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伝える使命-澤田大樹「ラジオ報道の現場から 声を上げる、声を届ける」を読む(中編)

 TBSラジオの澤田大樹記者による著書「ラジオ報道の現場から 声を上げる、声を届ける」について3週に渡ってご紹介して参ります。前編は森喜朗元総理の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長時代における問題発言への追及をした澤田記者が当該質問、問題発言をどのように考えていたのかについて考察しました。中編では、澤田記者がどのようなスタンスで報道に臨んでいるのか、国会での取材の観点からご紹介して参ります。


専業ラジオ記者

ラジオ記者の取材範囲

 元総理という肩書を背景に東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長として権威主義的に振舞っていた森喜朗の問題発言に対し、向かい合って質問を続けた澤田の姿勢はどこから来るのだろうか。私は澤田がTBSラジオ記者という記者の中ではマイナーな存在であることが一つの理由であると考えている。

 澤田はラジオ記者の環境について、ラジオ局の経営状況があまりよくないためスタッフ自体の数が少ないと語る。そのため、TBSラジオにおける専業記者は澤田1人だけであるという。(※1)澤田は、ラジオ記者に求められるのは、新聞、テレビ局のように政治部、経済部など部門ごとに分ける専門性よりは、軽快なフットワークと幅広く世の中に関心を持ち続けること、目の前の事象を素早く解釈して言語化して、音声で放送に乗せる能力であるとする。(※2)政治部、経済部といった一つの分野に留まることによって視野が狭くなる弊害から自由であること、映像、視覚に訴えるのではなく、事象を言葉の論理性で表現することが重視されていることが理解できる。

澤田の国会取材の特徴

 視野の狭さの弊害から自由であろうとする澤田の視点は国会における取材姿勢に表れている。国会取材は新聞、テレビであれば政治部記者が行うものであるが、その場合でも与党担当、野党担当と別れている上に自民党の場合は党内の派閥ごとに記者を配置する番記者を採用している。番記者は政治家からの特ダネ情報などが欲しいという思惑などがあり、政治家との人間関係の円滑性が求められ、癒着、馴れ合いが起こりやすいほか、自分の興味がない分野には取材をしないという弊害がある。(※3)

 これに対し、ラジオ記者の場合絶対数が少ないため、与党、野党といった枠に留まることなく取材をすることが余儀なくされる。(※4)したがって派閥ごとに記者が分かれることで、記者自身が派閥の論理、その政治家の論理に染まる問題から性質上自由になりやすいこともわかる。また、澤田自身が家庭での育児を優先していること、酒が苦手であることから、政治家との飲み会による懇談にほとんど参加しないこともあり(※5)、政治家との癒着、馴れ合いが起こりにくいというのもあるだろう。ただ、飲み会の懇談会が少ないことは相対的に昼間に会いやすい女性議員と話を聞く機会が多くなり、生活にまつわる個別具体的な政策やジェンダー平等のあり方を訊ねるなどしていると語っている。(※6)政策中心の質問をしている意において、澤田の姿勢は政治を取材する記者の本来の姿であると言えよう。

 澤田は、取材において政治記者にありがちな独自ネタとして政局がらみの内容を求める傾向について距離を置き、政治家がどのような政策を実行しようとしているかをリスナーに伝えることが生活にとって大切であると指摘する。そのため、メディアで初めて自身が報じた森友学園問題など隠されていた問題を白日の下にさらすことや、国会質疑を通じた政府、大臣の思惑、個々の法案が持つ問題点などにおける取材に重点を置いているという。(※7)

 澤田自身も、リスナーの反応から、政策について細かくしっかり報じることの需要が高まっているのではないかとも語っている。実際、TBSラジオ番組「Session」で政局にまつわる特集をしていた時にリスナーの反応は次のようなものであったという。

 私がディレクター時代に「Session」で政局にまつわる特集をした際、すでにネットやメールの反応は芳しくなかった。「いつまで政局報道をやっているのか。それは私たちの生活にとって本当に重要なのか」と問われているような気がした。むしろリスナー=世の中が求めていたのは政策論争や国会論戦中心の報道だったのだ。時代の変化を感じる出来事だった。

澤田大樹「ラジオ報道の現場から 声を上げる、声を届ける」 P68

ラジオはその性質上リスナーとの距離が近く、リスナーと番組スタッフとのキャッチボールで成り立っている双方向的メディアの色彩が強い。澤田が政局よりも生活者視点での政策を中心とした取材となるのはラジオでの反応を直に感じている表れであると言えよう。

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 いかがだったでしょうか。次回後編では、澤田記者の政治家に対して臆さない姿勢、ラジオにおける報道観についてご紹介して参ります。 

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脚注

(※1) 澤田大樹「ラジオ報道の現場から 声を上げる、声を届ける」 P70 亜紀書房

 なお、同じくTBSラジオ記者として活躍している崎山敏也はテレビの別部署と兼務している記者である。(澤田「前掲」P70)

(※2) 澤田「前掲」 P71~P72

(※3) 澤田「前掲」 P74~P77

(※4) 澤田「前掲」 P75

(※5) 澤田「前掲」 P141~P142

(※6) 澤田「前掲」 P142 

(※7) 澤田「前掲」 P142~P143

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