歴研部員「橘の君」事件簿【第3話】消えた妖刀 Ⅲ
「こりゃぁ…」
「すごっ…」
銃弾の跡を見て誰もが息を呑んだ。
「熊本市田原坂西南戦争資料館」の手前には当時の土蔵が復元されている。
白い壁の蔵は銃撃によって漆喰が剥がれ、あるいは大きな穴があいて、見るも無惨な姿だった。
想像を絶する銃撃戦の激しさを目の当たりにすると、やるせない気持ちになるのだろう。
同田貫と波平
資料館ではさまざまな展示物や資料を見ることができる。なかでも「体感展示室」はジオラマやミニシアターで戦いの様子が再現され圧巻だ。
「ねえ、これを見てちょうだい」
流れに沿って観覧していると里中さんが声を上げた。
「地元の小学生や中学生たちが調べた資料だけど、なかなか興味深いのよ」
それは常設展示物ではなく、子どもたちが自分で学習した結果をまとめた模造紙なのだ。さすが部長だけあって目の付け所が違う。
里中さんが要点を話したところ、官軍と薩摩軍が用いた刀剣には特徴があるらしい。
新政府は廃刀令によって軍人や警官以外は、武士であろうと帯刀を禁じた。いわゆる「刀狩り」である。
これに士族たちが反発した。特に薩摩藩は藩主・島津久光が最後まで帯刀をやめなかった。
士族の不満がますます高まり、廃刀令が出された翌年に西南戦争が起きる。
薩摩軍は廃刀令に従わなかったため、田原坂の戦いではそれぞれの家にあった先祖代々引き継がれた刀を使うことができた。
その一つが「波平」だ。
波平行安は鎌倉時代から薩摩の刀工として知られる。彼を初代とする波平派による刀剣は室町時代にかけて作られた。
一方で官軍は手持ちの刀がなく主に「銃剣」を使った。警察官などによる抜刀隊は玉名あたりで急遽、刀を手に入れたらしい。
熊本の玉名は腕利きの刀鍛冶たちで知られ「同田貫」派を名乗った。
初代の同田貫上野介正国は加藤清正公に認められたほどだ。彼が鍛えた刀は堅硬なことから「カブト割り正国」とたとえられた。
「だから銃の展示物が目立つんだっ!」
心なしか元気がなかったアンナちゃんの表情が明るくなった。どうやら刀剣の展示が思ったより少なくて疑問に感じていたらしい。
「同田貫と波平だったら『刀剣乱舞』にも出てくるからよく知ってますー」
彼女はキャラクターについて語ろうと勢いづくが、部長に出鼻をくじかれてしまう。
「もっとじっくり学びたいところだけど、次の目的地に行かないと。さぁ、車まで急いで」
刀鍛冶と「妖刀秘話」
車中では里中さんから『大牟田「刀剣イベント」2024』について簡単な説明があった。
「新開さん、さっきは話の腰を折ってごめんね。大牟田と刀剣の関わりについては詳しいでしょっ」
説明を終えてから声を掛けた里中さん。『刀剣乱舞』のキャラクターについてうんちくを披露できず肩を落としていたアンナちゃんを気遣うあたり、リーダーの器を感じさせる。
「はいっ。大牟田市と言えば平安時代後期から活躍した初代・三池典太光世による三池派や、江戸時代・天明の頃から柳河藩で活躍した四郎國光の一門が有名です」
よかった。アンナちゃんがいつもの元気を取り戻したようだ。
「私はやっぱり三池典太光世の作で天下五剣の一つとされる名物・大典太が好きかなぁ~」
「“大典太”こと三池典太光世は、足利将軍家が代々宝剣としたのち豊臣秀吉の手に渡り、巡り巡って前田利家に贈られて家宝としたという説があるわよね」
里中さんが補足すると、アンナちゃんも負けてはいない。
「“大典太”は秀吉の養女・豪姫の大病を治したといわれます。また前田利家が伏見城の廊下に魔物が出ると聞き、“大典太”を持って肝試ししたところなにごとも起きなかったそうです。霊力があるという意味で“妖刀”ともいわれるんですよ」
有名な「妖刀村正」は徳川家に災いを起こすことからそう呼ばれるようになったという説がある。アンナちゃんから“大典太”の逸話を聞くと“妖刀”たる由縁は災いを起こすことばかりでもなさそうだ。
女子を中心にそんな話題で盛り上がるうち目的地の会場が見えてきた。
「ここでは15時まで60分間の自由行動とします。各自で興味を持ったことを学んでちょうだい。帰りに車の中で交流するからそのつもりでね」
イベント会場の入り口で里中さんが説明すると、それぞれ散らばって物色しはじめた。
私がどうしたものか迷っていると…
「ねえねえ、ちょっとつきあって」
アンナちゃんが私の腕を引っ張るように誘うので、ついていくことにした。
『刀鍛冶職人が実演』と書かれたエリアに向かったが、次の実演がはじまるまでずいぶん間があった。
私はそんなに待つ余裕はないから諦めるだろうと踏んだが、彼女は意に介さず実演会場の方にずんずん入っていく。
「いたいたっ。松尾のおじちゃん、お久しぶりです」
「おうっ、オオデンタのお姉ちゃん。よう来たね」
アンナちゃんは白い作務衣のような服装をした50代ぐらいのおじさんと気軽に挨拶を交わす。
「今日は新顔の刀剣女子と一緒やね」
おじさんが私のことをそのように見たため、アンナちゃんが紹介してくれた。
「おじさん、私この春から大学生になったの。こちらは同じ歴史研究部の立花寺君枝さんよ」
「おお、そうかい。刀剣好きな中学生が高校生になったと思えば、もう大学生かっ。おっちゃんも年を食うはずたい」
松尾さんは大牟田で活動する現役の刀鍛冶だ。気さくなおじさんで、次の実演まで時間があるからコーヒーをおごってくれるという。
私たちは飲食コーナーでカップに注がれたコーヒーを手に持ってテーブルに着いた。
「松尾さん。なんかおもしろい話はないと?」
アンナちゃんがおもむろに切り出した。先ほどのやりとりを聞いていると、彼女は中学生の頃から刀剣女子としてイベントや展示企画を見てまわり、松尾さんと顔馴染みになったことがわかる。だからタメ口で会話できる間柄なのだろう。
「それがたい。かみさんからは誰にも話したらいかんて釘を刺されとるけど…俺は聞いて欲しかったい」
「ストレスを溜め込むと精神衛生上良くないっていうし。私たちでよければ聞くわよ」
おいおい“私たち”って勝手に巻き込まないでよ…。私はアンナちゃんの言い草に納得できなかったが、松尾さんが吐露した内容には興味を引かれた。
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田原坂の戦いがあった頃の話だ。戦場となった辺りの民家に、瀕死の傷を負った薩摩兵が倒れるように逃れてきたという。
「おいはこん戦で敵の官軍を数えきれんほど斬った。こん刀はそれだけの血を吸ってもうおいの手には負えん。筑後にはかつて三池典太光世を鍛えた刀工の一派がおると聞く。そん刀鍛冶にあずけてもらえんやろか。妖刀にならんごつ打ちなおさんと怖ろしかことになっど…」
薩摩兵はそう言い残して息絶えたそうだ。
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「すごい!おじさん、それって実話なのよね?」
アンナちゃんが身を乗り出すようにして確認した。
「で、その刀はどうなったんですか?」
私も続きを知りたくなった。
「その刀をあずけられたのがうちの先祖やったったい」
「それで?」
「打ちなおしたんですか?」
私たちは松尾さんの気持ちも考えずに先を急いだ。今思えば申し訳ないことをしてしまった。
「それがたい。名刀といわれる波平やけんなぁ、なかなか自ら手を加える気になれんかったちゃろう」
「じゃあ、そのまま保管してるんだ」
アンナちゃんの目が輝いたように思えた。見られるかもしれないと期待を膨らませたのだろう。
「それがたい。事情が事情やけん、陳列はできんやないね。代々店の奥に祀っとったとよ…」
松尾さんが言葉を詰まらせるので悪い予感がした。
「節分の日やった。波平を祀った神棚に手を合わせようとしたら、刀の影も形もなかったとよ」
「え…」
まさかの展開にどうリアクションすべきか困った二人。
「それってヤバいじゃん」
アンナちゃんが何とか口を開いた。
「警察には届けたけど、今のところ手がかりはない。騒ぎになるから他言するなといわれとる」
「でも、そんな重要な秘密をなんで話してくれたの」
松尾さんはアンナちゃんの質問に答えた。
「オオデンタのお姉ちゃんなら、手がかりを知っとるんやないかと思って明かしたと」
「え?私が!? 知るわけないし!」
アンナちゃんは自分が疑われたと勘違いして動揺を隠せない。
「違う違う。あんたとよく一緒に来よった妹分みたいない刀剣女子がおったろうが」
「あ、ホタルちゃんのことかな。たしか今は高校3年生になったと思うけど…」
「そのホタルちゃんが、正月の松の内が終わった頃にうちの店に顔を出したことがあったったい」
松尾さんによると、ホタルちゃんと刀剣について話すうちについ「波平」のことを口にしたそうだ。
「あんときはかみさんからどえらい怒られてね。『いらんこと言いなさんな!あんたはほんと女の子に弱かっちゃけん!』って」
「わかったわ。ホタルちゃんにそれとなく連絡をとってみます。でも彼女が関係しているかは憶測でしかないから、あとは私にまかせてもらえる」
アンナちゃんが真面目な口調で話すと、松尾さんも真剣な表情でうなずいた。
私とアンナちゃんは言葉にこそしなかったが、考えていることは同じはずだ。
帰りの車中では先輩方がイベントでの見どころや刀剣についての知識を語りあったが、新入部員の耳には残らなかった。
後日、アンナちゃんから電話がかかってきた。
「ホタルちゃんの自宅に行くからつきあってくれる」
断る理由は無かった。
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画像は『無料の写真素材・AI画像素材「ぱくたそ」 一刀両断JKの無料写真素材 作者:マダムはしもと』および『photoAC「写真素材:田原坂古戦場 弾痕の家 作者: hiro71」
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