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きっとまた会えると思って毎日を生きること。会津歌旅5-⑤【アーカイブ2023年5月7日】

■20230507/4日目

会津歌旅4日目、いよいよ最終日。

山が煙を吐いてる

「日本の最も美しい村連合」にも加盟している風光明美かつ豪雪地域でもある奥会津の三島町には、その昔、瞽女(ごぜ)さんが毎年訪れていたらしい。今回お世話になった政人さんさんのおうちは、その新潟からやってくる盲目の女性旅芸人を無償で手厚くもてなした「瞽女宿」でもあったと教えてもらった。

もりもりの朝の食卓 ほんとうにありがたい

ハンディと共に生き抜くために芸を身につけ芸を披露し施しを受け旅を続ける瞽女さんの足元にも及ばないが、俺みたいなしがない歌うたいにこんなにまでしてくださった政人さんと奥様のきめ細かなもてなしに、心からありがとうございますの想い⁠でいっぱいだった。

ありがとうございます

また来てくださいね、私たちはずっとがんばってますから、体に気をつけて、また歌いに、遊びに来てくださいね と政人さんと奥様になんども言っていただけた。
幸せ者だ、俺は。とても。ほんとうに。
ありがとうございます。

4日間の道中では、何箇所も寺社仏閣見学ができた(それも、あそこに行きたいここに寄りたいという俺のわがままを聞いてハンドルを切ってくださった田賀アニのおかげ。ありがとうございました!)。

絶壁!

この日、最後は柳津の円蔵寺(名前がまたイイ!)に寄った。
年輪のような細かな地層があらわな急傾斜の岩盤の上に建てられた本殿の舞台からは只見川が一望でそれはそれは見事な眺めだった。

よーしよしよしよしよしよし・・・・しくしくしく(柑太〜〜〜元気かい〜〜)

しかしその展望台のような眺めの場にぴょこりんといた赤べこに「よーしよしよしよし」とちょけているうちに柑太くんを思い出したりして、なんだかちょっとだけおセンチになった。

田賀アニの車で郡山まで送っていただき、4日間の旅のお礼と再会の約束をしバタバタとお次は新幹線に飛び乗ってビューーーンと宇都宮へ。
途中下車は大学時代の親友・岡田くんに会いに行くためなのでした。
2020年の夏、桐生で歌わせてもらった帰りにも立ち寄ったんだけど、その時の俺は二日酔いと熱中症でふらっふらで・・・何話したか記憶があまりない・・・かたじけない。
でも今回はだいじょぶ!で、近況を報告共有しながらこれからの想いも語り合った。

ものすっごく博学で山と自然を愛する漢でありながらちょびっとオタクでちょけたりもする親友

彼とは浪人時代に美大受験予備校の夏休み講習会で隣の席になったのが始まりで、コンパスを借りた時にあまりにも面白いリアクションで気になる存在になり、その後同じ多摩美に通うことになって以来の親友なのだが、大学を出てからはなかなかリアルに会う機会がなかった。
でもこうして普通にあたりまえにいま目の前にお互いの存在があってリアルにこうして会話ができることが、とてもだいじでありがたいことなんだなぁとじみじみ思い、じわじわととても嬉しかった。
まだまだネタは尽きずずっと喋り続けたかったんだけど、父さんが町田で晩ごはんを用意して俺の帰りを待ってくれているので、彼とはまたいつかの再会を約束して、後ろ髪を引かれる思いで(後ろ髪ないけど)宇都宮を後にした。

東京まで乗った新幹線の名前が「つばさ」だったというのは・・・これまたなんとも出来過ぎだった。

ぼくらは遠く暮らしていても境界線は気にしないから
嬉しい時も悲しい時も 思い出して すぐに行くから
真っ暗な箱の中 もがいてたとき 壁を壊して 助けてくれた
みんなだれかの つばさになるのでしょうね
ぼくはだれかの つばさになれるでしょうか

ありがとうございます、田賀アニ。
ありがとうございます、出会ってくれた人たち。
ありがとうございます、会津。

また 会える日がきっときますように。
そう思って、そう願って、実現できるように妄想も画策もしながら
その日まで ていねいに毎日を重ねていけますように。

いつも心に、愛と平和を。

・・・・・


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