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その給料は働いて得たものじゃない(2021/某日#3)

「あの……こまえさん……」

 弁護士からの着信に慣れることはないと思う。

 季節は時間と共に流れている。この時期にはもう、立て直すために這い上がろうとしているはずだった。周囲が連休やイベントに盛り上がり華やかになっていたとしても、私には視界に入っていても見えていなかった。

 見える世界に色がなかった。

 私が携帯電話の呼び出しに応じた時、弁護士は暗い声で冒頭の言葉を吐いた。

「今月も記帳が出来なかったんですが……」

 人生初の『給与の遅配』を経験した私は、この弁護士の言葉に深いため息が出た。電話口でそんな、失礼なことをしちゃいけない。そう思ったのは一拍置いてからだった。

 結局前回の遅配のときは確かに月内に支払いされたものの、今回のこれに関する説明らしい説明はなかった。つつくことがなければ、そのまま何も言わずに流すつもりだったのだろうか。

 そのつもりだったようだ。

 弁護士の連絡を受け、私は再び自社の社長に連絡をした。

 正直言って、あんまり覚えていない。同じことを言われたのだと思う。

 曰く、

「会社の口座にお金がなくて」

「入金されたらお支払いしますから」

 この辺り。

 口座の残高を確認することは出来るのだろう? ならばどうして、事前に「給与の支払いが遅れること」を連絡しないんだ? 電話が無理ならメールがあるだろう。むしろそちらの方が効率よくないか? 私以外にも社員はいるのだから。

 給与が入るはずの日に入っていないから、そして連絡がないからこちらは困っているし不安なのだ。

「うー……」

 こんなことを相談することができる人がいるか?

 親や家族? どうせ家に帰ってこいとなるぞ。実際言われている。また無賃家事手伝いになるのか?
 親戚にも言えない。親戚から家族に伝わったら同じことだ。
 友人に金の話は出来ない。
 生活保護に言ってもなにかが変わるわけはない。
 弁護士はコトの事情を知っているが、何らかの影響力を持っているわけではない。自己破産したのは私の都合であって、この会社に入社したのは私であり、ここに弁護士が口を挟むことは出来ない。弁護士は保護者ではないのだ。

 有識者に相談するにはお金が必要だ。だが、そのお金が振り込まれないのである。

 ※ただ、落ち着いてきちんと調べれば、時間制限有でも無料で相談に乗ってくれる窓口はあると思う。いまだからそう思えるんだ。

 数日後、メールが届いた。社長からだった。

「給与をお支払いしました」

 ほっとした。この一文だけで今度は安堵の深い深いため息が出た。

 しかし次の一文で凍り付いた。

「親会社のポケットマネーから出していただきました」

 は?

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