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空白を埋める、母の日の決断


私の葛藤

私は母の日を特別な日とは感じていない。
なぜなら、生きていきたくないからである。

私の曲は「苦しみ」を連想させる。
生きていくのが辛い。明日死んでもいいって、何度思ってきたのだろう。

どうして私は生きているのか?

産んで育ててくれた母に感謝や愛情を表現することが
なぜそんなに難しいのか、自分でもよくわからなかった。

とある友人の影響

学生の頃、友人が母の日のプレゼントについて楽しそうに考えていた。
その姿を見て私は内心で苦悩していた。

その姿は、私の中に眠っていた母への感謝や愛情を呼び覚ました。
自分が何もしていないことがどれほど虚しいかを痛感した。

母は私をずっと大切にしてくれた。
それでもなぜそれを口にすることや行動に移すことが難しいのか、その疑問が私を苦しめた。

あの頃は結局なにもできなかったけど、今更またふと思い出した。
私の心の奥底にある母への感謝の気持ちが少しずつ芽生えていくのを感じた。

新たな行動への一歩

母への感謝や愛情を言葉や行動で表現することの難しさに向き合いながら、私は自分自身と対話を重ねた。
対話の中で、私は自分は変わったことに気付いた。

母への感謝や愛情は口に出さずにも存在している。
「毎日死にたくても幸せだし生きたい」
矛盾しているけどこれが本音である。

しかし、それでは母には伝わらない。
愛情を表現することは大切だ。

母の日が近づくにつれ、私の心には葛藤が渦巻いていた。
いつものように何もしないで過ごすのか、それとも一歩を踏み出して母に何かを贈るのか。
その決断は私にとって大きなものだった。

感謝の気持ちを込めて

心の中で揺れ動く感情を抱えながら、私はプレゼントを用意した。

母に渡す瞬間、きっと緊張と期待が胸を満たすだろう。
でもそれを乗り越えれば私の心は安堵と喜びに包まれ、決断したことが正しかったと確信できるだろう。

母への感謝や愛情を言葉や行動で表現しなかったことを後悔する一方で、
その間に私の内面が成長していったことも感じた。

私が母と一緒に過ごせる時間は、合計「約7年6ヶ月」らしい。
すでに成人して別居な私は、もしかしたら残り数日もないかもしれない。

母の日を通じて私は自分自身と向き合い、母との絆を再確認したい。
感謝や愛情を言葉や行動で表現し、母と過ごせる日々を大切に過ごしていきたい。

今年の母の日は5/12(日)
「心からのありがとう🌹」


参考



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