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橋本徹(SUBURBIA)×山本勇樹(Quiet Corner)『Incense Music for Bed Room』特別対談

350枚以上のコンピ監修を手がけコンパイラー・ライフ30周年を迎えた選曲家の橋本徹 (SUBURBIA)による“香りと音楽のマリアージュ”をテーマにした心安らげる新コンピ・シリーズ「Incense Music」スタートを記念して特別対談が実現!

V.A.『Incense Music for Bed Room』

コンパイラー・ライフ30周年を迎えた橋本徹(SUBURBIA)さんが満を持して手がける新コンピ・シリーズ「Incense Music」の第1弾『Incense Music for Bed Room』が3月13日にリリースされました。今回のシリーズは“香りと音楽のマリアージュ”がテーマということで、日常生活のリラックスした空気や親密な雰囲気の中に、様々なジャンルの曲が気持ちよくミックスされた素晴らしい内容に仕上がっています。そして今作もまた、選曲の妙はもちろんのこと、プレイリストでは味わえない曲順&曲間の心地よさが、プロダクトとしての魅力を最大限に引き出していて、ジャケットのアートワーク、マスタリング、エクスクルーシヴの新録音源においても、橋本さんのただならぬこだわりと意気込みが感じられます。個人的には、“サバービア~カフェ・アプレミディ”の原点ともいえるシチュエイションや気分に寄り添った空間BGMを現代的にアップデイトさせた、非常に密度の濃い選曲になっていると思います。
今回は、そんな「音のアロマセラピー」のようなコンピCD『Incense Music for Bed Room』の発売を記念して、監修・選曲を手がけた橋本徹さんと、山本勇樹による特別対談をお届けします。

山本勇樹

”香りと音楽のマリアージュ”をテーマにした
心安らげる新コンピ・シリーズ誕生のいきさつ

山本 「Incense Music」の第1弾ということで、新しいコンピ・シリーズとしては久しぶりのスタートですね。

橋本 そうですね。新たなコンピレイション・シリーズということでオファーをいただいたのは、「Good Mellows」以来なのかなと思います。「Good Mellows」以降はすでにあるシリーズの最新エディション、もしくは集大成みたいなものを作っていた感じなので、ゼロから立ち上げたのは結構久しぶり、2015年に「Good Mellows」シリーズを始めたので9年ぶりになるのかな。

山本 まずは簡単に、今回の企画が始まった経緯をお話ください。

橋本 これはアート・ディレクターのFJDこと藤田二郎くんの方に、インセンスミュージックワークスの代表の崎山市郎さんから連絡があって、「橋本さんとお仕事がしたいという相談があったんですけど、どうしましょうか?」と、彼から電話をもらったのが始まりで。僕の選曲とFJDのアートワークでコンピレイションを作れないか、という相談をいただいたのが去年の10月でした。崎山さんは「Good Mellows」や「Mellow Beats」のシリーズがお好きだったそうで、音楽的にはそういうものをイメージしながら、今は以前みたいにCDだけではないビジネスモデルを会社として考えていて、コンピCDと、そこに新録音源も2曲ぐらい制作して、7インチも切って、配信とさらにアナログLPもリリースするスタイルで、リクープ・ラインをこえていけそうという青写真を描いているから、2024年にご一緒できたら嬉しいというお話を最初の打ち合わせでいただいて。彼のもともとのアイディアは、実はこのコンピの後に今年の夏前と夏の終わりにリリースを予定してるんですが、「Good Mellows」の発展形みたいな、シーサイドとかチルアウトとか、サンセット・タイムなんかをイメージしたような発想だったんです。結局そちらは夏が近づいたらやりましょうということになったんですけど、僕の方では、藤田くんから「インセンスミュージックワークス」という会社だと聞いたときに、すぐ閃いて「インセンス」と「ミュージック」だったら、香りと音楽をテーマにコンピレイションを作れば必然性もあって良いんじゃないかなと連想ゲーム的に思ったんです。結婚して妻のおかげで50代にしてアロマの魅力に気づいたりもして、生活の中で「香りって、音楽と同じぐらい日常の幸せにとって重要なんだな」と感じたりしていたこともあって。でも実は電話で藤田くんと話をしたときには、インセンスミュージックワークスのインセンスがINCENSEだと思いこんでたんですけど、会社名はINSENSEだったんです(笑)。その辺の名前にこめた思いもゆくゆく聞いてみたいと思ってるんですが、その良い意味での誤読というか、電話でお話を聞いたことによる勘違いから「香りと音楽」というテーマが生まれたんです。今は世界各地で戦火も絶えないし、地震やいろんな災害もあるし、政治の腐敗もすごいし、レコードも円安でものすごい高値になっていたり(笑)、コロナもありましたし心休まることがないんですが、そういう世の中で、ちょっと心が安らいだりできる時間のお供になるようなコンピレイションがあればいいなって思ったんですね。それで「香りと音楽のマリアージュ」をテーマに、空間、つまり時間でもあるんですが、「Bed Room」「Living Room」「Dining Room」というシチュエイションを想定しながら、まずは3枚ぐらいのコンピ・シリーズとして始めてみましょうか、というのが10月に最初にレーベルにうかがったときにしたお話でした。

2024年に聴いてフレッシュかつエヴァーグリーンな
心地よくリラックスできる現在進行形ライフスタイル・コンピ

山本 僕は、今回の新しいテーマが「香り」ということを聞いて、選曲リストはまだ見ずにそのテーマから感じたのは、非常にアプレミディらしいなということでした。橋本さんのセレクションは、例えばパーティーとか、フロアと結びつくようなコンピレイションCDももちろん素晴らしいんですけど、リラックス系というか、ライフスタイル系のコンピも大好きなので。

橋本 熱く盛り上がるという感じとはまた違ったラインでも、30年間コンパイラー・ライフを続けてきて、今までにもいくつかそういうアプレミディらしい切り口はありましたね。山本くんはそっちのテイストにもすごく反応してくれて、サポートしてきてくれたイメージがあって、いつも感謝してます。

山本 例えば、アプレミディ・レコーズの「音楽のある風景」シリーズもそうなんですけど、それ以前で言えば橋本さんが渋谷のPARCOでやられていたセレクトショップ、アプレミディ・セレソン的な世界観にも近い印象でした。

橋本 そうですね。ライフスタイルと音楽を結びつけるっていうことは、僕もアプレミディを通していろいろやってきたし、今回のインセンスミュージックワークスというレーベルも、MAISON KAYSERやGODIVA cafeなどのショップBGMを通してそういうことを提案してきていたので、なんかそこはシンパシーを抱き合える関係かなと思った信頼感は大きいです。

山本 とはいえ選曲の内容はですね、資料で拝見しましたら録り下ろしの新曲2曲はもちろんなんですけど、なんていうか、やはり更新されているというか、橋本さんの今の空気感やムードをしっかり切り取りながら、選曲に反映されているんだなと思いました。

橋本 やっぱり2024年に出るコンピレイションとしての説得力、今を生きている空気は大切だなと思って。30年間選曲を生業にさせてもらってきた中で、2024年に提案するならこういう感じがフレッシュでありエヴァーグリーンだなと思うセレクションにしたから、割と新旧さまざまな音源が混ざってますね。

山本 そうですね。もちろんヴァラエティーに富んでいるんですけど、全体的な空気感としては「Good Mellows」を通過している部分は結構感じられました。そういった意味では、例えば現在進行形で街やクルマの中やお店で鳴ってもBGMとして非常に心地よいと思います。

橋本 そうですね。そういう選曲になってると思います。第1弾は「Good Mellows」「Mellow Beats」と「素晴らしきメランコリーの世界」のミックスという印象かもしれませんね。僕の中では3つのシチュエイション、「Bed Room」「Living Room」「Dining Room」がある中で特に今回は、香り=Incenseと音楽=Musicのマリアージュをわかりやすく伝えたいなという思いがあったんです。だから「Bed Room」は比較的クワイエットでエレガントなテイストというのが特徴かなと思ってます。

山本 橋本さんが以前コンパイルされた「音楽のある風景」シリーズのサロン・ジャズ・ヴォーカルを集めたCD(『食卓を彩るサロン・ジャズ・ヴォーカル』『寝室でくつろぐサロン・ジャズ・ヴォーカル』)を出されたときに、「自分にとってBed Roomはとても大事な心地よい場所で、そこで音楽を聴く時間が幸せ」とおっしゃってました。

橋本 とても大切なんです。基本的には家で横になってる人間なので(笑)。

山本 そういった意味で今回のセレクションを見ると、橋本さんのプライヴェイトなリスニング・スタイルも反映されてるのかなと思います。

橋本 もちろんそうなんですけど、実はすごく意識したのは、そういうコンセプトのときに自分に入りこんでしまう傾向があって、とても内省的だったり真夜中に独り聴くような音楽をチョイスしがちなんだけど、ぎりぎり二人以上で流していても親密になれる雰囲気でしたね。約80分収録のトータルで見たときに、読書のBGM的にも最適な、かなり落ち着いたトーンの曲も混ぜているんだけど、基本的には二人で聴いて親密な時間・空間になる選曲にしたいって気持ちが、通奏低音として流れていると思います。なぜかっていうと、そもそも今回のコンピの発想の源になったのがFKJの「Ylang Ylang」っていう曲なんです。「Ylang Ylang」って、寝るための静的な香りというよりは、ベッドルームで親密な二人が親密な時間を過ごすために効果がある香りで。それが発想の源にあったから、「Bed Room」っていうと、ぐっすり眠れる音楽とか、眠りにつきやすい音楽っていうイメージもあるかもしれないけど、もうちょっと「Bed Room」という言葉にはセンシュアルなニュアンスも含ませているんです。そういう色気のあるニュアンスも大切にすることが自分の選曲では大事にしていることだったりするので、ベッドルームで眠ったり読書したりというときにもかけられるんだけど、好きな人といるときに、恋しさが募るというか、色っぽさとか人肌の温もりを感じられる音楽として、アートワーク含めたCDプロダクツとして魅力のあるものであってほしいなということは思っていました。

山本 プライヴェイトな印象ですけれども、カフェやレストランやバーといった、大人数というよりは少人数が集まる親密な空間に絶対に合うんじゃないかなと思います。

橋本 バーなんかは特に良いですよね。そこが自分の中では大事なところです。単なるアンビエントだったり、単なるポスト・クラシカルであったりを並べるんじゃなくて、80分の時間と空間の流れの中で、「静」だけじゃなく「動」の部分もあるということをすごく意識していて。もしそうじゃなかったら普通にミニマルでミニマムな音楽を流せば眠れるだろうし、読書の邪魔にならないだろうけど、言ってみれば「人間」ということを、最も大切にしていて。もう少し情感が動いたり、心のひだが震えるような場面が訪れる選曲、時間演出を意識しています。

美しいアンビエント~ジャズの連なりからNujabes盟友の新録音源
Uyama Hiroto×ファラオ・サンダース+haruka nakamura×ビル・エヴァンス

山本 それでは実際にそのセレクションに選ばれた曲について、橋本さんのコメントをいただきたいと思います。なんといってもオープニングからの流れ、特に4曲目までの流れに非常にこだわりが感じられます。

橋本 そうですね。ここは自分の曲順の組み方がすごく出てるなと思います(笑)。さすが長年聴いてくれている山本くんの感じ方ですね。静かに立ち上がってはいるんだけど、今回の新しいコンピレイション・シリーズのスタートに相応しい曲って何だろうと思ったときに、曲名が「First Light」ということもあるんだけれど、ハロルド・バッド&ブライアン・イーノを選びました。二人ともアンビエント・ミュージックのレジェンドで、このコンピを象徴するに相応しい存在ですよね。二人が作り上げた名盤は僕自身もプライヴェイトで愛聴してきて、特にこの曲の入った『Ambient 2』は正直、歴史的名作の誉れ高い『Ambient 1 (Music For Airports)』よりよく聴きました(笑)。自分が今回、一番わかりやすく「こういうことがしたいんだよ」というのを託せる曲であり、ピアノ・アンビエントの金字塔と言いたいですね。だからまずこの曲を提示して、そこから少しずつ情感が震えるような方向に持っていければと思って、マリアン・マクパートランドの「A Delicate Balance」が2曲目になります。最近、野球でも2番に最強打者を置いたりしますからね。そう、今年のドジャースの打順を組むような感じで、ぜいたくに前半の流れを組んでいけました。となると、これは大谷翔平かな(笑)。それぐらいレーベルの担当者がアプルーヴァルを頑張ってくれて、制作音源の方も素晴らしいアーティストに参加してもらえる環境を作ってくれたおかげで、すごい上位打線になってますね(笑)。実はマリアン・マクパートランドは20年ちょっと前に『Concord for Apres-midi Grand Cru』というコンピレイションに選曲したことがあって、その後もここぞというときの選曲の定番にしてきました。ピアノの澄んだ美しいフレーズとストリングスが本当に清らかで素晴らしくて、『Silent Pool』という1997年のアルバムからですが、今回こういうコンセプトでやろうと思ってデザイナーの藤田くん(FJD)からジャケットの原案を見せてもらったときにも、「A Delicate Balance」だと思いましたね。これはキーになる曲だなと確信して。UNIVERSALからのライセンス音源なんですが、無事にOKをいただいて入れることができて、とても嬉しかったです。

山本 僕も橋本さんがこの曲をまたコンピに入れるというのに驚いたんですけど、すごく嬉しかったです。

橋本 今回「心が安らぐ」とか「心が休まる」ということが重要だったんですが、この曲はそれをこえて「心が浄化される」ような気持ちになれる曲ですよね。20年ちょっと経って、もう1回この曲の真価みたいなものを提示できるなっていう嬉しさもあって、実際「Apres-midi Grand Cru」のコンピに入れたことからもわかるように、品のよいサロンとかレストランやバーで鳴っていても最高に合う曲で。こんなにも優美で気品のある曲があるってことを今回のコンピレイションをきっかけにまた伝えられたらという気持ちもすごくありました。曲名の「A Delicate Balance」も今回のコンピを絶妙に象徴している言葉ですよね。

山本 最初に「香り」がテーマとお聞きしてアプレミディらしいなと感じたのは、この選曲の裏テーマというか、透かしたところに、「Apres-midi Grand Cru」シリーズのConcordやドイツのMPS、Blue NoteやイタリアのCamとか、そういった記憶がうっすらと見えたからかもしれませんね。

橋本 やっぱり最新コンピは30年間の歩みの結晶というか、ベスト・セレクションのひとつでもあるんですよね。そういう意味でもマリアン・マクパートランドをセレクトできたのは、「やった!」という感じはありますね。

山本 あのストリングスが入ってくる瞬間を聴くとすごく幸せな気持ちになれます。

橋本 うん、あの瞬間ですね。そう言ってもらえると嬉しいです。それとあのピアノの音色、多くの人に伝わってほしいですね。それこそ「Quiet Corner」とかで静かな良い音楽に関心を持たれた方に、再プレゼンテイションできる素晴らしい機会になったなと思います。

山本 僕は橋本さんのコンピで20年前に聴いて、「Quiet Corner」も多大なる影響を受けましたから(笑)。

橋本 ありがたいです。聴かせたい感が出てるでしょ? 2曲目に置いた感じが。ハロルド・バッド&ブライアン・イーノからマリアン・マクパートランドというのは、どういう選曲がしたいのかが伝わる部分だと思いますね。

山本 オスカー・ピーターソンの「Wandering」とか、まさにあの頃の「Apres-midi Grand Cru」のテイストに通じますよね。大好きでした、あの感じ。そして今回の目玉とも言っていいと思いますが、Uyama Hitotoさんとharuka nakamuraさんの新録2曲ですね。

橋本 コンピレイションを30年間で350枚以上作ってきたわけですが、新録音源をコンピのテーマに合わせて制作するという機会は、これまでそんなに多くなくて。1枚まるごとやったのは『ジョビニアーナ~愛と微笑みと花』という2007年のアントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年の記念CDのときに、中島ノブユキさんのアレンジを中心に日本人アーティストの皆さんにカヴァー・ヴァージョンを制作してもらってトータル・プロデュースしたことがありましたが。あと忘れられないのは、2009年の『Mellow Beats, Friends & Lovers』のとき。結果的にNujabesの唯一のメジャー・レーベル音源となったシャーデーの名曲カヴァー「Kiss Of Life」を、ジョヴァンカ&ベニー・シングスをフィーチャーして制作して、1曲目に収録したことがありましたね。今回はそのときのことがまずよぎりました。先行で配信シングルでも出したいし、7インチも切りたいということでしたので。『Mellow Beats, Friends & Lovers』のときと同じで、新録音の制作曲は、コンピの顔というか、水先案内人になってもらうリード曲という思いですね。で、Nujabesの盟友のUyama Hirotoくんとharuka nakamuraくんに1曲ずつお願いできたら美しいですよね、というお話を最初の打ち合わせですぐにした記憶があります。そのときには僕の頭の中には曲も浮かんでいて。Uyama Hirotoでファラオ・サンダースの「Moon Child」、haruka nakamuraでビル・エヴァンスの「Soiree」というアイディアは、その瞬間に、一緒に閃いていたという。これしかないという感じでした。選曲が僕で、アートワークもNujabesが自分の作品のジャケットを何作もお願いしていたFJDということもあって、レーベルから二人にオファーしてもらったら、「喜んで!」と実現して。しかもできあがった音源が送られてきたときは歓喜しましたね。自分が考えていたレヴェルをこえてきてくれたというか、予想通りのものではなくて、より良いものにしようというストラグルが感じられました。Uyamaくんの方はヴォーカルを絶妙に加工してますが、自ら歌ってくれて、もちろんピアノやサックスはUyama節というか、Nujabesが好きな人も必ず反応するような素晴らしいスピリチュアル・メロウな感じで。マスタリングのときにエンジニアをやってくれたCalmが、「このヴォーカル良いよね。この声、誰?」と聞いてきたぐらいで(笑)。

山本 あのヴォーカルはUyamaさん自身なんですね。

橋本 そう。Calmのような日本のジャズやチルアウトやバレアリックが交錯するようなシーンの中心で、目利きというか信頼される存在の音楽愛好家がそんな反応をしてくれたのが嬉しいし、Uyamaくんには感謝の気持ちでいっぱいです。ファラオ・サンダースの「Moon Child」は、僕がどんなにつらいときに聴いても、心を落ちつかせてくれる曲なんですが、その曲のこんな素敵なピースフルなヴァージョンが誕生したんですからね。haruka nakamuraくんの方は、「今すぐ7インチ・シングルでDJでかけたい!」みたいなテイクが最初に上がってきたんです。それはビル・エヴァンスの「Soiree」の一番美味しいフレーズをサンプリングしてループした作りで、DJだったら飛びつきたくなるような仕上がりでした。でもサンプリングの使用許諾に時間や費用がかかってしまうというレーベルの判断があったので、違うテイクを改めて制作してもらわなければということで、harukaくんと直接電話でやりとりしていく中で、さらに素晴らしいオマージュが完成しました。「Soiree」の印象的なフレーズを耳コピでイントロで弾いてくれたうえに、必然性のあるビル・エヴァンスのインタヴュー音声を、その内容とサウンドがシンクロするように要所要所にちりばめてくれて、遊び心や凝ったアイディアを音楽的に心地よいものとして昇華した素敵すぎるテイクが生まれたのです。さすがという感動と共に、大感謝しかありませんね。

山本 このヴァージョンにはちょっと驚きましたね。心地よいというだけでなく、この構築具合というか、すごいですよね。

橋本 忘れられないのは、Uyama Hirotoくんもharuka nakamuraくんも、Nujabesが生前に鎌倉・由比ヶ浜に建てた家に一緒に行って、テラスで花火を見たりバーベキューをやったりして楽しんでたんだけど、僕とNujabesはかなり酒を飲んでソファでだらだらしてるんだけど、Uyamaくんとharukaくんはいつの間にかセッションを始めてるんだよね。ピアノとギターで。その演奏の美しさが僕は忘れられなくて。2008年や2009年の夏だったんだけど、そんな思い出も大切にしながら、自分にとって大事な記憶や思いも今回のコンピレイションに結実させることができたのは、本当に嬉しいし、携わってくれた人たちに感謝したいです。同じ発想からCalmも携わってくれたんですよね。Nujabesが生前に日本人のアーティストでは誰が一番共感できるかという話をしたときに、「Calmさん」と言っていたのをFJDがよく覚えていて。Calmは実は、彼の曲を僕がセレクトして収録の打診の電話をしたときに、彼から「マスタリングは誰がやるか決まってますか?」という話があって、「最近マスタリングも仕事としてしっかりやっていこうと思ってる」と話してくれたので、僕がレーベルの担当に相談して、ぜひお願いしましょう、ということになったんです。だからそれまでは、「選曲・監修=橋本徹、アートワーク=藤田二郎」というプロジェクトだったのが、そこに「マスタリング=Calm」というのが加わって、さらに良いトライアングルができたわけですね。

山本 素晴らしいトライアングルですよね。

橋本 FJD、Calm、そして新録音源制作のUyama Hiroto、haruka nakamuraも含めて、Nujabesが信頼していた仲間というか、同志というか、リアル・フレンズが集まったね、なんて話を打ち合わせでもしていたんですが、その帰りに藤田くんのクルマの中で、「ここまでこのメンバーが揃ったなら、Nujabesの曲も入れるべきじゃない?」という話で盛り上がって、「Spiritual State」を入れるというアイディアも生まれたんですね。僕が彼の10周忌のときに選曲したHydeout ProductionsオフィシャルのSpotifyプレイリスト「Pray for Nujabes」をドライヴしながら聴いて、「どの曲が一番“香る”かな?」なんて話して、この曲しかないねってことになって。「Spiritual State」は東京オリンピックの開会式でも流れましたけど、Nujabesが遺した音源を彼の没後にUyama Hirotoくんやharuka nakamuraくんが中心になって完成させた遺作サード・アルバムのタイトル曲なので、今回のコンピに相応しいなと思ったんです。それで、もう曲順も組もうかなぐらいのタイミングで追加申請してもらうことにしました。今回「Spiritual State」は、僕たちの友情の証というか、その結晶として入れさせてもらったということですね。なんか話が飛んでしまいましたが、まだ4曲目でしたね(笑)。

エリック・サティを起点に中島ノブユキ~ゴンザレスとの思い出も織りこまれた
心を落ちつかせてくれる繊細でメランコリックなピアノ・パート

山本 そして5曲目がジョー・バルビエリですね。

橋本 ジョー・バルビエリは山本くんには説明不要かもしれないけど、2009年にアプレミディ・レコーズがスタートして、山本くんと僕も知り合って、「音楽のある風景」シリーズのコンピ1作1作をHMVのウェブサイトで記事を作ってもらって紹介してもらったりしていた頃に、僕らの中で人気があったアーティストで。レーベルがCORE PORTだったので、ライヴも何回か観させてもらったりして、本人ともチェット・ベイカーについてとか音楽談義をさせてもらったりしました。その割にはアプレミディ・レコーズではホルヘ・ドレクスレルとの共演曲以外は使ってなかった気がしたので、今回ぜひと思って。自分の記憶の中ではあの草むらに寝転がってるジャケットのアルバム(『In Parole Povere』)は、日本盤CDのステッカー・コメントも書いたりした愛聴作で、今回ヴォーカル・チューンを入れるなら絶妙だなと思いました。この曲なら美しいピアノ曲の連なりの中で、良いブリッジになってくれるなと思ったんですね。「Free Soul」シリーズだとところどころにインストゥルメンタルを入れてブリッジを作るんだけど、今回は逆のパターンというか。6曲目から今回の裏メイン・ディッシュと言ってもいいピアノ・パートに入っていくんだけど、その前にいったん場面転換というか、箸休め的にヴォーカル・チューンが欲しかったところに最適の曲だったというわけです。

山本 そして「Gymnopedie」の印象的なメロディーが流れてきます。

橋本 そう、次のエリック・サティのカヴァーから、メランコリックなピアノというか、「Classique Apres-midi」シリーズに近いイメージの“ソワレ感”を意識した選曲になっていくんですけど、あのシリーズの象徴だったパスカル・ロジェのピアノ演奏による「Gymnopedie」は、インスピレイションのひとつで。「Classique Apres-midi」のコンピを6枚作った2006年は、ゴンザレスの『Solo Piano』も出た年で、僕らの周りでは「Classique Apres-midi」シリーズがあって、『Solo Piano』もあって、中島ノブユキの『エテパルマ~夏の印象』もあってという頃で、同じ時期にこの3作があったその頃の感じというのが、香りと音楽の夜、ソワレな感じがあるなぁと。結果的にFKJの「Ylang Ylang」の代わりに収録することにした、僕がすごく好きなヴァーノン・スプリングのマーヴィン・ゲイ『What’s Going On』のまるごとカヴァー集からの「God Is Love」も、この流れにぴたっとはまって。もっと言うと、今回はアプルーヴァル申請リストを作成したときにいくつか、誰かのヴァージョンで必ず入れたい曲というのをレーベルに伝えていたんですね。その中で最も大きかったのがエリック・サティの「Gymnopedie」で。他にもビル・エヴァンスの「Peace Piece」とかボビー・ハッチャーソンの「Montara」とか何曲かあったんですけど、重要な曲はいくつかのアーティストのヴァージョンを申請して、3つのコンピに振り分けようという発想がありました。そんな中でも「Gymnopedie」は、「Quiet Corner」のキャッチフレーズでもある「心を鎮めてくれる音楽」ですしね(笑)。今回入れたベルギーの女性ピアニストのCecile Bruynogheのヴァージョンは、青春時代から好きで、やっぱり20年以上前に作ったコンピ『Crepuscule for Cafe Apres-midi』がよみがえります。Crepusculeは80年代のニュー・ウェイヴやネオ・アコースティックの時期に、Cherry Redとかと並んで最も思い入れ深いレーベルのひとつでしたからね。Crepusculeって「黄昏」っていう意味で、それも選曲のイマジネイションを膨らませてくれる言葉なんですけど、「Gymnopedie」ならクラシック・ピアノをイメージするのが普通かもしれないけど、そこを自分らしくCrepusculeというレーベルのヴァージョンを入れられたことも良かったなと思ってます。ビル・エヴァンスの「Peace Piece」は、「Soiree」のオマージュをharukaくんに制作してもらえたし、トニー・グールドによる「Children's Play Song」のアプルーヴァルが早い時期に取れたので、今回は収録しませんでしたが、「Gymnopedie」と同じぐらいキーとなる曲だと考えています。「Peace Piece」を下敷きに生まれたマイルス・デイヴィスの「Flamenco Sketches」を、中島ノブユキが新録リメイクしてくれることも決まりましたしね。ボビー・ハッチャーソンの「Montara」も同様で、シリーズ第2弾「Living Room」編のために、武田吉晴が鋭意カヴァー制作に励んでくれているところです。

山本 え、それはすごい! 楽しみですね、とても!

橋本 最高でしょ? 中島ノブユキはもちろんだけど、「Montara」を武田吉晴でっていうのもスピリチュアル・メロウで、ナイス・アイディア(笑)。ムビラとか使ってやったらめちゃいいんじゃない? なんて話をしてるところなので、楽しみにしていてください。

山本 そして次が中島ノブユキさんです。

橋本 これもね、さきほど話した2006年前後に、僕たちの周りで「Classique Apres-midi」を作りつつゴンザレス『Solo Piano』や中島ノブユキ『エテパルマ~夏の印象』を「良いよね」って話しながらワインを飲む夜が繰り広げられていたんですが(笑)、そういう時期の思い出も、今回のコンピに入れられたらいいなと思って。NujabesやUyamaくんやharukaくんと由比ヶ浜で過ごしていた夏の2~3年前。僕は本当に中島ノブユキのファースト・アルバム『エテパルマ~夏の印象』が大好きで、行きつけのワイン・バーが彼と同じで、いろいろ話したりもしていたんですけど、メディアや友だちやいろんな人たちに薦めていました。彼はその後ジェーン・バーキンの音楽監督を務めたり、その前にはNHKの大河ドラマの音楽を担当したりして、まずは日本で評価を高めて、今では世界的な評価を受ける存在なんだけど、この頃のことは忘れないでいてくれて、ライセンス申請したら、「もちろんぜひ!」と即答してくれました。それどころか彼は、パリからリモートで参加しますから、今回の参加メンバーで対談記事とかやりませんか? という話までしてくれて。彼が以前住んでいた家にはNujabesとも行ったことがあって、3人でめちゃめちゃワインを飲んだこともありましたね(笑)。今となっては両者とも世界的に知られる存在で、「そんなことがあったんだ」と思われる方も多いと思いますが、そうした思い出も含めてこのコンピにパッケージされてるということですね。

山本 中島さんの『エテパルマ~夏の印象』も時代をこえて本当に素晴らしいですよね。

橋本 本当に素晴らしいです。そもそも“香る”アルバムというコンセプトや、インセンス=香りとミュージック=音楽のマリアージュを考え始めるルーツみたいなものは、「Apres-midi Grand Cru」から「Classique Apres-midi」、ゴンザレス『Solo Piano』や中島ノブユキ『エテパルマ~夏の印象』へと流れる、あの時期だったのかなという思いもあって、今回は中島ノブユキとゴンザレスの曲を、中盤で並べることにしました。共にサブスクリプションでは聴けないですしね。それと、このちょっとあとに、ルイ・ヴィトンの顧客向けのレセプションのパーティーをツアーで回るという機会があって、そのときのライヴ出演がゴンザレスでDJが僕だったんですね。その際にゴンザレスがどう感じるのかなと思って、DJでこの中島ノブユキのヴィニシウス・ジ・モラエス「Valsa de Euridice」のカヴァーをかけてみたら、「これは誰だ?」とゴンザレスが質問してきたというエピソードもあって。これは山本くんとの対談で話せればいいなと思っていたことです。

山本 カルロス・アギーレもそうでしたよね。彼も「この曲は誰だ?」と(笑)。

橋本 中島ノブユキにはシリーズ第3弾「Dining Room」編で新録音をお願いすることになったので、そのときはカルロス・アギーレの曲も入れて並べたりしたくなりますね。選曲の際は自然に曲順を組んでいくだけなんだけど、結果的にさまざまな思い出とか自分の人生にとって大切なものが結びついてくるんですよね。だから今回、中島ノブユキとゴンザレスが並んでるのも偶然の必然という気がしますね。

山本 次はビル・エヴァンス「Children's Play Song」のカヴァーです。

橋本 今回harukaくんに「Soiree」へのオマージュを作ってもらって、「Peace Piece」も大切な位置づけの曲と考えているところで実感するのは、僕たちにとってはビル・エヴァンスの『From Left To Right』ってアルバムは、お堅いジャズ・ファンには「エレピなんて弾いて」とか言われてきたけど、新しいスタンダードになってるんじゃないかということで。そういう新しい聴き方、感じ方という意味で、「Soiree」と並んで「Children's Play Song」は大切な存在だと思うんですよね。ビル・エヴァンスのニュー・パースペクティヴへの目配せみたいな存在として、この曲は大事だなと思ってます。これはすぐOKが来ましたので、ここまでのピアノ・パートを、この曲で少しピースフルな感じにして段落変えしたいな、という意図もありました。

武田吉晴~ミア・ドイ・トッド&アンドレス・レンテリアに象徴される
チルでメロウでスピリチュアルな桃源郷へと誘う悠久の調べ

山本 そこからアレハンドロ・フラノフに繋がっていきます。

橋本 アプレミディ・レコーズで2010年春に作ったコンピ『素晴らしきメランコリーのアルゼンチン』は、山本くんがHMV渋谷店にいた時代にやっていたコーナー「素晴らしきメランコリーの世界」に対する共感というか、シンパシーを表現する中で、アルゼンチンのカルロス・アギーレ周辺の、その前後に僕たちが夢中になっていた音楽を中心に編んだんですけど、やっぱりパラナというかネオ・フォルクローレ~フォルクロリック・ジャズだけじゃなくて、アルゼンチンと言えばフアナ・モリーナが登場したあたりから注目された、いわゆる音響派と言われるようなアーティストも混ぜられたらという思いもあったんです。アレハンドロ・フラノフは確か2007年だったかな、『Khali』っていうアルバムを愛聴していて、当時BRUTUSの「心地よい音楽特集」的な号でも推薦していたと思います。

山本 その誌面の印象は強く残ってます。橋本さんは他にジョー・ボナーとかスタンリー・カウエルも挙げてました。あのセレクションも良かったですよね。あとサン・ラの『Sleeping Beauty』も入っていたりして。

橋本 いつも山本くんの方が僕より詳しく覚えているけど、かっこいいセレクトしてましたね(笑)。あの頃の感じがもしかしたらここに来て出てきてるのかも。『Khali』はすごくよく聴いてました。ムビラとか親指ピアノが印象的な音楽は昔から好きで、自分の中での魂というかスピリチュアルな何かに触れてくる音色なんですよね。今回は『素晴らしきメランコリーのアルゼンチン』と被らない曲ならこれだと思ってアプルーヴァル申請して。メイン・ディッシュで考えていたわけではないんですけど、絶対に収録したかった武田吉晴の僕が一番好きな曲、彼のファースト・アルバム『Aspiration』の1曲目「Bliss of Landing」へのブリッジとしてばっちりなんじゃないかと思っていたら、その通りになりました。

山本 浮遊感があって気持ちのよい繋がりでした。時代も国境もこえてひとつの流れになってるという、橋本さんらしい選曲だなと思います。

橋本 単純に、こういう感じが好きなんですよね。悠久の調べというか。

山本 アプレミディ・レコーズの『Chill-Out Mellow Beats』にも通じるような。あのときもミア・ドイ・トッドが入ってました。

橋本 まさにそれが今回のコンピの裏ハイライトなんですよ。何をしたかったかと言うと、『Chill-Out Mellow Beats』でこの曲をセレクトしていたことを覚えてるのは、もしかしたら山本くんぐらいしっかり追ってくれているマニアだけかもしれませんけど、さきほどのマリアン・マクパートランドの「A Delicate Balance」と同じように、世界一好きな曲かもしれないミア・ドイ・トッドとビルド・アン・アークのアンドレス・レンテリアの「Emotion」を再プレゼンテイションしたかったんです。これも“香る”曲ですね。本当に大好きな曲だけど、もっともっと知られてほしい曲なので。武田吉晴の「Bliss of Landing」との相性も抜群なので、この辺の流れは自分の中で達成感がありますね。

山本 『Chill-Out Mellow Beats』ではドン・チェリー&ラティフ・カーンの「One Dance」に繋げてましたよね。僕は武田吉晴さんの音楽を聴いていると、ドン・チェリーを思い起こすんですよね。

橋本 なるほどね。『Chill-Out Mellow Beats』は前半もジョー・クラウゼル・ワークスを中心に完璧なんですけど、実は後半もかなり良いんです。幽玄の響きというか、アプレミディ・レコーズのコンピの中でも群を抜いて愛聴したコンピかもしれません。今思えば『Chill-Out Mellow Beats』は、僕が初めてFJDにアートワークをお願いしたコンピで、そのサブタイトルは「Harmonie du soir」、ドビュッシーの「夕べのしらべ」の原題なんですけど、それって今回やりたかったことと繋がってます。

山本 確かに。音楽性的にも中島ノブユキさんやゴンザレスと親和性がありますしね。僕は「Gymnopedie」も、実は橋本さん選曲のキーワードのひとつだと思っていて、『Jet Stream ~ Winter Flight』では冒頭に選ばれていたし、『音楽のある風景~寝室でくつろぐサロン・ジャズ・ヴォーカル』に入っているセシリア・ノービーの「No Air」は「Gymnopedie」に歌詞を付けた曲ですし、それこそ『ブルー・モノローグ ~ Daylight At Midnight』の帯には“すべてのジムノペディストに捧ぐ”と書かれていました。

橋本 「Gymnopedie」から「Emotion」までの流れってそういうことだったのかなと思いますね。世間的には僕は「Free Soul」の人というイメージだけど、自分の中の琴線に触れる大切な部分をもう一度聴いていただけるような選曲というか。ミア・ドイ・トッド&アンドレス・レンテリアの「Emotion」は2010年の夏に作った『Chill-Out Mellow Beats ~ Harmonie du soir』のときに感じていた、音楽の香りというか、桃源郷感にたどり着くための、『Incense Music for Bed Room』最重要曲かもしれないですね。

山本 連綿と続きながら、橋本さんがアップデイトしていく中でも失わない感覚を、新しいコンピの中でも再提示してくれるというのは、30周年を迎えた橋本さんが手がける新シリーズの第1弾として、とても大きな意味合いがあると感じています。

橋本 ここまでの世界観の作り方は、自分の中でも魂の奥底で求めてる感じや、リスニング・ライフの積み重ねが染み出ているような感じがしますね。

リスナー・フレンドリーで「Quiet Corner」とも共鳴する
多面的な魅力にあふれた“偶然の必然”が生むセレクション

山本 そして次はメイヴィスです。このセレクトはしびれました。

橋本 これもジョー・バルビエリと同じで、今回の世界観に合うヴォーカル・トラックを入れたいなと思ってエントリーしましたね。もちろんフィーチャリングされているヴォーカリスト、カート・ワグナーのバンド、ラムチョップも考えましたけど。これは10インチのB面の2曲目に入ってるデモ・ヴァージョンも大好きなんですけど、カート・ワグナーに敬意を表してA面の1曲目のヴァージョンにしました。いつもコンピレイションを作るときに思うんですけど、ひとつのジャンルとか、古いものだけとか新しいものだけではない、自分ならではのセレクションにしたいという気持ちがあって。メイヴィスって、アシュレー・ビードルがソウルの偉人、ステイプル・シンガーズのメイヴィス・ステイプルズに捧げた企画プロジェクトじゃないですか。アシュレー・ビードルみたいなイギリスのクラブ・シーン、ハウスやクロスオーヴァーのフィールドで活躍し、自分がいろんな名義の12インチを買ってきたアーティストの作品ということがひとつ、一方でいわゆるヴィンテージ・ソウル~クラシック・ソウルの偉大なメイヴィス・ステイプルズへのトリビュートという側面がひとつ、さらにラムチョップのカート・ワグナーが歌っているという、多面的な魅力がこの曲にはあるんですね。新旧や英米を結ぶ、いろんなパースペクティヴからアプローチできるような曲を選びたいというフィロソフィーに、この曲はまさにフィットするのでセレクトしたところもありますね。

山本 この1曲は「橋本徹」という感じがしました。胸が締めつけられるようなロマンティシズムにあふれていて。

橋本 隠されていた文脈に気づいてもらうための曲を、いつも山本くんは気づいてくれますよね。「音楽のある風景」シリーズのフェアグラウンド・アトラクション人脈のスウィートマウスや、ホセ・ゴンザレスなどは、サロン・ジャズに寄りすぎたくないという意図でしたし、「Cafe Apres-midi」シリーズを始めたときもボサノヴァやブラジル音楽、フレンチなどに偏らないように、アメリカのシンガー・ソングライターで親和性のある曲を入れたり、「Free Soul」シリーズもいわゆるブラック・ミュージックとしてのソウル・ミュージックではなく、グルーヴィー&メロウであれば白人の曲も、それこそジェーン・バーキンの「Lolita Go Home」も入ってくるという。自分は音楽好きとして、そういうストライク・ゾーンを拡げていく選曲をしたいと思っていて、それを山本くんが今回のメイヴィスでも読み取ってくれているのは嬉しいです。

山本 そのあとのキーファーも気持ちよかったです。

橋本 この辺は、僕がもう15年以上チャレンジを続けてきた、生活の中の音楽としてジャジー&メロウでチルなビート・ミュージックを提案するということで。「Mellow Beats」のコンピ・シリーズは2007年から始めましたが、その延長線上にありますね。当時はジャズとヒップホップの蜜月とか、ヒップホップ・チルアウトの決定版みたいな新提案というイメージだったんですけど、あれから15年以上経って、日常の音楽とかBGMとして、そういうスタイルの音楽が、むしろ今はボサノヴァとか以上に聴かれているなという感じがしますね。ショップやカフェ、レストラン、バー、大型の商業施設の空間でそんなことをよく思います。「usen for Cafe Apres-midi」でもここ15年くらい、そういうテイストをカフェの音楽として積極的に取り入れてきて、特にこの5~6年はキーファーのような音楽こそカフェ・ミュージック、みたいな感覚になっているんじゃないかな。そういう意味で、今回のようなライフスタイル・コンピにキーファーが入るっていうのは最近の感じを象徴していますね。この曲は夜に聴いていて本当に気持ちよくて、基本ビートとピアノなんですが、永遠に聴いていたい気分になったことが忘れられません。

山本 この曲は今回のコンピの中でも、特にリスナー・フレンドリーな曲だと思いました。

橋本 ある意味、ミア・ドイ・トッド&アンドレス・レンテリアくらいまでは研ぎ澄まされたセンスで来てるから、メイヴィス以降は肩の力を抜いてリラックスして、フレンドリーな雰囲気になったらいいなというイメージは、確かにありますね。時間軸的には真夜中から始まって、徐々に夜明けが近づいてくるような流れとしても聴けるかなと。

山本 ここでNujabesの「Spiritual State」です。

橋本 そうですね、まさにある種の夜明け感というか。ご来光じゃないけど、太陽が少しずつ昇って、次第に陽が射してくるような情感もあるなと思います。

山本 次がラドカ・トネフですね。来ましたという感じです。冒頭のラドカの声から一瞬で引き込まれます。

橋本 これは時が止まった深夜みたいなイメージかもしれませんが(笑)。ラドカ・トネフはもともとはBed Room=夜っていう発想で、Moonという言葉が入ってる曲を何となく思い浮かべているときに、ジム・ウェッブの書いたこの名曲を思い出して。このヴァージョンは僕たちの周りではすでに新しいスタンダードになっていると思うんですが、ラドカ・トネフの歌声はもちろん、スティーヴ・ドブロゴスのピアノも澄んだ音色で清らかというか、マリアン・マクパートランド「A Delcate Balance」もそうなんですけど、エコー感とか音の空間性みたいなものも素晴らしく、心が浄化されていくんですよね。北欧的な透明感に惹かれるというか。これはラスト前にいいんじゃないかと、何となく直感して(笑)。

山本 この曲を含むアルバム『Fairytales』は、Calmさんが「Jazz Supreme」のディスクガイドで紹介していたんじゃないかなと思います。

橋本 そうだったっけ? それも繋がってるんだね。

山本 だからCalmさんがこの曲をマスタリングするってとても貴重なことですよね。

橋本 あの本を作ったのは2007年から2008年ぐらいだったかな? 僕が「Jazz Supreme」のコンピレイション・シリーズを始めるにあたって、ディスクガイドも編集したんですよね。Nujabesにも寄稿してもらったけど、Calmにも自分の生涯のフェイヴァリットになるような「至上のジャズ」愛聴盤を選んで、コメントを寄せてほしいとお願いしたら、彼がリストアップしてくれたんですね。完全に忘れていたけど、これも偶然の必然かもしれない。

山本 今回のコンピって実は、うっすらと「Jazz Supreme」感も感じる瞬間があって。ファラオ・サンダースの新録カヴァーも入っていますし。

橋本 それはあるかもですね。「Jazz Supreme」感と言えば、実は今後「Living Room」や「Dining Room」でもそういう要素が入ってくる予定で、象徴的な曲を挙げるとすると、ある意味カルロス・ニーニョ絡みと言えるけど、ビルド・アン・アークがカヴァーしていたマイケル・ホワイトの「The Blessing Song」はすでにアプルーヴァルOKが来ています。中島ノブユキによるマイルス・デイヴィス「Flamenco Sketches」の制作も、めちゃ楽しみですね。でも僕の中ではラドカ・トネフ&スティーヴ・ドブロゴスの「The Moon Is A Harsh Mistress」は、「Jazz Supreme」感というよりむしろ「Quiet Corner」感があります(笑)。山本くんと話してるから正直に言うと、今回のコンピは「Quiet Corner」のリスナーにも気に入ってもらえるようになったらいいなと思っていたところもあって、実際そんな感じになったんじゃないかなという気持ちもすごくありますね。

山本 僕も掛け値なしにそう思います。

橋本 お墨付きをもらえて嬉しいです(笑)。店舗でも「Quiet Corner」の横にセレクトして置いてもらったり、生活の中の音楽として提案してもらえたら、きっと伝わる世界観じゃないかなと思います。この曲はその橋渡しというか、象徴としてセレクトしました、なんて(笑)。

山本 でも正直なところ、「Quiet Corner」では絶対に、この18曲は組めないです(笑)。やっぱり橋本さんの世界観が見事に表現されていて素晴らしいなと思いますね。それを象徴するひとつが、最後のライ「Not Dying In Me」だと思うんですが。

橋本 ライは2013年のファースト・アルバム『Woman』から「Free Soul ~ 2010s Urban」シリーズなどに3曲入れさせてもらってるんだけど、いろいろあって今はかつてほど、新作が注目されないということも踏まえてのセレクトなんですけどね。この曲を収録した去年のEP 『Passing』も素晴らしいんだけど配信オンリーで。マイク・ミロシュにとって心の平穏や安らぎを求めて作った音楽だったのかな? という印象があったので、今回のコンピの最後はそういう、ほっとする曲で終わりたかったんです。この感覚は「Free Soul」コンピの最後にブッカー・Tの「Jamaica Song」が入ってたりする感覚と近いですね。最後は安らかに、穏やかにフラットにという。CDを聴き終えた余韻みたいなものを大事にできる曲を最後に置きたかったんです。だからぜいたくに、これをエンディング曲として収録できて、ミロシュ本人にもそうだし、レーベルにも感謝したいですね。マスタリングのときにCalmが言ってたんですが、この曲だけかかってるお金の桁が違うらしいんですね(笑)。音を聴くとわかるようで、どんなスタジオと機材で、どんな環境で作ってるのかがCalmには聴くとわかるみたいで、感心しましたね。アルバム全体のプロダクトとしても、ハロルド・バッド&ブライアン・イーノで始まってライで終わるという、何というか、インディーすぎない、マイナーすぎない、マニアックすぎない佇まいで良い塩梅になったというか。途中もちろん深いところまで行くんですけど、自分が普遍的に求めてるのはこんな感じなのかな、という印象です。聴き手を選ばない、誰が聴いても伝わるようなエヴァーグリーンでスタンダードな選曲になったかなと思っています。

山本 1曲目から18曲目まで繋がる物語が感じられますね。

橋本 そうですね、今回はちゃんと選曲でストーリーを描けたなというのを感じています。それとCalmが喜んでくれたのは、アナログLP収録の10曲を選ぶときに最後の1曲で迷っていたんですが、ライを選んだら、「これアナログないから嬉しい」と言ってくれて。この曲は世界初フィジカル化だと思うんですよね。CDも出ていないはずなので。アナログLPにもこれが入るというのは、たくさんの一般的な音楽ファンに喜んでもらえるんじゃないかなと。現行のメジャーのアーティストの知られざる名曲に光を当てられて良かったなと思います。

山本 この曲はパーティーで流れてもきっといい感じでしょうしね。

SUBURBIA選曲×FJDアートワーク×Calmマスタリングによる
三位一体で生まれた心休まる「音のアロマセラピー」

橋本 最後に締めくくり的に言うと、今回はCalmが本当に良い音にマスタリングで仕上げてくれたことと、FJDこと藤田二郎くんが7インチ2タイトルとLPも含めて素敵なアートワークを施してくれたことに、心から感謝したいですね。ジャケットを見せるとみんな「アートワーク最高ですね」と言ってくれます。マスタリングをしてるときにふと、あまりに心地よくて帯のフレーズにもなった「音のアロマセラピー」という言葉が浮かんできたんですけど、最近このヴィジュアルを拡大印刷して眺めていると、これはアートセラピーとしても最高だなとつくづく思います。ここに香りも加わったら完璧ですよね。

山本 そうですね。眺めているだけで気持ちもリラックスしますね。

橋本 最初にも話しましたけど、こういう世の中だからこそ、心安らげるとか心地よいとかって重要だと思うんですけど、もっとざっくり言っちゃえば、リラックスできることってすごく大切だなと思います。だからこのコンピCDを通して、リラックスできる時間や空間を作るお手伝いができればいいなという気持ちです。

山本 シリーズの今後も楽しみです。

橋本 じっくり味わってほしいから2か月に1枚だともったいないんじゃないかと最近思い始めてるところですね(笑)。3か月に1枚とか季節ごとのリリースでもいいんじゃないかと思ってるくらいなんですが、一生ものとして末永く楽しんでもらえたら嬉しいです。今Nujabesが言っていたことを思い出したんですけど、僕も自分のコンピでそれに近いお手紙をいただいたことがありますが、「本当につらいことが多くて死を考えたこともありましたが、貴方の音楽を聴いて思いとどまりました」という手紙を彼がもらったときに、僕も近くにいて。音楽に携わる者として、リスナーや周りの人たちとか世の中や時代に対して何ができるか? ということは例えば大きな地震が起きたりするたびに自問自答していますが、そんなお手紙をいただいたり、メッセージをもらったりすると、自分たちクリエイティヴに携わる者は、そういうことを大切にしていけばいいんだなと、思うようになりましたね。

山本 橋本さんのコンパイラー人生30年の中でも、救われた人たちはたくさんいるんじゃないかなと思います。僕の周りでも橋本さんの内省感のある選曲が人気ですよ。

橋本 僕はどちらかと言うと、これまでは「Free Soul」に象徴されるように、より心が元気になるようなタイプの選曲をやってきたかもしれないけど、これからはより心地よく、心安らぎ、幸せな気持ちに近づけるような何かを提案できればいいなと思っていますね。

山本 そういう意味でも、こういったライフスタイル系のコンピ・シリーズを橋本さんが始めてくれたことは、いちファンとしてとても嬉しいですね。「Apres-midi Grand Cru」と「Incense Music」を並べて聴くと、何か発見もありそうですし、改めて橋本さんの選曲の美学にも触れることができそうです。

橋本 自分がやりたいことは、ただ良い音楽、好きな音楽を紹介するっていうことだけじゃなくて、日常生活や時間や空間と素敵な音楽を結びつけていくことなんですよね。だから今回の『Incense Music for Bed Room』は本当に素晴らしいものができたと思います。

山本 橋本さんの何というか気合いを感じました。静かな情熱をひしひしと(笑)。今日はたくさんのお話をしていただいてありがとうございました。

橋本 こちらこそありがとうございました。

2024年3月1日 渋谷「カフェ・アプレミディ」にて

※橋本徹(SUBURBIA)コンパイラー人生30周年記念対談 with 山本勇樹(Quiet Corner)もぜひお読みください!

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