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映画『フラ・フラダンス』レビュー

【コールし光る棒を振って応援できる日が来ることを願う】

 ぬいぐるみがまばたきをすればホラーだし、立って踊り出せばスリラーだ。けれども、どれだけぬいぐるみがまばたきをしようとも、立ってフラダンスを踊り出そうとも恐ろしくなく、むしろ嬉しくて愛おしく優しくて強い気持ちになれるアニメーション映画がある。

 水島精二総監督による『フラ・フラダンス』だ。

 福島県いわき市にある日本のハワイこと「スパリゾートハワイアンズ」で働くフラガールが主人公となった作品が『フラ・フラダンス』。そう聞くと、李相日監督による日本アカデミー賞受賞作の『フラガール』がまず浮かぶ。

 もっとも、『フラ・フラダンス』に描かれるのはスパリゾートハワイアンズが設立された当時ではなく現在。福島も含めた東北から東日本に大きな被害を出した東日本大震災から10年が経った2021年を舞台に、少女たちが青春をフラダンスにぶつけるストーリーが繰り広げられる。

 真里という姉がスパリゾートハワイアンズでソロダンサーをしていた夏凪日羽は、高校を卒業する際にいろいろと進路を考えて、姉と同じフラガールを目指すことにした。姉が誘った訳ではない。誘おうにも姉は10年前に世を去っていて、日羽もそんな姉を思い出させる進路を敢えて選ぼうという感じではなかった。

 けれども、日羽はフラガールを選んだ。ネットで見つけたフラガール募集の案内に刺激され、部屋でフラを踊っていたところで足をもつれさせて転び、大きな音を立てたのを聞いて両親が部屋を見に来て、日羽がフラダンスに挑戦したことを知って微笑んだ。決してタブーではない。むしろ歓迎しているといった空気がその展開から感じられ、観る人は心に不安を抱かずストーリーに入っていける。

 きっと激しい競争率だっただろう入社試験をくぐり抜け、日羽は晴れてスパリゾートハワイアンズのフラガールとして採用される。そして臨んだ入社式で同期の4人と出会い、日羽を入れた5人による挑戦の日々が幕を開ける。

 高校時代にフラ部の部長としてフラダンス甲子園に出て優勝をした鎌倉環奈、秋田出身で少しぽっちゃりとした滝川蘭子、ハワイから来たオハナ・カアイフエ、そして山形出身の白沢しおんはいずれもダンスの経験があって、レッスンでもしっかりとした踊りを見せる。日羽だけが進路を決めてからダンスを習ったというビギナーで、レッスンでもぎこちない動きで仲間の足を引っ張る。

 そんな日羽ひとりの成長を描いていっても、ストーリーにはなったところを『フラ・フラダンス』は他の4人もそれぞれに良いところがあり、良くないところもあってといった具合に個性を描いて共感を誘う。

 大学に行けという両親に反抗してまでフラガールになった以上は失敗できないと頑なになる環奈、太めの体型がやはり気になる蘭子、家を離れてクラスうちにホームシックに罹るオハナ、人前が苦手で笑顔を作れないしおん。そんな面々が悩みつつ頑張って乗り越えていくエピソードも見せながら進んでいく展開が、日羽には共感できなくても他の誰かに自分を重ねさせて、ストーリーへと引っ張り込む。
 
 そこへと至るそれぞれのダンサーたちのエピソードは、それこそテレビシリーズの1話分以上に相当しそうな濃さを持っている。それを全体の流れの中にさらりと混ぜて見せる脚本であり演出が実に巧みだ。気がつくと環奈は真面目さが足りず憤っていたオハナと仲良くなり、蘭子は唐揚げにマヨネーズをかけることを驚くくらいに節制に意識を向けるようになり、しおんは湯本のフラ女将になりたいという夢を間近に見て自然に笑顔になっていく。

 そして終盤のクライマックスで気持ちが弾ける。新しいフラに挑んだ日羽たち新人ダンサーたちの演技に、もしもコロナ下でなければ心からのコールを贈りたくなっただろう。それて手に光る棒を持って。アイドルが絡んだアニメに通じ、実在のアイドルにも関わる水島精二総監督ならではの展開が、最初はバラバラで同時にザンネンだった5人をひとつにする。

 人はひとりではなかなか生きていけない。誰かと出会い励まし励まされる中で困難を乗り越えていく登場人物たちの姿から、2011年の東日本大震災を乗り越え、そして今もなお世界を不安にさせるパンデミックを乗り越えていく勇気をもらえる。そんな作品だ。

 そうしたストーリーの中心を、実は貫いているのが喋り踊るぬいぐるみかもしれない。CoCoネェさん。スパリゾートハワイアンズのキャラクターで、ハワイから来たココヤシの妖精をかたどったぬいぐるみが、日羽の部屋にはあってそれが喋って踊り始めた。現実には起こりえないファンタスティックな出来事を、日羽は訝り恐がって果てにぬいぐるみをゴミ袋に入れ、ロッカーに放り込んでしまう。

 傍らにずっといて、励まし支える魔法少女のマスコットとは違って、嫌われ遠ざけられる存在。けれども、日羽の心にしっかりと刻まれたその言動が、成長していった日羽の心にだんだんと刺さるようになっていき、次のステージへと送り出した。

 もしかしたら喋り踊るCoCoネェさんは、自分に自信のなかった日羽が勝手に思い描いた心の中だけの存在だったのかもしれない。そんなCoCoネェさんがいたからこそフラガールへの道を進み、引っかかっていた思いを整理して家族ともども心からの笑顔を取り戻せた。

 だからホラーでもなければスリラーでもない。日羽の妄想だとしたらファンタジーですらないかもしれないけれど、喋り踊るCoCoネェさんは実在した。そう思いたい。

 『フラ・フラダンス』は大勢の心を動かす極上のエンターテインメント映画だ。見終わって誰もがフラを見たくなるだろう。あるいは踊り出したくなるだろう。それが可能になる日が来ることを今は切に願う。きっと乗り越えられると信じながら。(タニグチリウイチ)

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