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【小説】『君の理想はシュールだね』

書き出しは、こうだ。

ーー君の長い髪の毛が風をふわりとはらんで、遠くになびく。

はあ、と僕はため息をついた。

僕はラノベの中の女子(美少女)が好きだ。

風になびく髪の毛、きっといい匂いするんだろうな。

長い髪の毛が暑苦しくもなく、見苦しくもなく、風景に映えるのはやはり2次元ならではのいいところ。

初音ミクのコスプレをした人を見たことがあるけど、髪の毛はもさもさのぼうぼうになりがち。かと思えば、ウィッグ感満載で、リアルさがない。

気の毒な。苦労しているんだろうな。

実際に長い髪の毛が、うまく夏の湿った風に涼しげになびいてくれるなんて、難しいだろう。

さて、このラノベの女子は、ひょんなことからうだつの上がらない男子高校生の、まさに僕みたいなやつの彼女になるらしい。

読む前から分かっている。

だって、タイトルにそう書いてあるもの。

いいなぁ。

僕もこんな彼女ほしいなあ。

周りに自慢できそうだし。とびきり可愛ければさらに良し。仲良くしたい。

ラノベを机に置いて、ほおっとため息をついていると、ハリセンで叩いたような派手な音をたてて後頭部を殴られた。

こんなことをするのは、あいつしかいない。

「なんだよ、もう」

振り返ると、仁王立ちしたユウがにやにやと笑いながら、本当にお笑い番組でもかくやといわんばかりのハリセンを持って、僕を見下ろしていた。

僕をからかうために生まれてきたかのような、嫌な女。

「またまた、うっとりラノベタイム?」

「悪い?」

「いやいや、そういう人がいるから、ラノベ市場は儲かっているので、否定はしません。日本の大事なカルチャーですからね」

「いちいち、うるさいから」

「なになに『幼なじみが告白してきたので、受け入れるしかなかった件』? この表紙の子が、幼なじみ?」

「そうだよ。いいなぁ、こんなかわいい幼なじみで告白してくれるなら、今僕は誰とでも付き合っちゃいそう」

「あはは! 私でも?」

「ない。それはない。絶対ない。お前は幼なじみでもない。論外」

けけけとユウは笑い、「同感」と言って、僕の手先からラノベを取り上げてしげしげと表紙を眺めた。

「おい、ちょっと。返せよ。まだ買ったばっかりで、全部読んでないから!」

慌てる僕を尻目に、座ったままの僕の手が届かないように、ユウは高くラノベを振り上げて言う。

「前から不思議なんだけどさ、この子高校生くらいなんでしょ?」

「そうだよ。早く返せ!」

「なんで、ラノベの女子はこんなに胸がでかいの?」

「し、し、知らないよ!」

僕は思わず赤面して、声が裏返った。

「なにそれー、絵描く人が報われないね。愛読者のくせに、巨乳がいいからって言わないの? 言ってあげないわけ?」

ユウは、ペタンコの自分の胸をひけらかすように胸を張って、制服の上からぺたぺたと自分の胸を叩いた。

「こんなに制服にシワがよるほどだとすると、このキャラ相当でかいよね、胸」

それから、悪魔的な微笑みをうかぺて、僕を見下ろしたまま言った。

「参考までに、私の触ってみる?」

「嫌だよ! いらないよ!」

「あら、残念。触りたいって言ったら、クラスのグループLINEにセクハラ被害をあげてたのに」

ユウはにこっと笑って、ラノベを僕の前にぽんとなげるように置いて去って行った。

「なにがしたいんだよ。まったく」

次の日の放課後、僕がラノベの続きを読んでいると、またハリセンが降ってきた。

「おまえな、いい加減にしろよ。ハリセンだからって痛くないわけじゃないんだからな」

僕は振り仰ぐように、視線を巡らせて、ぎょっと息をのんだ。

「……なにしてんの」

「ラノベ愛好家の愛はどんなものかしらと思ってぇ」

ユウは身をくねらせて、ラノベの表紙女子と同じポーズを取った。

髪の毛は金髪のウィッグをつけて、長くして、どうやったのだか不自然に胸を大きくしている。

「いろいろ、いろいろ……」

「いろいろしか言えてないよ」

「いろいろ、いろいろ、……変だろ!」

ユウはきょとんとして、表紙絵の無理な姿勢からを姿勢を正して、首を傾げる。

「何が?」

「だって、だって……」

「やっぱり、この女子の胸は大概だね。だってこのブラFだぜ? でも絵の感じと比べるとまだ足りそうにないねぇ?」

ぺこぺこと制服の胸の部分を指先で押してみせる。中は空っぽだと言いたいのだろうか。

「悪趣味だよ!」

「そうかねぇ? せっかくドンキで買ってきたのに。こういうのがよくて、ラノベを読んでいるんじゃないの?」

「何がしたいんだよ!」

ユウはにやりと片頬を持ち上げて笑う。

「ちょっと遊んでみたくて。ただ君の理想はこうしてみると、かなりシュールだね」

さらりと金髪ウィッグの、嘘ものの長い髪の毛をかきあげ、ユウがふうとため息をついた。

「ときめいた?」

夢を壊すんじゃないよ! 僕は頭を抱えて、言い知れぬ寒気におののいた。

【今日の英作文】
「朝ごはんの前に、お化粧をして、髪の毛をお団子に結います。」
"I put on make up and put my hair in a chignon before breakfast.''

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