310.

Neugebauer,R., Hoek,H. W., & Susser,E.(1999). Prenatal exposure to wartime famine and development of antisocial personality disorder in early adulthood. Jama, 282, 455-462.

Tiihonen,J., Halonen,P., Tiihonen,L., Kautiainen,H., Storvik,M., & Callaway,J.(2017). The association of ambient temperature and violent crime. Scientific reports, 7, 1-7.



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